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03 おじさんせんせい

 ……おいおい。何だ、この行列は


俺はパン屋の前で足を止めた。


店の前には、大勢の客が並んでいる。


いつもの村人だけじゃない。見慣れない顔もちらほら混じっていた。


「次のピザ、まだ焼けないかい?」


「こっちは2枚頼むよ!」


「新しい味があるって聞いたんだが!」


あちこちから声が飛んでくる。


窓越しに店の中を覗くと、ミーナと母親が忙しそうに動き回っていた。


焼き上がったピザを客に渡し、空いた皿を片づけ、次の注文に取りかかっている。


どうやら、予想以上の人気らしい。


いや、予想以上どころじゃない。


毎日これなのか?


「……すごいな」


思わず呟いた。


ほんの数日前まで、ここまでの騒ぎになるとは思っていなかった。


そもそもの始まりは、初めてピザを食べた日だった。


 ♢♢♢♢♢


焼き上がったばかりのピザを、ミーナが皿に載せて持ってきた。


「はい!お待たせしました!」


丸く焼かれた生地の上には、赤いソースと、とろりと溶けたチーズ、色とりどりの具材が載っていた。


焼きたてらしく、香ばしい匂いが食欲をそそる。


「……これがピザか」


俺が呟くと、向かいに座っていたカイが頷いた。


「うん。たぶん、昔好きだった食べ物だと思う」


「たぶん?」


「うん。昔のことはあまり覚えてないんだけど、こんな食べ物があった気がするんだ」


カイはピザをじっと見つめた。


「……なんだか、懐かしいな」


そう言って、少しだけ笑う。


「さあ、冷めないうちに食べてみて!」


ミーナに促され、俺達は一切れを手に取った。


まだ熱い。


少し息を吹きかけてから、口に運ぶ。


 ……!!


思わず目を見開いた。


香ばしい生地に、熱でとろけたチーズ。


ソースの酸味と具材の味が重なり、噛むたびに違った旨味が広がる。


これは、いい。


「……うまい」


「本当?」


「ああ。すごくうまい」


いろんな国で、いろいろなものを食べてきたが、こんなにうまい食べ物は初めてだ。


「ミーナ、これは売れるぞ」


「え?」


「店で出してみたらどうだ?」


「でも、パンとは作り方も違うし……」


「だからこそ、面白いんじゃないか?」


ミーナはピザを見つめ、それから俺を見た。


「……ちょっと考えてみる」


そのときの俺は、まさか数日後、店の前に行列ができるほどの人気になるとは思っていなかった。


 ♢♢♢♢♢


最初は、試しに売ってみる程度だったはずだ。


それが今では、焼き上がるそばから売れていく。


ふと、窓越しにミーナの姿が目に入った。


焼き上がったピザを確認したあと、手元の生地を確かめ、具材の入った器に目を向ける。


何かを考えるように首を傾げると、作業台の上で何かを書き留めていた。


次の味でも考えているのだろうか。


その様子を見て、俺は少し考え込んだ。


ミーナの動きが、以前よりも滑らかになっている。


材料の準備も、焼き加減の見極めも、手際がよくなっていた。


ただ慣れただけではない。


何かが、少しずつ変わっている。


「……やっぱり、そうか」


俺は小さく呟いた。


もしかすると、ミーナの料理のスキルを使いこなす力が伸びているのかもしれない。


毎日、考えて、試して、失敗して、また工夫する。


その積み重ねが、ミーナの力を引き出しているのだろう。


--ジョブとスキル--


この世界では当たり前のことだ。


だが、本人が仕組みを知らなければ、自分の力に気づかないこともある。


……そろそろ、教えてやるか


俺は店の扉を開けた。


「いらっしゃいませ! ……あ、ロイドさん!」


ミーナがこちらを見た。


「今日は何枚ですか?」


「いや、客として来たわけじゃない」


「えっ、そうなんですか?」


「少し話がある」


「話?」


ミーナは不思議そうに首を傾げた。


俺は店内を見回す。


今は客も多い。


「落ち着いてからでいい。カイも呼んでくれないか」


「カイも?」


「ああ。2人に話しておきたいことがある」


ミーナは少し考えたあと、頷いた。


「分かりました。閉店後でいいですか?」


「それで構わん」


「じゃあ、あと少しだけ待ってくださいね!」


そう言って、ミーナは再び厨房へ戻っていった。


……さて。


うまく伝えられるだろうか。


俺は腕を組んだ。


教えるのは嫌いじゃない。


だが、こういう話は順番が大事だ。


ジョブとスキルを混同すると、あとで困ることになる。


その違いを、ちゃんと理解してもらわなければならない。


 ♢♢♢♢♢


その日の夕方。


店の片付けが終わる頃には、俺とカイはミーナの前に座っていた。


「それで、話って何ですか?」


ミーナが尋ねる。


カイも、俺の方を見ていた。


「ジョブとスキルについてだ」


「ジョブと……スキル?」


ミーナが不思議そうに繰り返す。


「そうだ。前から一度、話しておいた方がいいと思っていた。


せっかくだ、今日は俺が先生役をやってやる」


「先生?」


カイが俺を見る。


「……ロイドさんが?」


「何だ、その顔は」


「いや……先生って感じがしなくて」


「お前な……」


思わず額を押さえた。


せっかく教えてやろうというのに、最初からこれか。


ミーナが横で笑っている。


「ふふっ。じゃあ、ロイド先生ですね」


「……その呼び方はやめてくれ」


「えー、いいじゃないですか」


「よくない」


「じゃあ、おじさん先生?」


「もっと悪い!」


2人が笑う。


……まったく


俺は小さく息を吐いた。


「いいから。話を始めるぞ」


「まず、ジョブだ。ジョブは、創造神から与えられるものだと言われている」


「創造神から……」


「ああ。人がどんなことに適性を持っているのかを示すものだな」


「適性って、得意なことですか?」


ミーナが尋ねた。


「そう考えていい。例えば、料理に適性がある者なら、料理に関わるジョブを授かることがある」


「じゃあ、私の料理のスキルも、ジョブと関係しているんですか?」


「ああ。関係している可能性は高い」


ミーナが目を丸くした。


「でも、私は自分のジョブを確認したことがありません」


「誰もが自分のジョブを知っているわけじゃない。ジョブを授かっていても、自分では気づいていない人間もいるんだ」


カイが頷いた。


「ジョブを持つ人もいれば、持たない人もいるんですね」


「そういうことだ」


俺は続けた。


「ただし、ジョブを授かったからといって、何でもできるようになるわけじゃない。大事なのは、授かった適性をどう活かすかだ」


「なるほど……」


カイが頷いた。


「次はスキルだ。スキルは、実際に能力を発揮するための力だ。ジョブが適性を示すものなら、スキルは、その適性を活かすための力と考えると分かりやすい」


「ジョブに関連するスキルを得ることがあるんですね」


ミーナが確認する。


「ああ。ただし、ジョブを授かっただけで、関連するスキルをすべて自由に使えるわけじゃない」


「そこも、練習が必要なんですね」


「そうだ。スキルを持っているだけでは足りない。使い続け、失敗して、工夫する。その積み重ねで、少しずつ使いこなせるようになる」


俺はミーナを見た。


「お前がピザを作り始めてから、手際がよくなっているのを見ていた」


「えっ、そうですか?」


「ああ。生地の扱いも火加減も、最初の頃より安定している」


ミーナは自分の手を見た。


「……そう言われると、前より迷わなくなったかも」


「経験を積んで、料理のスキルを使いこなせるようになってきたのかもしれないな」


「じゃあ、もっと練習したら、もっと上手になるんですか?」


「そうだ。新しい味を考えたり、生地を変えてみたりするのも経験になる」


「分かりました!」


ミーナが嬉しそうに頷いた。


「それから、ジョブやスキルを調べるための鑑定系スキルもある」


俺は二人を見回した。


「一般的な鑑定師が持つ《識眼》なら、ジョブ名やスキル名を調べられる。だが、ジョブやスキルの段階までは分からないし、具体的な効果も見極められない」


「じゃあ、もっと詳しく調べられる人もいるんですか?」


カイが尋ねた。


「ああ。《真眼》を持つ鑑定師なら、ジョブやスキルの段階まで識別できる。ただし、スキルの具体的な効果までは分からない」


「なるほど……」


「鑑定系のスキルには、ほかにも種類がある。持っているスキルによって、見極められる情報が違うんだ」


カイが自分の手を見た。


「そういう人に鑑定してもらえば、自分がどんなスキルを持っているのかも分かるんですね」

「そういうことだ」


俺は頷いた。


「ただ、この国ではジョブだけで人の価値が決まるわけじゃない。だから、鑑定師の数もそう多くないんだ」


「ロイドさんは、鑑定師に会ったことがあるんですか?」


カイの問いに、俺は少しだけ間を置いた。


「ああ。昔、一度な」


頭の中に、懐かしい顔が浮かんだ。


……あいつなら、カイの力についても何か分かるかもしれない。


だが、今どこにいるのかも分からない。こちらから探し出すのも簡単じゃないだろう。


「その人に頼めば、俺のジョブやスキルも分かるでしょうか?」


「会えればな」


俺はそう答えた。


「ただ、今は当てにしない方がいい。まずは自分で分かることを確かめていこう」


「……はい」


カイは静かに頷いた。


その様子を見て、ミーナが俺の方へ向き直った。


「そういえば、ロイドさんはどんなジョブなんですか?」


「俺か? 俺は《弓技師》を授かった」


「弓技師……。だから、弓が得意なんですね!」


ミーナが納得したように頷いた。


「ああ。昔から弓を使ってきた」


「そうなんですね!」


ミーナは、興味深そうに俺を見た。


「じゃあ、ロイドさんは弓のスキルも持っているんですか?」


「ああ。弓を扱うためのスキルはいくつかある」


「どんなスキルなんですか?」


俺は少しだけ考えてから答えた。


「《極弓》だ。弓の扱いに関する技術を高めるスキルだな」


もちろん、本当のことは話していない。


俺が持っているのは《弓聖》だ。だが、そのことを二人に明かすつもりはなかった。


「《極弓》……。すごそうな名前ですね!」


ミーナが感心したように言った。


「スキルがあるだけで強くなれるわけじゃない。使いこなせるかどうかは、本人の経験次第だ」


「なるほど。やっぱり、練習も必要なんですね」


「ああ。結局は自分で身につけていくしかない」


ミーナは、しばらく俺を見つめていた。


「……ロイドさんって、どうしてジョブやスキルにそんなに詳しいんですか?」


「ん?」


「鑑定師のことまで知っているし、スキルの使い方についても詳しいですよね。もしかして、そういうことを勉強していたんですか?」


「ああ、いや……冒険者をしていた頃に、いろいろ覚えたんだ」


口にしてから、しまったと思った。


「……冒険者?」


ミーナが目を丸くした。


カイも、意外そうに俺を見る。


「……ああ。昔の話だ」


「ロイドさん、冒険者だったんですか?」


「まあな」


「へえ……。それで、そんなに詳しいんですね!」


ミーナは納得したように頷いた。


「じゃあ、ただ弓が上手いおじさんじゃなかったんだ」


「おじさんは余計だ」


「ふふっ」


ミーナが笑う。


カイまで、口元を緩めていた。


「……何だ、その顔は」


「いえ。ロイドさんにも、いろいろあったんだなと思って」


「誰にでもあるだろ」


俺は小さく息を吐いた。


……まったく。余計なことまで話してしまったな。


それ以上からかわれる前に、俺はカイへ視線を向けた。


 ♢♢♢♢♢


「そういえば、カイ」


「はい?」


「お前にも、何か不思議な力があるのを感じた。具体的には、どんなことが起きるんだ?」


カイは少し考えてから答えた。


「亡くなった人に関係するものに触れたとき、声が聞こえたり、昔の光景が見えたりすることがあります。それと……身体を整えているときは、指先から何かが出ているような感覚があるんです」


「声や光景か……。それに、指先から何かが出ている、と」


俺は少し考えた。


……まず、身体を整えるときの力については、心当たりがある。


以前、カイが保存や修復を行っているところを見たとき、俺は指先から何かが流れ出すような力の波動を感じた。


あれは、ただの技術では説明できない。


何らかのスキルが関係している可能性は高いだろう。


それに、力の性質も気になる。保存や修復を行うときの波動は、神聖魔法に近いものを感じさせた。


もちろん、神聖魔法そのものだと断定することはできない。


だが、少なくとも、それに似た性質を持つ力なのかもしれない。


問題は、声や光景の方だ。


亡くなった人に関係するものに触れると、声が聞こえたり、過去のような光景が見えたりする。


記憶を読み取るようなスキルだと考えれば、説明はつく。


だが、身体を整えるときの力と同じものなのか、それとも別の能力なのかは分からない。


「……カイ。身体を整えるときの力と、声や光景が見える現象は、別々に起きているんだな?」


「はい。今のところ、直接つながっているのかは分かりません」


「そうか」


俺は頷いた。


「身体を整えるときの力は、俺も実際に感じた。神聖魔法に近い性質を持つスキルなのかもしれない」


カイが顔を上げた。


「神聖魔法に近い……?」


「ああ。ただ、声や光景の方は、まだ何とも言えない。記憶を読み取るスキルの可能性もあるが、今の話だけでは判断できないからな」


俺は腕を組んだ。


「まずは、何が起きるのかを一つずつ確かめていくしかないだろう」


「……分かりました」


カイは自分の指先を見つめた。


俺にも、まだ答えはない。


身体を整えるときに使っている力は、神聖魔法に近い性質を持つスキルなのかもしれない。


一方で、声や光景が見える現象については、まだ分からないことが多い。


この二つが同じ能力なのか、それとも別々の力なのか。


見えたものをすぐに事実だと決めつけず、実際に起きたことを一つずつ確かめていく必要がある。


「見えたことと、実際に確かめられたことは分けて考えるんだ。そうすれば、少しずつ何か分かるかもしれない」


カイは静かに頷いた。


俺は2人に目を向ける。


「ジョブもスキルも、持っているだけで何でもできるようになるわけじゃない。大切なのは、自分の力を理解して、どう使うかを考えることだ」


「はい!」


ミーナが元気よく返事をした。


カイも頷いた。


「ありがとうございます、ロイドさん」


「礼を言うほどのことじゃない」


俺は少し照れくさくなって、視線を逸らした。


……まったく


人に何かを教えるのは、やっぱり慣れない。


だが、2人が真剣に聞いてくれたのは、悪い気分ではなかった。


カイは自分の手を見つめた。


「俺も、少しずつ確かめてみます」


「ああ。ただし、焦るなよ」


「分かっています」


「本当に?」


ミーナが横から口を挟んだ。


「カイって、無理しそうだから」


「しないって」


「本当に?」


「……たぶん」


「たぶんじゃないの」


ミーナが呆れたように言う。


俺は思わず吹き出した。


「お前、さっき俺に言ったことを、もう忘れたのか?」


「忘れてないよ」


カイが苦笑する。


「……分かった。無理はしない」


「うん。それならいい」


ミーナは満足そうに頷いた。


俺はその様子を見ながら思った。


こうして誰かに教えるというのも、悪くない。


冒険者をしていた頃は、自分の力をどう使うかばかり考えていた。


だが今は、誰かが自分の力を理解し、少しずつできることを増やしていく姿を見るのも、悪くないと思える。


「……さて、先生の授業は、これで終わりだ」


「えー、もう終わりですか?」


ミーナが笑う。


「まだ聞きたいことがあるのか?」


「うーん……今は大丈夫です」


「そうか」


俺は頷いた。


「分からないことが出てきたら、そのときに聞けばいい。最初から全部分かる必要はない」


「はい」


カイも頷いた。


「ありがとうございました、ロイドさん」


「……だから、礼はいらない」


そう言いながらも、悪い気はしなかった。


 ♢♢♢♢♢


ミーナがふと、思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだ!」


「今度は何だ?」


「ピザ、焼けましたよ!」


「……おお」


俺は思わず顔を上げた。


机の上には、焼きたてのピザが置かれてきた。


香ばしい匂いが広がっている。


「先生へのご褒美です」


ミーナが笑った。


「……先生って呼ぶのはやめてくれ」


「じゃあ、おじさん先生?」


「それもやめろ!」


カイが笑い、ミーナも笑った。


俺も、つられて笑ってしまった。


「……まあ、いいか」


俺はピザを一切れ手に取った。


「せっかくだ。いただくとするか」


一口食べる。


やっぱり、うまい。


「……ミーナ」


「はい?」


「これ、次はもっと売れるぞ」


ミーナは嬉しそうに笑った。


「本当ですか?」


「ああ。俺が保証する」


俺はそう言って、もう一口食べた。


ジョブもスキルも、名前があるだけでは意味がない。


大切なのは、知り、試し、経験を積み重ねること。

そして――。


自分の力を、誰かのために使えるようになることだ。

俺は、2人を見ながら思った。


……おじさん先生も、たまには悪くない。


ただし。


次からは、もう少しまともな呼び方にしてもらおう。


そう、心に決めた。

ロイド視点での三部作です。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


次から新章始まります。お付き合いいただけると幸いです


少しでも「面白そう」「続きがきになる」と思っていただけましたら、ブックマークや★星を入れて頂けますと嬉しいです!


何卒応援のほどよろしくお願いいたします。

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