02 おせっかいおじさん
カイの仕事は、少しずつ村の中で知られるようになっていった。
亡くなった人がいれば、その家へ向かい、身体を整えて家族の話を聞きながら、最後に過ごす時間を大切にする。
最初は村の中だけだったが、依頼が増えるにつれて、近くの町からも声がかかるようになっていった。
そんな頃、俺は一つ気になることに気づいた。
カイには、身分証がない。
村の中で暮らしているだけなら、それほど問題にはならないが、村の外へ仕事に行くとなれば話は別だ。
町へ出るたびに身元を確認される可能性もある。
……村長に相談するか
そう考えた俺は、マルセルの家へ向かった。
「ロイドか。どうした?」
「カイのことだ」
「カイ?」
「あいつに身分証が必要になる」
マルセルは少し考えてから頷いた。
「確かに、そろそろ必要かもしれんな」
「この村で暮らしているし、仕事もしている。このまま村の外へ行くようになれば、身分を証明できるものが必要だ」
「そうだな。だが、カイは出身も分からないし、身元を証明するものもないだろう?」
「ああ」
「簡単にはいかんぞ」
「分かってる」
だからこそ、ここへ来たのだ。
俺は少し考えてから、改めて口を開いた。
「でも、この村で暮らしている。仕事もしている。もう村の人間だろ」
マルセルは黙って俺を見ていたが、やがて小さく笑った。
「お前がそこまで他人のことを気にするとはな」
「……別に」
「そうか」
絶対に分かっている顔だった。
マルセルは腕を組み、少し考えてから静かに口を開いた。
「まあ、何とかしてみよう」
「本当か?」
「ああ。カイがこの村で暮らしているのは事実だし、仕事もしている。身分を証明するものがないからといって、いつまでも不便な思いをさせるわけにもいかんだろう」
そこで一度言葉を切ったマルセルは、俺の顔を見て続けた。
「それに、この村が今まで大きな被害もなく暮らしてこられたのは、お前が森を見回ってくれているおかげでもある」
「……別に、大したことじゃない」
「そう思っているのは、お前だけだ」
マルセルは呆れたように息を吐いた。
「お前が何も言わずにやっていることを、俺まで知らないふりをするつもりはないぞ。身分証くらい、何とかしてやってもいいだろう」
「助かる」
「ただし、本人にも確認するぞ」
「ああ。頼む」
「任せておけ」
俺は礼を言って、村長の家を出た。
♢♢♢♢♢
数日後、カイは村の住民として登録され、身分証を手に入れた。
「これで町へ行っても大丈夫だな」
俺が言うと、カイは身分証を見ながら頷いた。
「ありがとうございます」
「俺じゃない。村長に言え」
「でも、ロイドさんが相談してくれたんですよね?」
「……まあな」
カイが嬉しそうに笑う。
その顔を見て、俺は少しだけ視線を逸らした。
こういう顔をされると、頼まれた方も悪い気はしない。
それからしばらくして、カイの仕事は村の外にも広がっていった。
近くの町から依頼が来るようになり、弔い屋という仕事も少しずつ知られるようになった。
やがて、リーベルの教会からも依頼を受けるようになり、俺も必要なときには付き添った。
そんなある日、カイはエドガーという老人から手紙を預かった。
宛先はレオンという人物で、手紙を届けるために聖都へ向かうことになったのだ。
……聖都か
俺は少し考えた。
カイは自分で決めたのだから、止めるつもりはない。
「気をつけろよ」
「はい」
それだけ言って見送ったが、もちろん、本当は心配だった。
聖都には俺の知らない人間が大勢いるし、カイは人を疑うのが得意じゃない。
何かあってからでは遅い。
だから――
俺も聖都へ行くことにした。
カイには言わず、少し離れたところから様子を見る。
それくらいなら問題ない。
……と思っていた
♢♢♢♢♢
聖都に着いてから、俺は少し離れた場所からカイを見守っていた。
案の定、カイは知らない男と話していた。
ガレスという男だ。
最初に見たときから少し警戒していた俺は、距離を取りながら二人の後を追った。
ガレスがカイを連れて入ったのは、ローディンの店だった。
二人が何を話しているのか、感知スキルを使っても会話の内容までは分からない。
だが、窓越しに見える口の動きなら、ある程度は読み取れる。
冒険者をしていた頃に覚えた技術の一つだ。
しばらく様子をうかがっていると、カイの力が反応した。
……またか
俺は店の外から、スキルが発動した気配を感じ取った。
あいつは少しずつ、自分の力を理解し始めている。
そろそろ教えてやるべきかもしれない。
そう思った直後だった。
ガレスがカイにスキルについて話しているのが、口の動きから読み取れた。
……は?
一瞬、自分の目を疑ったが、もう一度ガレスの口元を追っても、読み取れた言葉は変わらなかった。
ガレスは、カイにスキルの話をしている。
「……あいつ」
思わず、拳を握りしめた。
俺が教えるつもりだった。
カイが自分のスキルを理解できるように、頃合いを見て説明してやるつもりだった。
それなのに、先に教えやがった。
「……あの野郎」
低く呟いた俺の頭に、物騒な考えが浮かんだ。
「……やっちゃうか?」
いや、待て。
何をやるつもりだ、俺は。
相手はカイにスキルのことを教えただけだ。
何も悪いことはしていない。
そんなことは分かっている。
分かっているが……!
「……俺が教えたかったんだよ」
誰に聞かせるでもなく、ぼそりと呟いた。
……まったく、何を張り合っているんだ、俺は。
それでも、悔しいものは悔しい。
俺はガレスのいる店を睨みつけた。
「……次に会ったら覚えてろよ」
いや、だから何をするつもりなんだ。
俺は額を押さえた。
……ただの村人に戻ったつもりだったのに、カイのことになると、どうも昔の自分が顔を出す。
それでも、ガレスの様子を見る限り、カイを利用しようとしているわけではなさそうだった。
ローディンも同じだ。
……まあ、いいか
俺は小さく息を吐いた。
ガレスに先を越された。
ただ、それだけのことだ。
そう思おうとした。
でも――
……俺が教えたかったのに
もう一度、心の中で呟いた。
我ながら、しつこい。
♢♢♢♢♢
やがて、カイはレオンを見つけ手紙を届けた。
俺は遠くから、その様子を見ていた。
カイが聖都へ来た目的は果たされた。
なら、もう帰ればいい。
俺は先に戻ることにした。
ただ、帰り道でも何度か振り返った。
カイがちゃんと戻ってくるか、それだけが気になったからだ。
そして、しばらくしてルーデンの村が見えてきた。
俺は村の入口で立ち止まり、遠くから歩いてくる見慣れた姿を見つけた。
カイだった。
俺は思わず小さく息を吐いた。
……帰ってきたか
それなら、それでいい。
俺は何事もなく、そのまま歩き出した。
♢♢♢♢♢
しばらくして、カイがミーナの店へ向かうのが見えた。
どうやら、腹が減っていたらしい。
店に入ったカイに、ミーナの声が飛ぶ。
「遅い!」
「……ただいま」
「おかえり」
ミーナはカイの顔を見ると、少し安心したように笑った。
「聖都、どうだった?」
「人が多かった」
「それだけ?」
「……あと、馬車も多かった」
「もう!」
ミーナが笑う。
「せっかく聖都まで行ったのに、それだけ?」
「仕事で行ったからな」
「それはそうだけど……」
ミーナはカイの顔をじっと見た。
「ねえ、ちゃんとご飯食べてた?」
「……食べたよ」
「何を?」
「パンとか」
「それだけじゃないでしょうね?」
カイは少し目を逸らした。
「……肉も食べた」
「ならいいけど」
ミーナは小さく息を吐いた。
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝る。約束したでしょ?」
「分かってる」
「本当に?」
「本当だって」
カイが苦笑すると、ミーナもようやく笑った。
「なら、よかった」
いつものやり取りだった。
聖都へ行く前と何も変わらない。
俺は店の窓から、少し離れたところで二人の様子をうかがっていた。
……変わってないな
カイも、ミーナも。
聖都でいろいろあったはずなのに、こうして見ていると、ここだけは何も変わっていないように感じる。
……いや
窓の外から人の会話を読み取っている俺は、傍から見れば相当怪しいんじゃないか?
そう思ったところで、店内のミーナがふと窓の方を見た。
目が合った。
「……」
ミーナが不思議そうに首を傾げる。
そして、窓の外にいる俺に気づくと、少し驚いた顔をした。
ミーナは窓越しに俺を見つめ、それから手招きをした。
……見つかったか
俺は小さく息を吐いた。
見つかった以上、いつまでも外にいるわけにもいかない。
♢♢♢♢♢
俺は店の扉を開けた。
「ロイドさん」
「何だ?」
「何してたんですか?」
「……いや、別に」
ミーナが呆れたように笑う。
「窓の外から、ずっとこっちを見てましたよね?」
「……少し気になってな」
「カイが帰ってきたから?」
「ああ」
ミーナは少し安心したように笑った。
「ふふっ。ロイドさんも心配してたんですね」
「……まあな。ところで何の話をしてたんだ?」
俺が尋ねると、ミーナはカイに振り返った。
「聖都で何をしてきたのか聞いてたんです。それで感想が、『人と馬車が多かった。』 だって」
「ほかにもあるって」
ミーナが笑う。
「じゃあ、ロイドさんも聞きたいですよね?」
「……え?」
思わず声が出た。
ミーナが不思議そうに俺を見る。
「え? って、聖都の話ですよ。せっかく行ってきたんだから、いろいろ聞きたいじゃないですか」
「……まあ、そうだな」
危なかった。
まさか、こんなところで話を振られるとは思わなかった。
俺は実際に聖都まで行っている。
カイが誰と会い、どこへ向かったのかも知っている。
だが、それを口にするわけにはいかない。
ミーナは、俺がカイを追いかけて王都まで行ったことを知らないのだから。
「それで、カイ。ほかには何があったの?」
ミーナが尋ねる。
「そうだな……」
カイは少し考えてから答えた。
「いろいろあったけど、手紙はちゃんと届けられたよ」
「そっか。それならよかった」
ミーナは安心したように笑った。
「探してた人には会えたんだね」
「ああ」
「じゃあ、仕事は無事に終わったんだ」
「そういうことだな」
カイが頷く。
俺は黙って、そのやり取りを聞いていた。
……そうだ
手紙は届けられた。
カイは自分の役目を果たして、無事に帰ってきた。
それでいい。
そう思ったところで、ミーナが急に手を叩いた。
「よし! じゃあ、今日はカイの好きなものを作ってあげよう!」
「……好きなもの?」
カイが首を傾げる。
「聖都から帰ってきたお祝い!」
「そんな大げさな……」
「いいの。何が食べたい?」
カイは少し考えた。
「……ピザ」
「ピザ?」
ミーナが首を傾げる。
「……あぁー、好きって言ってた食べ物ね」
ミーナは納得したように頷いた。
「じゃあ、作ってみようか」
「本当か?」
「うん。カイが好きなら、食べてみたいし」
カイは少しだけ笑った。
「ありがとう」
二人のやり取りを聞きながら、俺は眉を寄せた。
……ピザ?
「……ピザって何だ?」
思わず口に出してしまった。
『えっ?』
二人の声が、きれいに重なった。
「ロイドさん?」
ミーナが不思議そうに俺を見る。
俺は少し考えた。
「いや……カイ、お前、好きな食べ物なんてあったのか?」
カイは困ったように笑った。
それを見て、ミーナもクスっと笑う。
「あるみたいですね」
「そうなのか……」
俺は腕を組んだ。
聞いたことのない食べ物も気になるが、それ以上に意外だったのが、カイに好きな食べ物があったことだ。
「ミーナ、作れるのか?」
「うん。カイが好きって言ってたから、作ってみようかなって」
「食べたことは?」
「ないよ」
「……食べたことがないのに作れるのか?」
「料理のことなら、任せて!」
ミーナが自信ありげに笑った。
「……そうだったな」
俺は小さく頷いた。
パン屋だから料理もできる。
以前は、その程度にしか考えていなかった。
けれど、俺には分かっている。
ミーナには、料理のスキルがある。
本人は、まだそのことに気づいていない。
それを見て、俺はふと思った。
カイのときも、そうだった。
あいつが自分のスキルに気づくより先に、俺はその存在に気づいていた。
だから、いつか俺から教えてやろうと思っていた。
けれど――ガレスに先を越された
あのときは、正直、少し悔しかった。
俺が教えてやりたかったのに、と。
だったら――俺はミーナに教えてやるか。
スキルとは何なのか。
自分の中にある力を、どう理解すればいいのか。
それを、俺が教えてやればいい。
「……ミーナなら、いいか」
思わず、小さく呟いていた。
「ロイドさん?」
ミーナが不思議そうに俺を見る。
「何でもない」
俺は首を振った。
カイに教えられなかった分、今度はミーナに教えてやる。
そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。
「……まあ、悪くないか」
「何が?」
「何でもない」
ミーナは首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
カイは、いつものようにミーナと話している。
俺はその様子を見ながら、少しだけ笑った。
カイが帰ってきた。
それだけで十分だと思っていた。
けれど――
どうやら、まだ知らないことがいくつもあるらしい。
「ピザ……か」
俺は首を傾げながら、二人の様子を眺めた。
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