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01 ひとりごとおおめおじさん

「……この辺りには、いないか」


俺は森の中を歩いていた。


今日は狩りというほどのものじゃない。


ただの見回りだ。


この辺りには、村の人間が知らないだけで、少し危険な魔物がいる。


俺が村へ来てから、できるだけ人の近くには寄せないようにしている


だから、たまにこうして森を歩く。


「危ない魔物はいねえかー」


誰に言うでもなく声を出す。


もちろん、返事はない。


……まあ、いない方がいいんだけどな


そんなことを考えながら歩いていると、少し先の木の陰に何かが見えた。


 ……ん??


目を凝らす。


大型の魔物だ。


そして、そのすぐ近くに――。


……人が倒れてる!?


考えるより先に、身体が動いていた。


「危なーーーい!!」


俺は弓を構えた。目の前の魔物を止める。


それだけを考える。


「――《終焉穿弓・神殺し》!!」


矢が放たれる。大気が震え、次の瞬間


――魔物の頭が吹き飛んだ。


「…………」


静かになった。


俺は弓を下ろす。


そこで、ようやく気づいた。


 ……あ


魔物の身体が崩れ落ち、大量の血と肉片が飛び散る。


当然、その先にいるのは


――さっきの男だった。


「…………」


男の顔も、髪も、服も、全部が血まみれになっている。


肉片までべったり付いていた。


「…………」


俺は固まった。


助かった。


間違いなく助かった。


でも……


 ……やりすぎた


額に手を当てる。


「いや、だって……喰われそうだったし」


誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。


倒れている男を見る。


 ……これ、起きたら怖いよな


森で目を覚ましたら、自分が血まみれ。


目の前には頭を吹き飛ばされた魔物。


そして、その原因を作った俺がいる。


 ……最悪だ


もう少し加減すればよかった。


いや。


そもそも、あの距離なら普通に矢を当てるだけでも十分だった。


俺は「はぁ……」と、大きく息を吐いた。


「俺、何やってんだ……」


それでも、男をこのまま置いていくわけにはいかない。


魔物は倒したが、森には他にも危険がある。


それに、この男がいつ目を覚ますかも分からない。


 ……仕方ないか


俺は男を抱え上げた。思ったより軽い。


 村まで連れて帰るか


そう決めた瞬間、胸の奥が妙に騒いだ。


放っておけない。


こういうのを見ると、どうしても世話を焼きたくなる。


昔から、そうだった。


「……ったく」

俺は男を背負った。


「助けたはいいけど、今度は世話か」


自分で言って、少し笑った。


 ♢♢♢♢♢


村へ戻り、俺の家へ男を運び込んだ。


ベッドに寝かせて、まずは身体についた血を拭く。


服についた肉片を取り、顔についた血も洗った。


髪についた血を落とし、傷がないか確認する。


 ……怪我はないな


魔物の攻撃を受けたわけじゃない。


単純に、俺の攻撃の余波で血まみれになっただけだ。


水を替え、もう一度布を濡らす。


昔なら、こういう後始末も冒険者仲間に任せることが多かった。


俺が強かったからだ。


いや――強すぎた、と言った方が近いかもしれない。


昔の俺は、ここより遠く離れた他国でSランク冒険者をやっていた。


あの頃は、とにかく仕事が多かった。


魔物討伐を頼まれれば俺。


護衛が必要なら俺。


危険な場所の調査も俺。


誰かが困れば、「ロイドなら何とかするだろう」と仕事が回ってきた。


Sランクという肩書きもあったし、実力だけなら、その国でも上位にいた。


世界全体で見ても、俺より強い人間はほとんどいなかった。


……たぶん、10人もいなかったんじゃないかと思う


それが、嫌だった。


強いから頼られる。


頼られるから仕事が増える。


仕事をこなせば、さらに次の仕事が来る。


気づけば、休む暇もなくなっていた。


「……もう、あんな生活はごめんだ」


誰に言うでもなく呟く。


だから俺は、冒険者を辞めた。


誰にも知られていない遠い国まで来て、ようやく静かに暮らせる場所を見つけた。


この村では、俺が昔何者だったかなんて誰も知らない。


それでいい。


Sランクだろうが、世界で何番目だろうが、ここでは関係ない。


ただの狩人。


それくらいが、ちょうどいい。


……なのに


俺はベッドで眠る男を見る。


 ……なんで俺は、また世話を焼いてるんだか


思わず苦笑した。


昔と何も変わっていない。


強いから放っておけないんじゃない。


困っている人間を見ると、どうしても手を出してしまう。


それだけは、冒険者を辞めても変わらなかったらしい。


 ♢♢♢♢♢


その日の夜になっても、男はまだ眠っていた。


俺は何度か様子を見に行き、水を替え、布を冷やし、食事を用意した。


食べられるかどうかは分からない。


それでも、起きたときに何もないよりはいい。


 ……誰なんだろうな


ベッドの男を見る。


どこから来たのかも分からない。


何をしていたのかも分からない。


それでも、放っておくと妙に気になってしまう。


俺は必要なものをいくつか用意し、毛布をもう一枚持ってきた。


身体に大きな傷がないことも、もう一度確認する。


今すぐ命に関わるようなことはない。


そこまで確認して、ようやく部屋を離れた。


さすがに、ずっと横で見ているわけにもいかない。


……いや


本音を言えば、見ていたい。


どこの誰なのかも分からない。


森で倒れていた理由も分からない。


それなのに、放っておくと何となく気になってしまう。


「……俺も大概だな」


小さく呟き、自分の部屋へ戻った。


今日はもう休むことにする。


そう思っていた。


けれど、しばらくして、ふと気配を感じた。


俺は目を開ける。


 ……ん?


静かに意識を集中させる。


俺の持つ《気配感知》は、近くにいる生き物の存在だけじゃない。


動きや呼吸の変化、意識の変化まではっきりとは分からないが、長く一緒にいる人間なら、眠っている人間が目を覚ましたことくらいは判断できる。


そして今、小さな変化があった。


……起きたか


すぐに様子を見に行きたい。


そう思ったが、俺は立ち上がりかけて止まった。


……いや、待て


起きた瞬間に飛んでいったら、さすがに怪しい。


何も知らない男からすれば、ここは見知らぬ場所だ。


目を覚ましたばかりのところへ、待ってましたとばかりに知らない男が現れたら、警戒するに決まっている。


……落ち着け、俺


少し時間を置いた方がいい。


俺はそう自分に言い聞かせ、しばらく待ってから、ゆっくりと立ち上がった。


廊下へ出る。


扉の前で一度だけ息を吐いた。


……さて、どう声をかけるか


普通でいい、普通に。


俺は扉を開けた。


男はベッドの上で身体を起こしていた。


男と目が合う。


「……起きたのか」


男は少し戸惑ったように俺を見る。


「……あなたは?」


「それはこちらが聞きたい」


思わず本音が出た。


いや、本当にそうだ。


俺だって、お前が誰なのか知らない。


男が少し目を丸くする。


俺は男を見る。


森の中で倒れていた。


それ以外に、分かっていることは何もない。


「森の中で倒れていたんだ。覚えているか?」


「……森?」


男は少し考えるように目を伏せる。


そして、首を横に振った。


「何も……」


「……何も?」


……おいおい


本当に何も覚えてないのか?


男は小さく頷いた。


「はい」


俺は男の顔を見る。


冗談を言っているようには見えない。


「ここがどこかは分かるか?」


男は首を横に振る。


「……分かりません」


……そこも分からないのか


俺は心の中でため息をついた。


「ここはルーデン村だ」


「……ルーデン?」


その反応を見る限り、本当に知らないらしい。


……これは、かなり参ったな


「名前は?」


男は少し黙った。


俺は待つ。


今度は答えられるだろうか。


やがて、男が口を開いた。


「……カイ」


「カイ、か」


名前は覚えている。


それだけでも少し安心した。


……いや


名前しか覚えてないってこともあるのか?


俺は少し考えた。


「自分がどこから来たのかは?」


「……分かりません」


……やっぱりか


「何をしていた?」


「それも……」


俺は額に手を当てた。


……本当に何もないじゃないか


森で倒れていた。


どこから来たのか分からない。


何をしていたのかも分からない。


名前だけは覚えている。


「……参ったな」


小さく呟いた。


……しまった


こんなことを言っても仕方ない。困っているのは、こいつの方だ。


「腹は減ってるか?」


カイは答えなかった。


その代わり――静かな部屋に「ぐぅ〜」と、妙に大きな音が響いた。


カイが自分の腹に手を当てる。


……すいてるんかーーーい!!


俺は心の中でツッコミながら、思わず鼻で小さく笑った。


「腹、減ってるじゃないか」


カイは少し気まずそうに目を逸らした。


まあ、いい


腹が減っているなら、飯を食わせればいい。


俺は立ち上がった。


「とりあえず、飯を食え」


「……はい」


素直だな。こいつ……


案外世話を焼きやすいかもしれない。


そんなことを思いながら、俺は部屋を出た。


 ♢♢♢♢♢


カイと暮らし始めてから、半年ほどが過ぎた。


最初の頃は、自分が何者なのかも分からず、何をすればいいのかも分からなかったカイだが、村での生活には少しずつ慣れていった。


食事を作り、家のことを手伝い、村の人たちと話す。


そうやって毎日を過ごしているうちに、以前よりも表情が柔らかくなっていった。


記憶が戻ったわけじゃない。


それでも、今を生きることには慣れてきたらしい。


俺としても、それなら十分だった。


過去が分からなくても、これから先を生きることはできる。


無理に思い出そうとする必要もない。


そう思っていた。


 ♢♢♢♢♢


そんなある日、村で一人の人間が亡くなった。


村長から知らせを受けて、俺もその家へ向かった。


悲しみに沈んだ家族を前にして、俺は何度かこういう場面を見てきたことを思い出していた。


そのとき、カイが静かに前へ出た。


誰かに頼まれたわけではない。


ただ、亡くなった人の姿を見つめていた。


そして、しばらくしてから口を開いた。


「……俺でよければ、やります」


家族が顔を上げる。


「何を……?」


「身体を整えます」


迷いのない声だった。


俺は少し離れたところから、その姿を見ていた。


カイは亡くなった人の身体を丁寧に拭き、服を整え、髪を整えていく。


生きていた頃の姿を思い出しながら、少しでも家族が最後にその人らしい姿と向き合えるようにしているのだろう。


誰かに教わったわけでもない。


それなのに、カイの手は迷わなかった。


そして、そのときだった。


カイの指先に、かすかな光が浮かんだ。


 ……!!


俺は思わず目を見開いた。


淡い光がほんの一瞬だけ指先に現れ、それが身体を薄く包み込む。


次の瞬間には、何事もなかったように消えた。


俺には分かった。あれはスキルだ。


しかも、ただのスキルじゃない。


身体の状態を保つだけじゃない。


何かを本来あるべき姿へ近づけるような力だ。


--保存と修復--


いや、それだけでは説明できない。


かなり特殊なスキルだ。


……すごい力を秘めているな


思わず口元が緩んだ。


冒険者として長く生きてきた俺でも、こんなスキルは見たことがない。


だからこそ、教えてやりたくなった。


スキルとは何なのか。


どうやって使うのか。


自分の中にある力が、どんなものなのか。


カイには知る権利がある。


そう思った。


だが、すぐに教えることはしない。


カイは、自分の過去を覚えていない。


自分がどこから来たのかも分からない人間に、いきなり「お前にはスキルがある」と伝えたところで、混乱するだけかもしれない。


そう思った。


教えたくないわけじゃない。


むしろ、かなり教えたい。


でも、今じゃない。


カイがもう少しこの世界での生活に慣れて、自分自身のことを考えられるようになった頃に、きちんと説明してやればいい。


……頃合いを見て教えるか


そう決めた。


隠すつもりはない。ただ、今は待つだけだ。


まあ、正直に言えば――。


俺としては、教えたくて仕方がなかった。


こういうのは先輩として、格好よく教えてやりたい。


「お前の力はこういうものだ」と言って、使い方まで説明してやる。


想像するだけなら、なかなか悪くない。


……誰に見せるわけでもないのに、何を考えているんだ、俺は。


そんなことを考えながら、俺はカイの仕事を見守っていた。


やがて、家族がカイに頭を下げる。


「……ありがとうございます」


カイは少し戸惑ったように頷いた。


「いえ。俺にできることをしただけです」


その言葉を聞いて、俺は小さく笑った。


いかにもカイらしい。


そして、その日を境に、カイは少しずつ仕事を頼まれるようになった。


♢♢♢♢♢


最初は村の中だけだった。


亡くなった人がいれば、その家へ向かう。


身体を整え、家族の話を聞き、最後に過ごす時間を大切にする。


それを繰り返しているうちに、カイの仕事は少しずつ村の中へ広がっていった。


俺は、そんなカイを少し離れた場所から見ることが増えた。


戦う力があるわけじゃない。


剣を持って魔物を倒すわけでもない。


それでも、カイにはカイにしかできないことがある。


俺が森で魔物を狩るのとは、まったく違う。


それでも、誰かのために必要な仕事だということは分かった。


……悪くないな


そう思えるようになっていた。


 ♢♢♢♢♢


さらに月日が経った頃、カイが俺に話があると言った。


「ロイドさん」


「何だ?」


「俺、そろそろ家を出ようと思っています」


一瞬、言葉が出なかった。


俺はカイの顔を見る。


「……そうか」


なんとか、それだけ返した。


「1人で暮らせるようになったと思うので」


「好きにしろ」


口ではそう言った。


カイが自分で決めたことなら、止める理由はない。


むしろ、いつまでも俺の家に置いておく方がおかしい。


分かっている。


分かっているけど――。


もう?


早くないか?


いや、十分だ。


村での生活にも慣れた。仕事もできるようになった。


1人で暮らすことだって、もう問題ない。


それでも、胸の奥には妙な寂しさが残った。


「何かあったら言え」


「はい」


カイは笑った。


その顔を見て、俺も少しだけ安心した。


 ♢♢♢♢♢


数日後、カイは村の中に小さな家を借りた。


1人で暮らすには十分な広さだった。


荷物を運び終えたカイが、俺を見る。


「ロイドさん。今までありがとうございました」


「大げさだ」


「でも――」


「何かあったら来い」


「はい」


それだけ言って、カイは自分の家へ戻っていった。


俺も自分の家へ戻る。


扉を開けた瞬間、妙な静けさを感じた。


 ……静かだな


当たり前だ。


今日から1人なんだから。


それなのに、思った以上に家が広く感じる。


今までは、カイがいるだけで何かしら音がしていた。


食事を作る音。


道具を触る音。


歩く音。


それがなくなった。


俺は台所へ向かい、いつものように食事を作った。


そして、鍋を見て気づく。


 ……作りすぎた


いつもの癖で、2人分作っていた。


俺はしばらく鍋を眺めた。


「……まあ、明日食えばいいか」


そう言って、一人で食べた。


味は悪くない。


なのに、妙に寂しい。


「……俺、こんなに寂しがりだったか?」


自分で言って、自分で少し笑った。


その夜は、いつもより少し早く眠りについた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


少しでも「面白そう」「続きがきになる」と思っていただけましたら

ブックマークや★星を入れて頂けますと嬉しいです!


何卒応援のほどよろしくお願いいたします。

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