エピローグ 明日へ
それから、数日が過ぎた。
ルーデン村は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
通りを歩く人の姿があり、店を開ける音が聞こえる。
遠くからは鐘の音が響き、春の風に乗って、どこかの店から焼きたてのパンの匂いまで流れてきていた。
俺は、そんな見慣れた朝の道をいつものように歩いていた。
「カイ」
後ろから声をかけられて振り返ると、ロイドが立っていた。
「仕事か?」
「はい」
「そうか」
ロイドはそれだけ言って、俺の肩を軽く叩いた。
「気をつけろよ」
「ありがとうございます」
短い言葉を交わしてロイドと別れ、俺はそのまま歩き出す。
♢♢♢♢♢
少し先には、ルーデンの教会が見えていた。
この町で仕事をするようになってから、何度も訪れてきた場所だ。
依頼が来ていないか確認するために立ち寄ることもあれば、仕事を終えたあとに報告へ来ることもある。
俺にとっては、もう見慣れた場所の一つになっていた。
俺は教会へ向かい、扉を開けて中へ入った。
高い天井の下には木の長椅子が並び、窓から差し込む朝の光が静かな礼拝堂を照らしている。
外の町の音も少し遠くなり、いつもの落ち着いた空気が広がっていた。
「カイさん」
声の方を見ると、神父様がこちらへ歩いてきた。
「神父様。何か依頼は来ていますか?」
「ええ。ちょうど、カイさんにお願いしたい依頼があります」
「分かりました」
神父様から依頼の詳しい話を聞く。
俺は静かに頷いた。
「分かりました。行ってきます」
「お願いします、カイさん」
「はい」
俺は神父様に軽く頭を下げ、教会を出た。
♢♢♢♢♢
外へ出ると、春の風が頬を撫でていった。
俺は歩きながら、ふと空を見上げた。
聖都へ行く前と比べて、ルーデンの景色が変わったわけじゃない。
見慣れた道も、村の人たちの暮らしも、朝の空気も、何一つ変わっていなかった。
変わったのは、たぶん俺の方だ。
俺には、剣で魔物を倒す力も、強力な魔法で何かを成し遂げる力もない。
故人の身体を整えるときに感じる不思議な感覚も、亡くなった人の声や記憶に触れる力も、その仕組みはまだ分かっていない。
それでも、今回のことで気づいたことがある。
あの声が聞こえたからこそ、届けられた想いがあった。
エドガーさんが最後に残した手紙。
そして、10年の間、途切れていたレオンさんとのつながり。
失った時間を取り戻すことはできない。過去を変えることもできない。
それでも、誰かが残した想いを受け取ることで、もう一度、前を向ける人がいる。
今回、俺はそのことを知った。
だからこそ、これからもこの仕事を続けていきたい。
亡くなった人が残したものを、必要としている人へ届けるために。
そして、残された人が、その想いと向き合えるように。
俺は、ゆっくりと歩き出した。
――それが、弔い屋としての俺の仕事だ。
第1章完結になります
閑話を挿み 第2章は、1話完結のオムニバス形式で進めます。
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