10 おかえり
聖都を出る前に、もう一度会っておきたい人たちがいた。
ガレスさんとローディンさんだ。
2人がいなければ、俺はレオンさんを見つけることができなかった。
教えてもらったローディンさんの店へ向かう。
扉を開けると、中にいたローディンさんが顔を上げた。
「……来たか」
「聖都を出る前に、もう一度お礼を言っておこうと思って」
「礼?」
「レオンさんのことです」
俺は少し間を置いてから続けた。
「ローディンさんが10年前のことを教えてくれなかったら、俺はレオンさんにたどり着けなかったと思います」
ローディンさんは、少しだけ目を細めた。
「俺は、知っていることを話しただけだ」
「それでも、助かりました」
ローディンさんは何も言わなかった。
しばらくして、ローディンさんが静かに尋ねた。
「手紙は……渡せたのか?」
「はい。レオンさん本人に、ちゃんと渡せました」
「……そうか」
ローディンさんが小さく息を吐く。
「それならよかった」
俺も頷いた。
「ありがとうございました」
ローディンさんは、しばらく俺を見ていた。
やがて、静かに口を開く。
「……見つけたのは、お前だ」
その言葉に、俺は少しだけ目を伏せ、もう一度頭を下げた。
ローディンさんも、それ以上は何も言わなかった。
俺は少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「ガレスさんにも、ありがとうございましたと伝えてください」
「自分で言えばいい」
後ろから声がした。
振り返ると、ガレスさんが立っていた。
「……いつからいたんですか?」
「最初からだ」
「……」
俺は思わず苦笑した。
ガレスさんが俺を見る。
「レオンには会えたのか?」
「はい。手紙も渡しました」
「そうか」
ガレスさんは短く頷いた。
「なら、よかったな」
それだけ言って、視線を逸らした。
「ありがとうございました」
ガレスさんは、少しだけ頷いた。
「じゃあ、俺は戻ります」
「ああ」
「気をつけて帰れ」
「はい」
俺は2人に頭を下げた。
「ありがとうございました」
店を出る。
聖都へ来てから、いろいろなことがあったけれど、これで終わった。
あとは――リーベルへ戻るだけだ。
♢♢♢♢♢
翌日の昼過ぎ。
見慣れた門をくぐり、俺はリーベルへ戻ってきた。
聖都では、いろいろなことがあったが、ようやく、少しだけ肩の力が抜けた気がする。
けれど、俺にはまだ最後の仕事が残っている。
エドガーさんのところへ戻ることだ。
教会へ着くと、アルベルト神父が迎えてくれた。
「お帰りなさい、カイ」
「ただいま戻りました」
神父様は俺の顔を見ると、少しだけ眉を上げた。
「少し疲れていますね」
「そうですか?」
「ええ。聖都は大変だったでしょう」
「人が多くて……。思っていたより疲れました」
「それでも、無事に戻ってきてくれてよかったです」
「ありがとうございます」
神父様は小さく笑った。
「それで……レオンさんには、会えましたか?」
「はい。ちゃんと会えました。手紙も渡せました」
「そうですか」
神父様の表情が、少しだけ和らいだ。
「……それなら、よかった」
神父様はそれ以上、詳しく聞かなかった。
ただ、少しだけ安心したように息を吐いた。
「では、エドガーさんのところへ行きましょうか」
「お願いします」
神父様と短く言葉を交わし、エドガーさんのところへ向かう。
そこには、変わらない姿があった。
「……エドガーさん」
俺は静かに声をかけた。
「戻ってきました」
返事はない。
けれど、聖都へ行く前とは、俺の気持ちは少し違っていた。
俺はもう、伝えるべきものを伝えている。
そう思いながら、しばらくその場に立っていた。
♢♢♢♢♢
その日の午後。
教会の外から、人の声が聞こえた。
振り返ると、レオンさんが立っていた。
「……カイさん」
「レオンさん」
レオンさんは、少しだけ口元を緩めた。
けれど、その表情はどこかぎこちなかった。
「……来たんですね」
「ああ」
それだけ答えると、レオンさんは教会の中を見た。
しばらく、何も言わない。
「……じいちゃんは?」
「こちらです」
レオンさんは小さく頷いた。
「……うん」
俺が先に歩き出す。
レオンさんが、その後ろをついてくる。
教会の中に、足音が響く。
俺は何も言わず、そのまま奥へ向かった。
そして――
レオンさんの足が止まった。
そこに、エドガーさんがいた。
レオンさんは、しばらく動かなかった。
ただ、遠くからエドガーさんを見つめている。
やがて、レオンさんが一歩進む。
また一歩。
ゆっくりと近づいていく。
そして、エドガーさんの前で立ち止まった。
「……じいちゃん」
小さな声だった。
レオンさんは、しばらくエドガーさんの顔を見つめていた。
「……変わらないな」
口元が、ほんの少しだけ緩む。
けれど、その笑みはすぐに消えた。
目元に力が入り、唇がわずかに震える。
「……会いたかった」
聞き取れないほど小さな声だった。
レオンさんは目を伏せる。
しばらくして、もう一度エドガーさんを見る。
「最後に会ったときは……」
そこで言葉が止まった。
指先が、ぎゅっと握られる。
「……ちゃんと、顔を見られなかった」
レオンさんは目を逸らさなかった。
今度は、じっとエドガーさんの顔を見つめている。
しばらくして、ゆっくりと息を吐く。
「……今度は、ちゃんと見るよ」
レオンさんが俺を見る。
「……ありがとう」
俺は小さく頷いた。
レオンさんは、エドガーさんのそばに座った。
しばらく、何も言わなかった。
やがて、ぽつりと呟く。
「……遅くなって、ごめんな」
その声だけが、静かな部屋に残った。
レオンさんは立ち上がる。
そして、もう一度だけエドガーさんを見る。
「……また来るよ」
その声を最後に、レオンさんはエドガーさんのそばを離れた。
俺は少し離れた場所から、その背中を見ていた。
俺は神父様に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
教会を出る。
春の風が、頬を撫でた。
聖都へ向かったときとは、少し違う気持ちだった。
俺は振り返らず、歩き出した。
けれど――
「……また来るよ」
あの言葉だけが、いつまでも残った。
♢♢♢♢♢
夕方。
俺はルーデンへ戻ってきた。
何度も歩いた道。
何度も通った店。
そして、いつものパンの匂い。
俺は足を止めた。
「……腹減ったな」
聖都から戻ってきてから、ろくに食べていなかった。
俺はミーナの店へ向かった。
店の前まで来ると、扉が勢いよく開く。
「遅い!」
「……ただいま」
俺がそう言うと、ミーナはぱっと顔をほころばせた。
「うん、おかえり」
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