583、突然の来訪者
「貴様……まさか結界を張ることができるとは思ってなかったぞ。案外やるな。」
奴はそう言いながら、両手を少し空間を空けて合わせると、その両手の間に真っ黒い球体を作り出す。
「……だがな、この『魔界の炎』をやすやすと受け止められると思うなよ?」
奴はそう言うと頭上に一気に飛び上がり、両手を振り上げてその炎の塊を俺へと振り下ろした。
俺はそれを見ながら「結界よ、もってくれ!」と心の中で叫びながら、その炎の塊が迫りくるのを眺めていた。
その黒炎は、俺の周りに少しの空間を空けて存在する結界に着弾すると一気に俺の周りに燃え広がる。
俺は結界の中からそれを見る事しかできなかったが、不思議な事にその炎は俺の結界を包み込むように広がっただけで、地面に生えている草や森の木々には燃え移る感じが一切無い。
そういえば世界樹の時もそうだった。
あの時、世界樹だけしか燃え広がらなかったのを俺は記憶している。
もしかするとこの『魔界の炎』は術者の意思により、特定のものしか燃え広がらないのかもしれない。
そしてその記憶にはこの黒炎に対処する方法も残っていた。
だが……今のこの満身創痍な状態の俺では、満足な神聖力なんて作り出すことは不可能だ……。
俺が結界の中で呆然としていると、あまりに長い間、俺の結界がこの黒炎に耐えていることに業を煮やした元神官が、突如俺の結界を攻撃しだした。
最初は物理攻撃ではなく魔法で結界を壊そうとしてきたのだが、いくら強力な風魔法での攻撃や闇魔法で結界の中に侵入しようと試みようとも、俺の結界は全くといっていいほどびくともしない。
ついには魔法では埒が明かないと思ったらしく、自分の自慢の爪だけでなく、どこから取り出したのか分からない鎌を使って何度も何度も結界に物理攻撃を仕掛けてきた。
だがそれも全く意味がなく、ただ虚しく打ち付ける音が鳴り響いた。
「ぐぬぅ……ここまでやっているのに、貴様の結界に一切の傷や綻びも作り出せないとは想像していなかったぞ!」
奴は攻撃の手を留めて一旦身を引くと距離を取り、改めて俺に向かって苦々しそうな顔を向けた。
「……こうなったら、やれることは1つだけだ。」
奴はそう呟くと、俺に向かって両手を突きだし、何かの魔法の詠唱をしだした。
……なんだ?この詠唱。これから何が起こるんだ!?
俺は結界の中で慌てふためく。
どうやら奴は今の詠唱で『黒い球体』を作り出そうとしているようだ。
それはまだまだ小さな『穴』だったが、奴が詠唱を続ける事によって、どんどんその『穴』は大きくなっていった。
そしてその『穴』が、中に人がかがまずに入れるほどの高さまで成長した時、奴はこちらへと再度歩み寄ってきた。
「……さぁ準備は整った。我と一緒に向かおうではないか。」
奴はそう言って高らかに笑い出すと、黒炎で燃え盛っている結界ごと俺をその『黒い球体』へと押し込もうとし始めた。
……まずいな、もう俺の体力は限界に近い。
先ほど結界の中で少し休めたが、それでもこの元神官の力に対抗できるほどの力は無い。
そうやって結界ごと押され、もう少しで『黒い球体』へ辿り着く……といったところで、急に天から白い柱の様に目えるほどの神聖な力が俺の結界に向かって振り注いだ。
辺りは何も見えなくなるほどの眩い光りに包まれ、次の瞬間には地面を轟かせるほどの振動と轟音が響いた。
それが全てやんでから目を開けると、辺りは一面何も存在していなかった。
森の木々も、魔物の残骸も、あの『黒い球体』も……そしてあの元神官も。
全てが綺麗さっぱりと無くなり、先程までの出来事が夢であったのではないか?と思わせられるほどだった。
俺は思わず安堵のために膝から崩れ落ち、地面に尻をつく。
それからしばらく放心状態で呆然としていると、何処かから「あらまぁ……」と女性の声が聞こえてきた。
「ただ事でない戦闘の気配がしたので来てみたら、まさかこんな事になってるとはね?さっきの神聖力、あれってあなたの力じゃないわよね?」
俺はその声に向かって振り返った。
そこにはネシアの『巫女』様がいた。
……なるほど、ここは確かにネシアからほど近い場所の森の中だ。
彼女があの苛烈な戦闘の気配に気づいてやってきてもおかしくはない。
そして彼女の口振りからだと、先ほどの神聖な力は彼女のものではなかったようだ。
「まぁ……あなたではあそこまでの神聖力なんて出せないわよね?クスッ。」
「……。」
この『巫女』、何故か一言多い。
間違いなく習いたての神聖力では、あそこまでのものは出せない。
そもそもが、疲弊しきっているこの身体では力を振り絞ってもたかが知れている。
俺は無言で彼女を睨みつけると、彼女は悪びれるでもなく「ごめんなさいねぇ〜?」と言って笑った。
……性格悪くないか、この『巫女』?




