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一章2-7 彼女の願い(3)

 昔よく見ていた夢をアンジェリカは見ていた。

 夢の中でアンジェリカは六歳になったばかりの少女だった。王宮から密かに抜けることができる通路を見つけ、そこから外に出て街をぶらつく。

 これは彼女の記憶でもあった。幼いころ街にでて一人で遊んでいた。王にばれると、従者の一人も付けずに外出したことを怒られるのだが、それでもすぐに外に飛び出した。

 自分の知らない世界。見ることができなかった生活を見ることが楽しかった、未知の経験ができることが少女時代のアンジェリカには刺激的だったのだ。

 夢の風景は六歳になり正式に王位の継承権が与えられた日、最後に街に一人で出たときのものだ。

 街のはずれにある小さな公園。遊んでいる子供が少なく、あまり人付き合いが苦手であったアンジェリカには一番落ち着いて遊べる場所になっていた。

 その日もそこにいた。最後にしようと思っていたわけでも、行こうと思ってきたわけでもなく、体が勝手にそこにたどり着いていた。

 遊具と呼べるものはブランコしかない。後は一つだけベンチがある。

 手を後ろに組んだ少年はベンチに座って空を見上げていた。アンジェリカがくる前からずっと、そこにいたのか髪に引っかかった落ち葉は払われることなく揺れている。

 アンジェリカは何人か公園にくる子供の顔を覚えているが初めて見る顔だった。

「遊びにきたの?」

 ほかの子供にもしたように彼女は声をかけた。

 少年がアンジェリカに気が付いて顔を向ける。返事には一瞬の間があった。

「空を見にきたんだ」

「空を?」

 うん、と少年はまた顔を上に向ける。

 アンジェリカが隣にくると少しだけ横にずれて彼女が座る場所を空けた。

 そこに座り、同じように空を見た。その日は雲が多かったが、所々太陽の光が漏れ出ている。

「君は、何をしにきたの?」

「何だろう。たぶん私も、空を見に来たんだよ」

「そっか……天気、悪いね」

「そうだね」

 それからしばらく二人は空を見上げたまま過ごしていた。首が痛くなるほど見続けた。

「夢が、あるんだ」

 少年は脈絡もなく言った。

「夢?」

 アンジェリカは首を捻る。顔を向けると真剣な瞳が彼女を射抜いていた。

 少年は今まで後ろに隠していた腕を前に伸ばす。だが前腕から先、アンジェリカが知る子供とは別の形になっていた。

 綺麗。声にだしてしまいそうなほどアンジェリカは見とれた。

「この手で誰かを護りたい。傷つけることしかできないこの腕で。僕に、いてもいいよと言ってくれる人のために」

 瞳が語っている。命を望まれたいと。

 それをアンジェリカは寂しく思えた。

「いてもいいよ」

「え?」

「友達になろう?」

 アンジェリカは自分と同じ歳の子供と遊ぶことが多かったが、立場上一度も言えなかった言葉を口にした。言えなかったのだ、王族という柵に巻き込みたくないがゆえに。

 しかし、誰にも認められなかったと言う少年を前にして残酷にはなれなかった。アンジェリカは王族で女性で子供である以前に、優しすぎる人間だったのだ。『非人類』と言われる存在も許容できてしまう。

 しばらく何を言ったのか少年には理解できなかったのだろうか、目を丸く開けて口元は震えていた。

「僕は……友達にはなれないよ。繋ぎあえる手もないし……」

「繋げるよ。見てて」

 三日月の腕、研ぎ澄まされた刀と同様のそれをアンジェリカは軽く握った。繋いだ手から血が滲む。

「っ――――。ほら、繋げるよ?」

「……手を離してよ、血が出てるよ」

 アンジェリカは言われた通りに手を離す。そこから痛々しく血が流れていた。

 ずきずきと熱がでる痛みを我慢して彼女は言う。

「これでもう友達だね」

「ありがとう……。聞いて、もう一つ夢ができたよ」

 少年は続けて言った。

「騎士になるよ。君だけの騎士になる。立派になって君とまた会う、君を護りたい」

「ならあなたの初めての騎士はあなたにする。友達の夢だもん、応援するよ!」

 小指で刃を挟んだ約束した日。その後、二人は別々の道で帰り、会うことはなかった。

 アンジェリカは第一王女として国政を学ぶようになり、少年はアンジェリカが王女であることを式典の中に彼女がいることで知ることになる。

 忘れていた記憶を夢で見た。少年は後にルナと名付けられて、アンジェリカに騎士の誓いをたてる。幼い日の約束を、ルナも忘れていなかったのだ。

 別れるところで終わっていた夢は、少しとんでルナと再会するところで終わことになる。

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