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一章2-1 姫と非人類(1)

 美味しかったご飯の匂いが残っている。この匂いもいつか消えて無くなってしまう。

 騎士の剣が飾られていた壁の前でアンジェリカは膝をついていた。壁との間には一人分入れるくらいに空いている。ついさっきまで彼女の前にウルが立っていた。

「本当に行ってしまったのですね」

 彼女は呟くことでウルが去ったことを実感した。

 冷たい粒が頬を伝って零れ落ちた。泣いたこともいつか忘れるかと思うと、涙を止めようと思いたくない。それでも泣き顔を誰かに見られたくないと思い顔を隠した。

 アンジェリカの肩に手が触れた。彼女が驚いて振り向くと笑っているフェザーがいた。ゆっくりと体を引き寄せてフェザーに後ろから抱きしめられる。

 顔に手をやり泣いているところを隠す。でも涙は止まらなかった。

 二人は数分間そのまま過ごしていたが、アンジェリカはフェザーの手を離して立ち上がった。

「ごめんなさい。見苦しいところをお見せてしまいごめんなさい」

「こちらこそ。彼は頑固者で融通が利かないんです。お許しください」

 それにとフェザーは続ける。

「ウルは酔うとよく自分の武勇伝を話すんですけど、決まって最後は千人を相手に一人で殿を務めたって話しをするんです。きっとすぐに戻ってきますよ」

 それがアンジェリカを安心させるための嘘であることは彼女にも分かっていた。けれど信じることにした。安心するためと、フェザーの優しさを受け入れるために。

 気を取り直すために、アンジェリカは明るい声を作る。

「そういえば何故フェザーさん達だけこの地上の家に住んでいたのですか? 他のみんなは地下で暮らしているのに」

「ディグマン達もずっと穴の中にいるわけではありませんよ。あの穴は先代が残していてくれたものなので、新しく家を建てるよりも便利だったのですよ。私達は地下では住みにくかったのと、見張りをするためです。周辺の下級市民の方々がたまに入りこんできますので」

 フェルディナント王国には四種類の国民がいる。一番は王族。二番目は上級市民、貴族とも呼ばれることもあり、国の中枢機関でよく働いている。三番目は中級市民、一般的に王都の周りに住んでいる人達。四番目が下級市民、王都から離れた場所に住み満足に働けずに盗賊などに身を落としているものも多い。

 前日にアンジェリカを襲ってきた一団も盗賊となった元は下級市民だったのだろう。

 周りの国々から見ればフェルディナント王国は王と国民との間に溝が少なく、富んでいるとは決していえないが貧しいというわけではなかった。それでもこれだけ貧富差ができているのだ。

「何故みんな平等というわけにいかないのでしょうか……それならきっとみんな幸せに暮らせるのに」

「きっとそれは素晴らしい世界ですね。でもそれは幻想です。誰かが憎まれ役をしなければ、抑えきれない想いというのもあります」

「それをあなた達が背負う必要なんてないではありませんか!」

 普通の人とは違うというだけで行われる差別。それに対してこの国で一番反抗していたのはアンジェリカだ。彼女には幼い頃に出会ったワーストウォーカーの少年の記憶があった。

 王宮が嫌で飛び出して戻れなくなり、大通りで蹲って泣いていた時に出会った少年。最初こそ怖くて話せなかったが、自分を姫様という肩書きで見ない初めての存在に当時のアンジェリカの胸が熱くなった。アンジェリカは彼に導かれて王宮まで辿りつき、それ以来ワーストウォーカーも人なのだと知った。

 自分でもできることをと考えたアンジェリカは王宮内で一人ワーストウォーカーの人権を取り戻す活動をしていた。五年間もの間遮二無二頑張り続け、ようやく形になろうとしていたそれを、王国の崩壊という形で奪われたのだ。

「私達は背負ったのではありません。私達は望んで受け入れたのです」

 フェザーはアンジェリカに椅子を勧めた。

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