一章2-2 姫と非人類(2)
今日はよく椅子を勧められるなと、アンジェリカは思った。
フェザーは対面にあるウルが座っていた椅子の後ろに立つ。そこに自分が座らない。
「私達の祖先は各地に散り散りに暮らしていました。馴染む土地もなく、どの国や地域でも差別を受けていたそうです。彼らを救ってくださったのが初代フェルディナント王だと伝わっています。彼の王は人ならざる彼らに安住の地を約束しました。そしてこの村ができたのです」
立ったまま彼女が話す。これは村の昔話だ。
「王国が誕生し数年が経った時、王国内で貧富の差が激しくなりました。繁栄によって持つ者と持たざる者が出てきたからです。私達の祖先は恩を返す機会と思い立ち、自ら差別される立場になることを申しいれました」
静かに語られる歴史。当事者であるからこそ偽りのない記録。
アンジェリカが知らないことをフェザーは伝えていた。
「その時に一つ王は彼らに勅命を授けました」
「勅命は騎士に与えられるもの。彼らは騎士だったのですか?」
「違います。逆ですよ。騎士ではなかったから、勅命を授けることで彼らを騎士としたのです」
どちらが先にあったかという問題だ。騎士にしか勅命は下らないというならば、勅命が下ったものは騎士である。心情の問題になるかもしれないが、初代王は勅命という形をとって彼らを騎士と認めたということだ。
剣も甲冑も、本来授けられるべきものを与えられず、ただ形だけの称号。それでも差別され続けてきたワーストウォーカーの祖先達にとって、大切なものとなった。
「授けられた勅命は、いつの日かフェルディナント王国が危機に瀕したとき、子孫を、初代フェルディナント王から続く王族を護るということ。たったこれだけのことが幾年も伝えられ、今の私達に繋がっています」
差別に屈指かけたとき、処遇に満足できないとき、現実から逃げ出したくなったとき、彼らは勅命を思い出し乗り越えた。
「私達はアンジェを護ります。あなたがここで暮らすというのであれば、ずっと共に生きていきます」
フェザーは顔を下に向けて笑った。彼女にはもう一つだけ言いたいことがあった。でもそれを言うことはできない。言ってしまえば一人の騎士の誇りを穢してしまうことになる。
だから、フェザーは言いたいことを隠して笑った。
「それに私自身もアンジェと共に生きてみたいと思っています」
「……少し一人にしていただいてもよろしいでしょうか?」
アンジェリカは絞り出すように言う。攻め立てるように言われ続け、耐え切れなくなっている。
歩いて扉に向かったフェザーは一度振り返りアンジェリカを見て、家を出て行った。
一人の残った部屋でアンジェリカは座ったまま下を向いた。机の上は片付いている。ついさっきまで豪勢な食事があったことなど微塵も感じない。
自分のために、王族のために生きてきた。昔話をされてもアンジェリカには実感がないままだ。何代も前の王様からの勅命。ではそれがなかったらどうなっていたのだろうかと、彼女は考えずにはいられなかった。
でもと続く。
「私は何も返せない」
きっとこの悩みは、そこにいるだけでいいと言われて終いだ。誰もアンジェリカをアンジェリカとして見ていない。彼女が王族であるから、その前提が名も無き村の人々には根付いている。
アンジェリカは一人だ。血の繋がりは、もう無い。




