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第318話:大胆さと慎重さ

 綾乃が麻雀部を去ってから、何事もなく数日が経過した。

 秀夫の高レート卓。


「ロン。三色ドラ3で12,000、終了(ラスト)ですね」

挿絵(By みてみん)

「何だそりゃっ!? リーチしろよ……ッ」


 振り込んだ中年が溜め息混じりに呟いた。しかしいつものことである。和弥は黙って点棒を受け取る。


「どうします? 続行しますか?」


「クソ、続行だ続行。まだ始まったばかりだろうが。このまま帰れるか」


 10,000円の(ヅク)を卓の上に置いた中年がそんなことを言いながら、牌を収納口に収めた。和弥も慌てることなく牌を落としていく。


「なんで俺にだけ手が入らないかね…」


 最下位(ラス)を引いた中年はまだブツブツ言っていた。


(本日のカモは決まったな)


 独り言を繰り返す中年に対し、内心ニヤリとする和弥である。

 こういうラス候補がいる状況に対して大切なのは“丁寧な麻雀”を打つことである。暴牌と呼べる打牌は決してしてはいけない。自分の手がどんなによくても、だ。

 麻雀は、4人が4人ともトップを目指すゲームである。南4局(オーラス)の段階であまりにも点差が開き過ぎて逆転が見込めない場合は、せめて2位をキープしようとするし、それすら無理ならラスだけは免れようとする。

 その妥協点というのは人によって違うが、どんな不利な態勢からでも可能な限りトップを狙うのが和弥の麻雀だ。

 それは当然リスクを伴うから、下手をすると勝ちも大きいが負けも大きい、いわゆる「トップ・ラス麻雀」になりがちだが、和弥のアベレージ成績は紅帝楼(こうていろう)の中でも群を抜いていた。

 つまり上手さと強さの両方を持っているのが和弥なのだ。

 上手い麻雀と強い麻雀の違いは、説明がなかなか難しい。

 例えばよくあるパターンとして、3位の南4局(オーラス)で2位に1,000点差、トップ目には10,000点差だとする。捲るにはトップ目の親から5,200点以上を直撃するか、満貫以上をツモ上がらなければならない。

挿絵(By みてみん)

 中級レベル以上の打ち手なら、ドラのないこんな平和(ピンフ)をテンパってリーチはしない。この手がトップ条件を満たすのは、九索もしくは三筒が裏ドラとなるか、一発ツモ、若しくは親が一発で振り込んだ上で裏ドラが乗った場合のみだ。

 まずこの牌姿なら、裏ドラに望みを託すとしても、2枚ダブりを期待するのは都合良すぎるし、一発を条件とするのも同じである。

 つまりこれでリーチするということは、言い換えれば「9割方、2位終了で妥協する」ことを意味する。

 この手は殆どの場合、九筒を引いて一通を完成させてからのリーチを考えるのが一般的だ。

 そこへ先に三・六萬をツモ上がってしまっても、400・700点のアガリで2位は確保出来る。

 ここまではゲームのラスを引かない麻雀。

 それでもさらにトップを諦めず、九筒が残っている場合三筒切りのフリテンリーチにいくかとなると、半々に別れる。

リスクを負って前に出る強さを持てるか? その上でアガリきる勝負強さがあるか? という場面だ。

 では、フリテンリーチして一発で六筒をツモアガったとしたら?

 ここは裏ドラ1枚を期待して上がり、結果的にドラなしで2位終了しても「なるほど、残念だったね」と、誰もが納得してくれるだろう。

 腐したようだが、高レートではゲームのような“慎重さ”こそ、ラス候補がいる場合は重要なのである。

 慎重に打っていればラス候補は劣勢をひっくり返そうと暴れて、余計に泥沼にハマりこむ。


「リーチッ!」


「追っかけリーチ」


 中年が掴んだのは、和弥の当たり牌九萬だった。


「ロン。リーチ・一発・東・發・メンホン・赤。24,000」

挿絵(By みてみん)

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