第277話:昂る男
そして約束の土曜。
いつも以上に若い客が多い紅帝楼にて、一人狂気に近い雰囲気を発散させてる男がいた。菱崎である。
「まだかよ……遅ぇな」
そして彼の背後には、部長である麗美も立っている。しかし何やら、いつもより表情が険しいものになっていた。
「落ち着きなさいよ。まだ約束の時間よりは早いでしょう?」
筒井以上に唯我独尊を地で行く菱崎は、麗美相手でも怯むことはなかった。
「そりゃ、部長はただの観戦者だし今回は。でも10分前行動っていうでしょ。こっちはこんだけ早くきたのによ……」
「あのね。キミは挑戦者の立場なんだよ。そんなに言うならフリーの空いてる席に入って時間潰してれば?」
───麗美も相変わらずである。歯に衣着せぬ彼女の言動に、菱崎は苦笑を浮かべていた。
「分かったよ、部長。そんなに睨むなよ。1人欠けの台、あるかな」
しかし都合よくワン欠けの台など見つかるものではない。
「しゃーねえ。来るまで大人しく待つか」
「それがいいわよ。大丈夫、竜ヶ崎くんは逃げないから」
毅然とした笑みを浮かべる麗美。菱崎に向けられたワケではなかったが、傍から見ても思わず背筋にぞくりとくるものがあった。
「そう願いたいもんだな。部長も入るかい?」
「今回はいいわよ。私は彼と打つ場合、邪魔無しで打ちたいし」
麗美の顔から笑いが消える。
「……やれやれ。俺はお邪魔虫扱いかよ。筒井といい、年が下ってだけで安く見られるな」
「じゃあ少なくとも私の評価は変えられるよう、頑張るんだね」
どうやら菱崎は自分の実力には、絶対の自信があるらしい。筒井のことも内心では下に見ているのが良く分かる。
「あの竜ヶ崎ってのがそこまで強いのかどうか…」
「弱かったらどうなんだ?」
当然の声に菱崎は後ろを振り向いた。そこには和弥がいた。
「遅かったじゃねえか。このまま来ないと思ったぜ」
「時間前にはちゃんと来ただろうが」
嫌味に満ちた和弥の返答。
(───この2人を放っておいたら、本当に殺し合いを始めかねない。話を進めないと)
そう思ったのは麗美であった。
「あの、竜ヶ崎くん……」
麗美は勇気を振り絞って口を開いた。
「来たばかりで申し訳ないんだけど、菱崎くんが待ちきれない様子だし。そろそろ始めない?」
「あンたは今回は打たないのか?」
「うん、私は今回は打たないよ」
和弥は意外そうな表情を浮かべた。
「えーと、お前なんだっけ。菱崎だったか。打つのはお前のみ」
「菱崎正人だ。そうだ、打つのは俺一人だ。部長は案内で来ただけだ」
「脇にはフリーの客を2人入れる。ルールとレートはこの店の規則に従う。いいか?」
和弥の言葉に、菱崎は薄ら笑いを浮かべながら小さく頷いた。
「それでいい。さっさと始めようぜ」
すると、和弥と菱崎の会話を黙って見守っていた麗美が、2人に向かってこう言った。
「私は今回は観客だから。それじゃ、頑張ってね」
そうなのだ。いつの間にやら、“やっぱり私も入れて”などとは言えない雰囲気になってしまっている。
和弥と菱崎は、そのまま空き台に向かい合わせの“対面同士”で座った。
不定期連載ですが、ブクマや☆5をいただけると更新が早くなるかも知れません。




