反撃の狼煙
俺は、落ちてくる忠兵衛と本を捕まえると、そのまま転がり岩の影に隠れた。
傷口から更に血が吹き出て、死期を近づけた気がした。
『何をしておる!さっさと、結界の外に出んか!』
「しかし、まだ、奴を倒していない!」
『馬鹿者!律儀に相手してやる必要が、どこにあると言うのじゃ!』
忠兵衛は、俺の手から逃れると、真っ直ぐオトミーの居る樹洞に向かって走り出した。
「待て!そこには、オトミーが!」
俺は、本を抱え、姿勢を低くして忠兵衛を追った。
ズサッ
ズサッ
ズサッ
俺を狙った黒い霧の攻撃が、肩、腕、背中を浅く切り裂いた。
痛みに顔を歪めながらも、結界の前で外に出られず、ピョンピョンジャンプしている忠兵衛を捕まえて、そのまま樹洞の中へと転がり込んだ。
「ウォルフ様!」
オトミーは、地面に倒れ込んだ俺に駆け寄ると、華奢な両腕で抱きしめてくれた。
「あぁ、なんて酷い傷」
彼女の柔らかい指先が、俺の顔に掛かる髪を横に退けてくれる。
「だ、大丈夫だ」
最後の空元気で、俺は、出来るだけ優しく微笑んで見せた。
俺たちの横では,
『オトミー!ワシの心配もせよ!』
と忠兵衛が両手を上げて、ブンブン振っている。
「忠兵衛様!今まで何処に逃げていらっしゃったのですか?」
オトミーの驚きの声に、
『逃げてなどおらーーん!』
と怒鳴り、忠兵衛は、悔しげに地団駄を踏んだ。
『本を取り戻す為に、鴉の奴の背中で、機会を窺っておっただけじゃ!』
「本を?では、取り戻されたのですね?」
『はははは、ワシに不可能はない!』
オトミーの羨望の眼差しに、忠兵衛の機嫌は、直ぐに最高潮になる。
確かに、オトミー、忠兵衛、本と、奴が欲しがっていたものを全て取り戻せた。
そして、奴は、結界の中。
このまま閉じ込めていられるのなら、どんなに幸せだろう。
だが、俺の命も、そう長く持たない。
「ごめん、オトミー」
揺らぎ出した視界。
必死に彼女の姿を目に焼き付けようと頑張るけど、もう、輪郭しか分からない。
「愛している」
一生懸命、何度でも繰り返して言いたかった。
「に・・・げ・・」
出血が多すぎて、頭がボーッとしてきて・・・あぁ、もう、最後だ。
死を悟った俺を、オトミーが力強く抱きしめる。
「ウォルフ様、諦めないで」
オトミーの唇が、俺の頬に触れた。
それから、まるで誰かが側に居るかのように、話し出す。
ねぇ、聞こえている?
お願い、ウォルフ様を助けて
えぇ
そこを、お願い
オトミー、君は、一体誰と話しているんだ?
ドクドクとウォルフ様の体中から血が流れ出る。
傷口の一つを押さえたところで、彼の命を救う事は出来ないだろう。
私は、私の中にいるもう一つの魂に語りかけた。
「ねぇ、聞こえている?お願い、ウォルフ様を助けて」
たすけたいの?
初めて、彼女が、私の語り掛けに応えた。
「えぇ」
このひと、しにかけてる
「そこを、お願い」
あなたも、あぶないよ
「ごめんね、貴女も、危ないわよね」
私は、ずっと彼女の体を奪って来た。
それなのに、こんなお願いをするなんて、本当に酷い事だと思う。
でも、彼女にお願いするしかない。
おねーちゃん、おにーちゃんがすき?
「えぇ、大好きよ」
わかった
フワリ。
胸の辺りが、温かくなった。
そして、全身にドクドクと血液が流れていくのを感じる。
『オトミー!体が光っておるぞ』
忠兵衛様が驚いている。
もう一人の私が、力を貸してくれているのね。
「ウォルフ様、私も、貴方を愛しています」
もしかしたら、これが最後かもしれない。
ウォルフ様の傷が塞がるにつれて、全身の力が抜けていくから。
この小さな体に、どれ程の力があるのか分からない。
でも、きっと、命を賭けてくれている。
「オ・・トミー?」
閉じられていたウォルフ様の目が開いた。
焦点も合っていて、私をじっと見つめて下さっている。
「君が、治してくれたのか?」
「いいぇ・・・もう一人の私が・・・」
そのまま私は、意識を手放した。
「オトミー!」
身を起こしたウォルフの体は、全ての傷口が閉じられていた。
なんと、恐ろしいまでの治癒力。
魔力ゼロと言われたオトミーから、溢れ出たオーラ。
ワシの知らぬ間に、何かが起こったのだろう。
気を失ったオトミーに、半狂乱になったウォルフが縋り付く。
『そのように激しく揺するな!気を失っただけじゃ。そーっと、そーっと地面に横たえよ』
ワシの声が聞こえたのか、ウォルフは、ゆっくりとオトミーを地面に寝かせた。
そして、自分の体を確認し、驚きに目を見開いている。
「忠兵衛、これって・・・」
『オトミーが治癒魔法に目覚めたのであろうなぁ』
「これなら、戦える!今すぐ奴を!」
『バカモーン!何度言えば分かる!力技で押し切れる相手じゃない!』
ワシは、思い切りウォルフの頭を叩いてやった。
全く痛がった素振りを見せないが。
くそぉ、ワシが、元の姿に戻ったら、頭から噛みついてやる!
「忠兵衛、さっきから、お前は、何がしたいんだ?」
『やっと聞く気になりおったか。では、オトミーが目覚めるまで、ワシの立てた素晴らしい作戦を聞かせてやろう!』
両手を腰に当て、胸を張ってウォルフを見上げると、トンと額を人差し指で突かれ、後ろに倒れた。
くそぉ、生意気な小僧め!
だが、反撃の狼煙は、派手に上げさせてやる!




