無謀と書いて秘策と読む
私は、ウォルフ様に治癒魔法を掛けた後、気を失った。
そして、今、見た事もない幻想的な景色の中に立っている。
私、死んだの?
おねーちゃん
背後から声をかけられ振り向くと、そこには、小さな女の子が立っていた。
その姿は、赤ちゃんと言っても良いくらい。
二本足で立っているのが、とても奇妙に感じられる。
「貴女が、本当のオトミーなのね」
ほんとう?うそもあるの?
「私は、貴女に体を借りた者よ。貴女が正真正銘、お父様とお母様のオトミーよ」
でも、ふたりとも、おねーちゃんがだいすき
「それは、本来、貴女が注がれるべきものだった」
いっしょじゃだめ?
「一緒?」
だって、いままでもいっしょだったもん
あぁ、私が気付かなかっただけで、この子は、私の中で成長していた。
私の目で物を見て、ちゃんと理解している。
「良いの?一緒に居ても?」
なんで、でていくの?
「貴女に悪いと思って」
おねーちゃんいないと、さびしい
両手を広げられて、私は、許された気がした。
彼女を抱き上げて頬擦りしてあげると、嬉しそうにキャッキャと笑った。
そうだ、共に生きよう。
今度は、私が彼女を助ける番。
「よろしくね、『オトミーちゃん』」
私の呼び掛けに、彼女は微笑むと、そのまま姿を消した。
『奴は、一欠片でも残せば、必ず舞い戻ってくる。この千年、諦めることなく虎視眈々とワシを狙っていた執念深さでも分かるじゃろ』
「確かに、根に持つタイプには、違いない」
俺達の潜む樹洞に向かって、腹立ち紛れの攻撃を繰り返す黒い霧。
結界にいくら阻まれようが、繰り返し、繰り返し、こちらが力尽きるまでやり続けそうだ。
『そこで、これじゃ』
忠兵衛が出して来たのは、チューニー・チャツボットの記した本。
『ワシの代わりに、この中に奴を閉じ込める』
ドヤ顔の忠兵衛に、不安しか湧かない。
「なぁ、本当にそんなこと、出来るのか?」
『直ぐには無理じゃ。まずは、オトミーが目覚めるまで待て。この本の九割は、既に読破している。だが、まだ、どうやれば本に閉じ込められるのかは書かれていない』
「書かれている確証は、あるのか?」
不確かな希望論に、無駄な時間を費やすわけにはいかない。
疑いの目を向ける俺に、忠兵衛は、心外だとばかりに睨みつけてくる。
『奴は、メモ魔じゃ。お主も覚えておろう。『ハクマイタベタイ』。あんなもん、普通書き残さんぞ』
「まぁ・・・確かに」
日々の呟きレベルすら、飽きもせず書き綴ったチューニー・チャツボット。
「余程、暇だったのか?」
『違うのお。アヤツは、ワシが現れるまで、殆ど会話というものをしたことが無かった。故に、話し相手は日記帳なのじゃ』
「寂し過ぎるだろ」
俺は、本を手にして、パラパラと巡った。
毎日、毎日、人と話すことなく書き記す孤独。
このページ数だけ、彼は、一人の時間が長かったんだろう。
「良く、この世界を滅亡させなかったな」
『友がおったからのぉ』
表紙を愛しげに撫でる忠兵衛を見て、二人の絆の強さが分かった気がした。
「ん・・・ぁ、ウォルフ様」
「オトミー、大丈夫か?」
「はい。ウォルフ様も?」
「あぁ、君のお陰で傷は塞がったよ」
力強く頷いてくださるけれど、ウォルフ様の顔色は、全く血の気がない。
きっと、血液を大量に失ったせい。
気力を振り絞って気丈に振る舞っていらっしゃるけど、いつ気絶してもおかしくない。
「オトミー、疲れているところ申し訳ないんだけど、この本に書かれているはずの『呪文』を探し出して欲しい」
「『呪文』ですか?」
「あぁ。チューニー・チャツボットが、この本に忠兵衛を閉じ込めた時の『呪文』だ」
私が、忠兵衛様を見ると、大きく頷き、親指を立てられた。
『あの中は、何処の世界にも通じぬ空間じゃ。ワシも、出口がないかと一千年探したが、見つからんかった。あそこに閉じ込めることができれば、奴とて、そうそう簡単には出て来られまい』
忠兵衛様は、笑っておられるけど、どんなに孤独な一千年だったでしょう。
私は、目頭を押さえると涙を我慢した。
今は、泣いている場合じゃない。
私にしか、出来ないことがある。
それを、絶対成し遂げなければならない。
「では、本をお借りいたします」
私は、ページを捲ると、一番最近まで読んでいた場所を開いた。
『嫌いな奴のご飯を苦く変える方法』
チューニー・チャツボット様は、本当に人間との相性は最悪だったのだと分かる魔法だった。
「あと、どれだけ持ちそうだ?」
結界に手を当てたドラコに問うと、軽く首を横に振られた。
「かなり脆くなっている。ウォルフの状態は分からないが、そんなに長くは持たないだろう」
俺は、息子が逃げ込んだ大樹の根本を見た。
これでもかと、波状攻撃を繰り返す黒い霧。
我々の手で、この場にいた魔獣は、全て討伐された。
攻撃を繰り返す度に、徐々に敵は、魔力を消費している。
外から魔力を補給する術は、我らが絶った為に、向こうも一発で仕留めようと躍起なのだろう。
父として、もう、息子にしてやれる事は何もないのか?
せめて、盾となり、攻撃の一つでも防いでやりたい。
「リズリー、そんな顔をするな」
ドラコが、俺の肩に手を置き、強く握りしめた。
「立派に育った息子を自慢に思え。後は、信じるだけだ」
まだ、十二だぞ!
喉元まで、出かかった。
ウォルフは、強大すぎる魔力を持って生まれたせいで、しなくていい苦労をしてきた。
母親に甘えたかった時期から魔力コントロールを覚える為に、ドラコに厳しく躾けられ、同世代の友達と遊んだ事もない。
そこまでする必要があるのかと、メリノアに詰め寄られた事もある。
本当に、まだ子供なんだ。
神様、頼む。
俺の命を差し出すから、どうか、息子を助けてくれ。
叫び出しそうになる思いを飲み込み、俺は、部下に指示を出した。
退路の確保と、負傷者の治療。
息子が諦めていないのに、俺が諦めてどうする。
ウォルフ、必ず生きて帰るぞ。
そして、どうか、今度こそ、子どもらしい日々を送ってくれ。




