決戦へのカウントダウン
魔力弾の撃ち合いなら、奴に利がある。
何せ、足りない分を魔獣を喰らって補給するんだ。
しかも、霧を殴ろうにも俺の拳は奴の体を通り抜ける。
先ずは、これ以上エネルギー補給させないことが先決だ。
俺は、俺と奴だけが入る結界を張った。
これで、逃げられることはない。
逆を言えば、俺も逃げられないが。
試しに、掌に空気中の水分を集めて弾を作ると、一発奴に打ち込んでみた。
一直線に進んだ水弾は、奴をすり抜け背後の結界にぶつかって飛沫となった。
そんなもので、我を倒せると?
「お試しだよ」
負け惜しみも、ここまでくると立派なものだな
嘲笑うように、黒い霧は、俺の周りをフワリフワリと囲むように飛んだ。
手を伸ばせば届く距離。
完全に俺を舐めている。
隙を見て周りを確認すると、俺の真上に本を持った鴉が飛んでいた。
あの本を手に入れるのは、どうすれば良い?
そう考えたほんの一瞬、俺の思考が、奴から逸れた。
グサッ
激痛が左肩に走った。
黒い霧の一部が、剣のように鋭く尖り、俺の体を突き抜けていた。
俺は、奴を捕まえようと手を伸ばしたが、スーッと元の霧に戻り、指の間をすり抜けていく。
無様だな。威勢がいいのは、最初だけか。
グサッ
今度は、右太ももを貫かれた。
痛みに、目が霞む。
俺は、このまま、ここで死ぬのか?
「ターシャ!無理をしなくていい!」
「他に、方法がないんだから、黙っててください!」
二十六だが、小柄で見た目が可愛いターシャ・ボホール副団長は、我が魔導士団のアイドルと言っていい。
男臭い集団の中の唯一無二の女子。
彼女に声をかけられただけで、殆どの団員が舞い上がる。
その上、彼女の得意分野は、補助魔法だ。
彼女の力を借りれば、通常の三倍の力が発揮できる。
しかも、その持続時間は半日。
ただし、術が解けた瞬間、立ち上がれないほどの疲労感に襲われるが。
押し留める俺に、他の団員は、不服げな顔をしている。
『要らないことを言うな!』と言ったところか。
しかし、上官として、許せるものではない。
何せ、彼女が今しようとしているのは、通常の五倍の能力を引き出す補助魔法。
その方法は、術を掛ける相手の頬にキスをすると言うものだ。
まだ、結婚もしていない女性が、婚約者でもないむさ苦しい男に清らかな唇を捧げるなど、許されるべきものではない。
「君の事をご両親から頼まれている私の立場も考えろ!」
「これは、私の意思でやる事です!団長には、ご迷惑かけません!」
俺も、適齢期に結婚でもしていれば、子供が居てもおかしくない年齢だ。
同期のリズリーからは、息子であるウォルフを預かっている。
子供の無茶を、大人が止めないでどうする。
それに、彼女の父親は、新人時代随分世話になった上司だ。
もし、彼にバレれば、俺の首は、飛ぶだろう。
「そう言う事は、恋人か、婚約者だけにしろ!無差別にやるバカがどこにいる!」
俺は、列の一番前に並んでいる団員とターシャの間に立つと、両手を広げた。
台の上に立ち、俺とさほど視線の変わらない位置にいたターシャは、俺を睨んで、地団駄を踏んだ。
「だったら、団長が恋人になってくれたらいいでしょ!ずっと、ずっと、ずーっと告白してるのに、振り向いてくれない貴方がいけないのよ!」
俺は、慌ててターシャの口を手で覆い、背後にいる団員達を見た。
じとーっと陰険な目で、俺を睨むな。
「その事は、無理だと言っただろ!俺たちの歳は、一回りも違うんだぞ」
怒鳴る俺の手を噛み、ターシャは、地面に降りると胸を張って俺を見上げた。
「五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!大好きなんだもん、仕方ないでしょ!」
何が気に入ったのか、入隊当時からターシャは、俺の後をついて周り、好きだ、好きだと叫んでいる。
子供相手に本気になどした事はないが、目の前で泣かれると、コチラも弱る。
嫌いなわけじゃない。
貴族同士の結婚なんて、十、二十差など珍しくもない。
だが、引く手数多の娘を、こんな親父に縛り付けるなんて、あり得ない。
煮え切らない俺を前に、
「こーなったら、実力行使よ!」
ターシャは、飛び上がったと思ったら、俺の首にしがみ付いた。
そして、
チュ
俺の唇にキスをした、
オイ、マジか?
これは、最上級補助魔法だろ?
通常の10倍の力を出せるが、術が解けたら、数日は起き上がれない悪魔の補助魔法。
「勘弁してくれ」
「もう、遅いです!」
結局、俺一人、本体目指してぶっ飛ばす事になった。
他の奴らは?
ターシャの護衛として帰らせたに決まってるだろう。




