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第4話 想い

リディアがこの屋敷に嫁いで1週間ほど経った頃のこと。


「レーナ、これから一緒に出掛けないか?」


手にして本からリディアは顔を上げる。


「お出掛けですか?リヒャルト様、お仕事は‥?」


「今日は休みだ。雪も止んでいるし、レーナにこの土地を案内したい」


何かと忙しいリヒャルトと1日共に過ごすのは初めての事だった。

ルナが用意してくれた防寒具を身に纏い外に出る。キンッと肌を刺す寒さに溢れる白い息。そういえば、屋敷の外自体も久しぶりだったか。

一面真っ白な白銀の世界にリディアは目を細めた。


そうしている間に、リヒャルトは一頭の馬の手綱を引いてやって来た。黒く美しい毛並みの馬だった。


「俺の愛馬、ジャリンだ」


「ジャリン‥初めまして。レーナといいます」


そっと撫でると、ブルッとジャリンは息を吐いた。

しかし、馬車も見当たらないしジャリンを連れて来たと言うことはやはり彼に乗って移動すると言うことだろうか。どうしたものかとリディアは悩む。


「レーナは馬には乗れるか?」


「申し訳ありません‥乗馬の経験が殆ど無く、乗ることが出来ません」


「そうか!なら俺に任せてくれ」


そう言うや否、リヒャルトはリディアを抱き上げジャリンの背に横座りさせる。更にその後ろにリヒャルトが乗ると、手綱を手に取り指示を出す。ジャリンがゆっくりと走り出した。


「きゃあっ」


慣れない高さとどんどん上がるスピードに、リディアは思わずリヒャルトの胸に抱き付く。


「ははっ!役得だな!街までは少し距離もある。しっかり俺に掴まっていてくれ!」


初めは恐怖心の方が強かったが、後ろから包み込む様なリヒャルトの腕に恥ずかしさよりもどこか安心した。

頬を刺す冷気から守るようマフラーに顔を埋める。


目の前を流れていく銀世界は、分厚い雲の切れ間から降り注ぐ陽の光が反射してキラキラと光輝いていた。


「綺麗‥‥」


思わずリディアの口からため息のように溢れた。


「ああ、そうだろう。不便な土地ではあるが、俺はこの雪景色が大好きだ。レーナにも、いつかそう思ってもらえたら嬉しい」


見上げたリヒャルトの横顔も、ジャリンが巻き上げる雪が反射し輝いて見えた。


(ああ、かっこいい‥まるで御伽話の王子様みたい)


違うとしたら、それは彼の顔に刻まれた傷跡だけ。


「リヒャルト様のお顔の傷は‥戦場で負われたものなのですか‥?」


リディアはつい、尋ねてしまった。

リヒャルトは突然の問いに瞳を瞬かせると、ジャリンのスピードを少し落とす。


「いや、これは4年前事故に巻き込まれて負ったものだ」


「事故‥」


「ああ。バレル伯爵の領地に仕事で出向いていた時にな」


聞き慣れた名前にリディアは目を見開く。


「そ、そんな事が‥!?」


「ああ。でも誤解しないでくれ、領地内で起こっただけでバレル伯爵は関係無いぞ。街で暴れ馬から子供を庇った際に、蹄でザックリと顔を切られてしまったんだ」


蹄で顔をなんて、言葉だけでもゾッとする。

青ざめるリディアをよそにリヒャルトは続ける。


「事故が起きた場所から病院が遠く、脳への衝撃の心配もあったから余り動かせなかったらしく‥すぐ近くの学園に急遽運び込まれたんだ。学園なら校医もいるだろうと」


「確かにそうですね」


「だが、医務室に着いたもののタイミング悪く校医が留守にしていたようでな。困った使用人達は結局街まで医者を呼びに行ったりと慌ただしく、俺を1人残して出てしまった。ろくに止血もしていなかったから兎に角出血も酷くて意識も朦朧としていたら、1人の生徒が医務室に入って来た。偶々医務室に用事があっただけだったようで、ベッドに横たわる血塗れの俺を見て酷く驚いていたよ」


「それは仕方ないかと‥。リヒャルト様の姿なら学園の方じゃ無いと分かるでしょうし、ましてやそんな大‥怪我‥」


ふと、リヒャルトの話にどこかデジャブをリディアは感じた。医務室にいた、血塗れの男‥。4年前‥





「レーナ・バレル。これを医務室に届けておいてくれないか」


廊下ですれ違った教師に頼まれ、数冊の本を胸に抱える。

今日は試験があった為、レーナに代わりリディアが学園に訪れていた。滞りなく試験も終わり、あとは帰宅してまたレーナと入れ代わるだけ。そんないつもの日常だった筈なのに。


訪れた医務室に校医の姿は無く、仕方ないと机に本を置き部屋をあとにしようとする。しかし


「う、うう‥」


奥のベッドから苦しそうな声が聞こえる。誰か具合でも悪いのだろうか。だがあまりにも辛そうな声に心配になってしまい、半分ほど空いていたカーテンからこっそり覗き込む。


そこには血塗れの大男が横たわっていた。


「‥‥!?だ、大丈夫ですか!?」


学園の生徒ではなく、身なりからして高貴な人のようだが何故そんな人が此処に。そもそもどうしてこんな大怪我を。


「校医の先生は‥!?」


しかし誰かが来そうな気配はない。その間にも目の前の男からは血が流れ続ける。このままじゃ危険だ。


幸い此処は医務室。道具ならある。

リディアは意を決し傷に触れて止血の処置をする。


「ぐっ‥」


「痛みますよね‥ごめんなさい。でもどうか動かないで‥!」


医者だった父の姿と、何度も読んで来た医学書の記憶を思い出し手を動かす。


「頑張って‥。大丈夫、すぐ終わりますから」


優しく声を掛けると、男もどこか安心したように動きを止めた。


何とか処置が済んだ頃、バタバタと廊下が騒がしくなり見慣れない大人数人と校医が入って来た。


「レーナ・バレル?何故ここに?」


校医がリディアを見て問い掛ける。


「申し訳ありません、頼まれた本を届けに参りました。私はこれで失礼します」


あまり帰りが遅くなるとレーナに酷く怒られる。そう思いリディアはそそくさと医務室をあとにした。


「リヒャルト様!医者を連れて参りました!もう大丈夫です!」


使用人達の声が響く中、リヒャルトは先ほど呼ばれた少女の名を忘れぬよう頭の中で何度も繰り返した。


(レーナ・バレル‥)





「まさか、あの時の方がリヒャルト様‥!?」


「思い出してくれたか、レーナ」


接点など無いと思っていた相手と、まさかそんな所で繋がっていたとは。


「君が立ち去った後、医者が俺の傷を見て驚いていたよ。完璧な処置だって。あれがなければ、失血死の可能性もあったそうだ」


「そうだったのですね‥。あの時は目の前の怪我を負った方が心配で無我夢中で‥」


「そのおかげで俺は助かったんだ。改めて、ありがとうレーナ。あの後、君宛に屋敷に礼の品を贈ったりもしたんだが返事は貰えずだったな」


「も、申し訳ありません‥」


レーナ宛だったのならばリディアに届かないのも無理はない。そもそもリディア宛のものがあったとて、レーナに取り上げられるだろう。

そしてリヒャルトの事だ。高価な贈り物をしてくれていたのだろうが、恐らくレーナかバレル伯爵が売り飛ばしてしまったのだろう。


「その後も社交界でも何度か君を見かけたが、俺の事を覚えていなさそうだし、俺はあまり評判の良い男では無いから声を掛けるに掛けれなくてな。そんなこんなで気付けば4年も君に片思いをしていたわけだ」


まさかのリヒャルトの告白と繋がりに驚きの連続でしかない。


「ルナから俺が何故、君を見染めたのか不思議がっていたと聞いてな。まあ、こういう事だ」


眩しいくらいの笑顔を向けられ、リディアは思わず目を逸らしてしまう。冷たかった筈の頬に熱が宿る。


両親の様に誰かを助けたかった。もう目の前で誰かが亡くなるのを見たくなかった。それだけのことだった。


でもリヒャルトはそんなリディアを見つけて、愛してくれた。

それはレーナじゃなく、自分なのだと伝えられないもどかしさをただ飲み込んだ。





到着した街は、雪に覆われてこそいるが行き交う人には活気があり想像以上に賑やかな所だった。


「少し小腹が空いたな。喉も乾いたし、どこか入ろう」


リヒャルトに手を引かれ、着いたのは煉瓦造りの落ち着いたカフェだった。店内の装飾もこだわりを感じる。


「素敵なお店ですね」


「ああ。街に立ち寄った時はよく足を運ぶんだ。ここの紅茶やケーキは格別でな」


「まあ。楽しみです」


「お待たせしました」


初老のウエイターがティーセットとケーキをテーブルに並べる。


注がれた紅茶にはミルクが共に並べられ、白い皿の上には真っ赤な苺のタルトが置かれていた。


「以前、社交界で耳にした事があってな。君がミルクティーと苺のケーキが好きだと」


嬉しそうに告げるリヒャルトに、チクリとリディアの胸が痛む。


ああ、それは私ではない。『レーナ』の好物だ。


リヒャルトの思いに一瞬でも浮かれてしまった自分を恥じる。

思い違いも甚だしい。

私は戦災孤児のリディア。レーナの身代わり。

リヒャルトはリディアを見ているわけじゃない。


その後、リヒャルトとどんな会話をして屋敷に戻ったのか記憶が朧げだった。


ただ、彼にレーナと名を呼ばれる度に酷く胸が苦しかった。



しかしリディアも気付いていなかった。

名を呼ばれる度、どこか悲しそうに微笑むリディアの姿にリヒャルトが眉を寄せていたことを。


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