1ー8 町へお出かけ
昼食を終えると、ダリル様は仕事に出かけていった。わたしたちは町へ行く。セイバート領の山はフルーナ山岳地帯と呼ばれる場所なので、フルーナの町と呼ばれている場所だ。
「おかしゃまー」
「はーい、ジェレミー」
わたしは嬉しそうにほっぺを赤くして駆け寄ってきたジェレミーを抱き上げて、高い高いをしてから下ろした。たくさん食べてたっぷりと運動しているせいで、三歳児にしては小柄だったジェレミーも、身体つきがかなりしっかりしてきた。
そんなジェレミーを抱っこするわたしの腕にもしっかりと筋肉がついてきた。パワフル系の奥様は、辺境の地にぴったりだ。
小林柚月だった頃に、ネット小説のイラストで超美青年になったジェレミーを見たことがある。ダリル様と比べるとまったく細身だけど、父親によく似たジェレミーはかなり背が高く育っていた。
小説の中では武術の訓練はしていなかった設定だったが、今現在、『立派なお父様』に憧れるジェレミーは小さな木の剣を与えてもらい、「ぼく、おとしゃまのようにつよくなって、おかしゃまをおまもりします」と毎日のように熱心に稽古をしている。この様子だと、細マッチョ青年に育ちそうな気がする。
ちなみに稽古をする場所は、わたしの魔法で雪をどかして作った。
広い庭の一画に積もった雪を蒸発させて、整地させた。もちろん、雪が降るたびに蒸発させている。
魔法の無駄遣いと思われようともかまいませんわ、おかしゃまはジェレミーのためならなんでもやります。もちろん、転んでも怪我をしないように、石は取り除いてもらいましたの。そのうち楽しく身体を鍛えるためのアスレチックも作らせようと計画しておりますのよ、おほほほ。
けれど、ナイスボディまで手に入れてしまったら、将来のジェレミーのイケメン度がさらに上がってしまいそうである。可愛い息子に悪い虫が付かないように、わたしが見張っておく必要がある。もちろん虫は即、この手で殺処分……とか恐ろしい考えになってはいけないわ、人は虫ではありません!
シャロン的な思考回路はなかなか根深くて、温和で平和的だった柚月さんはどこに行っちゃったのかしらぁ? なんて時々ふと思う。
「おかしゃま、あのね、けさも、からだのたんれんをしました」
「偉いわね、ジェレミー」
「はい、ぼくはおとしゃまをめざしているの」
「素晴らしい心がけです」
「ぼく、しっかりとはぎぇむの」
まだ『励む』がうまく言えないジェレミーが可愛すぎて爆発するわ!
わたしはにこにこするジェレミーをまた抱き上げて、頬にキスをした。彼によると『おかしゃまのきすは、せかいいちのたからものなの』だそうだ。
わたしはジェレミーのキスが世界一だと思うんだけどね!
「さあ、寒くないように上着を着ましょうね」
「おかしゃまとおでかけ、うれしいです。ぼくのてはとてもあたたかいから、おかしゃまのてをまもりますね」
「まあ、とても助かります。優しい子ね、ジェレミー」
「これもきしのつとめなの」
むふんと得意げなジェレミーが可愛くて鼻血が出そう。
こんなにも愛らしい息子と出会わせてくださった運命の神様、ありがとうございます。今度巨大な氷像を作って讃えたいので、ぜひお姿を教えてくださいませ。
ジェレミーのお付きのマイラが、小さな上着を着せてジェレミーをもこもこにした。
セイバート領の冬は厳しい。
だが、燃料も食糧もたっぷりと準備してあるので、屋敷内は暖かく過ごしやすいのだ。外出時には玄関ホールに出て来てから、毛皮でできた保温力のある、真冬用の上着をそれぞれ着込む。
新しくやって来たルデル先生は辺境用のコートをお持ちでなかったので、輿入れ後に数着新調したわたしの上着をお貸しした。動きやすい服を着たわたしたちも、しっかりと防寒する。
先生は「ふぉおおおおおーっ、感激です、氷の女王様の香りがする……これでわたしの魔法も上達しそう」なんて呟いてから上着を身につけて、玄関ホールで踊っている。
天才魔法使いは変人も多いというけれど、このお嬢さんもそうみたいだわね。とてもフリーダムな方だわ、セイバート領にぴったりよ。
ピンクのポニーテールを跳ねさせながら踊るルデル先生の楽しそうなダンスに、ジェレミーも加わった。ルデル先生は子どもっぽいところがあって、妙にジェレミーと気が合っているらしいが、けっこうなことである。
そして、重く閉ざされがちな冬には、こんな明るさが救いになるのだ。
「あまり暴れると汗をかいてしまうわよ。さあ、出かけましょう」
わたしはようやく踊りをやめたふたりと、ドナ、マイラ、そしてルデル先生付きの侍女になるセシリー(もちろん、ドナが選抜した)を連れて出発した。ミミルカには屋敷での仕事を頼んである。もちろん、ダリル様が手配してくれた護衛の騎士が二名付き添ってくれる。
護衛は貴族家の騎士の大切な仕事なのだけれど、うちの領地の場合は魔物狩りに重きを置いているので、最初は勇猛な騎士を借りるのは申し訳ない気がした。けれど、ダリル様が「シャロンの護衛は、騎士にとても人気があるのだ……」と、なぜか悔しそうな顔をしていたので、遠慮なく頼むことにしている。
やっぱり可愛いジェレミーに会えるからなのかしらね?
そう言ったら、彼は「無自覚か。まあ、そう思っておいてくれてかまわない」と
含みのある反応をした。
ドナによると「怖いもの見たさじゃないですか? 大蛇を退治したシャロン様の魔法はそっち方面でも有名になってるし、セイバート領の騎士団はほぼ戦闘狂って話だから、強いものが大好物なんでしょ」ってことらしいけれど。
どうせなら、女神のように美しいわたしに会いたいからって言って欲しかったわ……。
用意したのは中型の馬車なので、六人が乗るといっぱいになる。冬場の馬車を引くのは雪道に強い種類の馬だ。北海道にいそうな馬で、とても力強い太い脚を持っている。農作業にも活躍するのだが、力がある分餌も多く必要だ。
屋敷から町へ向かう道には石が敷き詰められていて、馬車を通すには雪かきが必要なのだけれど、わたしは魔法の練習がてら雪が降るたびに溶かしてしまうことにしている。
町に入ると人々が協力して雪かきするので、問題なく馬車を通すことができる。わたしはジェレミーを遊ばせるためと、スケート場の様子を見るために週に二度はこの町にやってくることにしているので、すでに顔が知れ渡っている。
まだ試運転中だが、来季からは王都からの客を受け入れて、観光収入を増やしていく予定だ。
「ルデル先生、あちらに商店街がございます」
「服とか小物とか、売ってるのですね。魔法に関するものは?」
「生活に関するものしかないですわねえ。でも、可愛いものがたくさんあるから、楽しいですよ」
「ぜひ拝見したいわ」
甲斐甲斐しく先生の世話をするのは、セシリーだ。同じくらいの年頃なので、もう仲良くなったらしい。セシリーは庶民で、この町の出身だ。知り合いに会うごとにルデル先生を紹介している。マイラと手を繋いだジェレミーも「ぼくのまほうのせんせいなのよ。おべんきょうをはじめたのです」と嬉しそうによろしくお願いしているので、町の人々も先生を歓迎してくれそうだ。
「ドナ、ルデル先生は来た時と表情が違うわね」
「いきなり辺境の地に派遣されて、最初のうちは緊張していたんでしょうね。左遷にも思えるし。でも、この通りすっげえ魔法使いのシャロン様がいて、その下僕にしてもらえたので安心したし、魔法使いの本能でワクワクなんじゃないですか? それにしてもすっかり懐きましたねえ。さすがはシャロン様です、下僕の扱いに長けていらっしゃる」
「言い方に問題があります。下僕になんてしてません」
「忠実な犬?」
「それじゃあ人じゃなくなってるから!」
まあ、今のルデル先生はリラックスしてとても楽しそうだから、よしとしましょう。
「女王様ー、じゃなくて奥様ー、今日はスケートをするんですよね?」
先生には旅行用の身軽な服を着てきてもらった。もちろん、スケートを体験してもらうためだ。
「ええ、そうよ。スケートリンクの整備をするところをお見せするわ。その後に滑りましょう。体力が作りにとてもいいのよ。今日は貸し靴で我慢してもらうけれど、足のサイズを測ってスケート靴を注文しましょうね」
ふっふっふ、足腰を鍛えて一緒に魔物を狩りまくりましょうね。シャロンちゃんとのお約束よ?
「はい、ありがとうございます!」
滑り方はセシリーが教えるらしく、嬉しそうに笑い合っている。
その調子でこの地に馴染んで、ずうっと魔法院から派遣され続けて欲しいわ。火の魔法を得意としているらしいから使い勝手が良さそうな人材だし、ジェレミーに国の最高レベルの魔法教育を受けさせたいから……。
「シャロン様、顔が悪だくみモードになってますよ。なんか生け贄を見つけた魔女みたいです。やっぱりあの先生を下僕認定していますよねー」
「……そんなこと、なくてよ」
わたしは斜め上を見上げながら言った。
スケートリンクに着くと、ドナがいつものように「リンクから上がってくださーい、整備しますよー」と言って皆をリンクの外に出してくれた。
「天気は崩れずに済みそうね」
「向こうの山の方には、厚い雪雲がかかってますけどね……聞くところによると、例年よりも長く留まっているそうですよ」
「そうなの。なかなか春が来ないわね。さて、始めますよ。ジェレミー、魔力の流れをしっかりと観察するのですよ」
「はい、おかしゃま!」
キラキラした期待の目でわたしを見るジェレミーと、負けずに瞳をきらめかせる魔法大好きっ子のルデル先生の前で、杖を取り出してかまえる。
「氷の表面が削れると滑りにくくなるので、少し溶かして固め直すの」
「固め直す、のですか?」
「ほんの少しだけ、氷をお湯に変えるのよ」
わたしは「これくらい」と三センチほどの厚さを指で示した。
「氷に熱を与えて、次に取り除くの。速いわよ、心してごらんなさい」
わたしは杖を前方に向けて、慣れた呪文を唱える。
「『震える小鳥の羽ばたきよ』」
湖全体に、一斉に蒸気が上がる。
「『耐える意識の果て』」
瞬間で凍りつく。
こうして、ひとくくりの詠唱で済ませるところがわたし風の工夫なの。魔力の節約にも繋がるのよ。ジェレミーと違ってわたしは膨大な魔力量には恵まれていないけれど、工夫を重ねて大きな効果がある魔法を使えるようになったのよ。
「うおおおおおお、奥様すげー」
「あっとゆーまに湖がピカピカになっちゃったね」
「わたしも魔法を使いたいー」
魔法を見て大喜びの子どもたちが、わいわい盛り上がっている。どこに才能が転がっているのかわからないから、子どもへのパフォーマンスは大切である。この中からセイバート領を背負って立つ大魔法使いが生まれてくるかもしれない。
「ふぁあああああーっ、なんて美しい魔法! しかも、あんなに短い詠唱で二重展開ですか? 溶かして即、凍らせる? なんて滑らかな発動なのでしょうか、凄すぎます、震えが止まりません!」
ルデル先生は興奮のあまりに「もう、感激! 好き! 好きすぎて鼻血が出そう!」とわなわな震えながら恐ろしい発言をして、セシリーに「女の子が人前で鼻血を噴いたらまずいですよ、鼻に布を詰めましょうか?」なんて言われている。
怪しい魔法使いにドン引かないセシリーさんのメンタルが素晴らしすぎる。相変わらず、的確なドナの人選力に感心するわ。
まあね、わたしの魔法の完成度の高さには、ちょっと自信があるからね。エリート魔法使いすら魅了してしまっても仕方がないわね。




