1ー7 うちの夫がセクシー過ぎる件
思いきり上から目線で夫を脅しちゃったわ。
顔をほぐしつつちらっとダリル様の表情を伺うと、彼は「大丈夫、だいぶ慣れてきたから」と言って頷いてくれた。
妻の脅しに慣れる夫って、かなりヤバいのでは……ううん、強い精神力をありがたいと思わなくちゃね。
どうやらシャロンの身体には悪役ムーブが染みついているらしく、感情が昂ぶるとたまにこうなっちゃうのである。中身の柚月は常識的な女子なのに。
こんな怖い嫁でごめんなさいね、あなた。お顔よほぐれろもみもみもみ。
慈母のシャロンちゃん、カムバーック!
ところがドナはにやりと笑うと、余計なことを言い出した。
「つまりシャロン様は『わたしの可愛い旦那様のダリル様のことが心配だわぁ、なんだが嫌な予感がするのよぉ、危ない目に遭ったらいけないからくっついて行ってわたしが守ってあげなくっちゃぁ」
「ちょっと、なにを言い出すのよ、おやめ!」
「『だってシャロン、ダリル様のことが好きなんだもぉん、結婚式の前に死んじゃったらシャロン泣いちゃうもぉん、だからダリル様の敵はみんな粉々にしちゃうんだもぉん』って思っているわけですよね?」
「そっ、それは」
思ってますけどなにか?
じゃなくて、バラしちゃいけない乙女心ってやつなのに、なにしてくれちゃってるのよ!
ドナが身体をくねくねさせながら、目に星のきらめきをたたえつつ、コテコテに感情を込めてセリフを言った。
「『いやあん、シャロン、ダリル様が好き過ぎて困っちゃうぅ』ですか。なんて凶悪な乙女心、破壊と殺戮の未来しか見えない愛っすね」
「ああああもうっ、ドナったらなんてことを!」
そうよその通りよ実はめっちゃそう思ってるけど!
それは本人の前で言っちゃったら駄目なやつだってば!
「シャロン、まさか、側仕えの言うことは本当なのか?、あなたの本心はそうなのか?」
動揺してぐだぐだになるわたしに、驚き顔のイケメンが迫ってくる。
わあさすがですね、顔がいい。
じゃなくて!
「えっ、それは、その……」
わたしはダリル様から距離を取ろうと、壁際のドナのところまで後退った。
「あなたはわたしのことを心配し過ぎて、狩りにまでついてこようとがんばっていたのか?」
だが、彼は追い詰めてくる。
容赦がなさすぎるぞ辺境伯、わたしは魔物じゃなくて初心で可愛い女の子よ!
「そう、なのだな?」
「あうううううう」
恥ずかしくてめちゃくちゃ顔が熱い。
火を吹きそう。
このままでは『悪の獄炎花』になってしまうわ。
わたしは両手のひらで顔を覆った。
ちらっと見たら、わたしにつられたのかダリル様も真っ赤になっている。
ちょっ、顔、ものすごくにやけてるじゃん!
にやけるイケメンは大好物だけど、恥ずかしい!
「それは、嬉しすぎるのだが……」
ちょっと横を向いて口元を隠し、ちらりと流し目をしてきた! 昼間っからそんな攻撃をしてくるなんて、なんて破壊力があるセクシー系イケメンなの!
そんなわたしたちに、妙に嬉しそうなドナがいじめっ子の笑顔で言った。
「ふっふっふ、シャロン様、観念なさってくださいね。『いやあんもう、ダリル様のいけずぅ。シャロンはこんなにもダリル様のことが好……』んぐっ」
「ドナ! ストップ! それ以上言うと全身を凍らせて春まで庭に放置するわよ」
わたしは失礼娘の口を塞ぎ、低い声で言った。
「ダッ、ダリル様、今のは聞かなかったことにしてくれますわね? ね?」
目から氷の柱が出そうなくらいに力を込めてダリル様を見たけれど、彼は顔を緩ませながら「いや、それは無理かな」なんて嬉しそうにしている。
「だが、これだけは言わせてくれ。シャロンがわたしのことを想う以上に、わたしはシャロンのことが大好きで可愛くて愛していてもう離したくない程に常にくっついていたくて誰にも渡したくない宝物で大切に思っていることを、知っておいて欲しいのだ!」
めっちゃ長いセリフ来たーっ!
あと、喋りながら大接近してきたダリル様に抱きしめられたーっ!
「シャロン、好きだ、愛している」
ダリル様の筋肉がわたしを包み込んでいる。熱い。顔も熱いが身体も熱い……いいえ、変な意味じゃなくてよ!
「このようなことをなさるなんて、ご、ご無体ですわ!」
狼狽えるわたしを見て、なぜか大喜びをするドナが「なんて初々しい! そのうちふてぶてしい鬼嫁になってしまうだろうから、これは期間限定のレアものっすねー、しっかりと目に焼きつけてあとで思い出し萌え萌えしようっと」と、どこまでも失礼な本心を漏らしている。
ぐぬぬ、だが今はそれどころではない!
エロかっこいい夫が、わたしの額にキスを落としながら吐息混じりのかすれた声でわたしに迫ってくるのだ。
「すまない、わたしの愛しいシャロン。今だけでいい、このまましばらく……お願いだ……これ以上のことはしないから……」
きゃああああーっ、耳元で囁くセクシーヴォイス!
背中がぞくぞくして腰砕けになりそうなんですけれど。わたし、前世も今世もこんなにも殿方に密着した経験がございませんのよ。
視界の端に「嫁成分の吸収、しっかり吸ってーがんばってー」と怪しい踊りをするドナが入った。
おまえは……わたしの側仕えよね?
なんでダリル様の手先みたいになってるのよ!
かなり長いこと抱きしめられたから、ダリル様がわたしを解放した。
「離れたくない……」
「そのような、すがる子犬のような瞳で見つめても駄目ですわよ」
「犬の鳴き真似をしたら、ずっとシャロンと共に」
「いられません。わたしは辺境伯の妻ですが、わんこの妻ではありません。どうぞ、しっかりとお仕事の続きをなさってくださいませ」
名残惜しそうな視線でわたしを見てから、ダリル様は部屋をあとにした。
「はあ……」
わたしがソファーにぐったりと身を預けると、ドナが「ミミルカさーん、お茶お茶ー」と侍女を呼んでくれた。
穏やかな貴族の令嬢なんだけど、意外に肝が据わったミミルカ・リューダ子爵令嬢も、わたしの忠実な手下……ではなくて、気のおけない側仕えだ。ドナとは正反対の性格に思えるけれど、やっぱりちょっと変なところがあるのは、クセの強いわたしに仕えようとしてくれる人材だからかしらね、ほほほ。
わたしが中に入る前のシャロンは、高飛車で気分屋でトゲトゲした令嬢だったため使用人たちにも嫌われていたので、世話をしてくれる女性がドナしか残らなかった。もちろん、セイバート領まで付いてきてくれたのはドナだけだ。
そして、こっちに輿入れした時にも、悪い噂しかない『悪の氷結花』に仕えようとしてくれたのは、新人のミミルカだけであった。
というわけで、わたしはドナとミミルカをとても大切に思っている。
「どうかなさいましたか?」
ミミルカがお茶を淹れてくれたので、ふたりも触らせてお菓子と共にいただいている。考え事をしながらふたりを眺めていたので、ミミルカが不審に思ったようだ。
わたしの侍女として配置されたミミルカだけど、現在は事務仕事も担当している。大掛かりな事業を始めたために人手が欲しく、彼女は貴族の子女として教育を受けていたため、文官のような仕事にも対応できるのだ。
ほんと、助かる。
ミミルカがいなかったら、ジェレミーと充分に触れ合うことも難しかっただろうし、ジェレミーが最優先のわたしは起業することを中止したかもしれない。
ちなみにドナは、わたしのために情報を収集する仕事もしている。資金を渡したので『お友達』を増やし、ネットのないこの世界なのにセイバート領のみならず国全体の状況もそこそこ把握しているのだ。
仕事の捗り具合がおかしいので、時々突っ込んでしまうけれどね。
赤毛でおさげでお喋り好きで、やんちゃなドナは、見かけによらず空気を読むのに優れ頭の回転も早い使える手下……いや、側仕えなので、彼女を手に入れることができたわたしは運が良かったわ。
そんなドナだからこそ、魂が入れ替わったわたしの本質を見抜いて、側にいてくれたのかもしれない。
「あのね、ドナとミミルカがいてくれてよかったわって思っていたの。それだけよ」
「まあ、奥様……」
ミミルカは頬を染め、ドナは「シャロン様、そういうとこ! あんまり可愛いことを言わないでくださいってば」と言って、わざわざ私の隣にきて人差し指で頬っぺたをぐりぐりしてきた。
だから、あなたは主人に対してなにをやってるのよ。
「お、や、め」
わたしもぐりぐりし返す。ミミルカが「本当に仲がよろしいですわね」と笑った。
「ジェレミーはどうしているのかしら」
「今は家庭教師のハワード先生の授業を受けていらっしゃいます。マイラが控えておりますわ」
「マイラがついていてくれるなら安心ね」
メイドのマイラは下に弟妹がいることもあって、一番ジェレミーと関わりがあったそうで、以前からたまにジェレミーと言葉を交わしていたらしい。そこでドナがスカウトしてきて、今はジェレミーの専用メイドとして働いている。
今、わたしの手札はこの三枚。
まだまだ足りない。セイバート領で始めた事業を任せられる人材を王都から送ってもらえるように、アランゾお兄様とブレンダンお兄様にお願いしているから、そこに期待するしかないわ。
「午後は、テレサ・ルデル先生の魔法の授業が始まるのかしらね。今日はジェレミーを連れてスケート場の整備をしようと思っていたんだけど……」
「それならば、ルデル先生に町を案内するというのはいかがでしょうか。しばらくこちらに滞在なさるのでしたら、領地の人達にも顔を覚えてもらっておいた方がよろしいかと思いますわ」
「そうね。ご自身のお買い物もなさるでしょうし、ここがどのようなところか案内して、この領地を知っていただく必要があるわね」
テレサ・ルデル先生は王都の魔法院に属するエリート魔法使いなのだ。そんな彼女はもちろん有能だろうから、なるべくこちらに引き込みたい。
なんならセイバート領の魔法使いになって欲しい。
まず無理だろうけど。
「シャロン様、わたしがひとっ走りルデル先生のところに行ってきますよ」
「ありがとう、ドナ、でも危ないから廊下を走ってはなりませんよ」
「はーい」
この元気なお嬢さんは、目を離すとどこでも爆走するのだ。側仕えの手綱を取るのも、淑女の立派なお仕事なのである。




