1ー6 危機はどこから?
魔物狩りに参加させてもらう言質は取ることができたのだけれど、もしもダリル様が冬のうちに襲われる運命だったりしたら間に合わない。
ダリル様のような魔法騎士も数名所属しているセイバート騎士団は、精鋭揃いな上に日頃からしっかりと訓練されているから、かなり練度が高い。現在行っている魔物狩りには充分な戦力だという。魔物との戦闘を行っても死者は出ないし、負傷者もほとんど出ない。あってもかすり傷程度だ。衛生担当の騎士もいるけれど、あまりにも出番がないので普段は剣を振るっているらしい。
だが、それを上回る脅威にさらされるのかもしれない。それに対抗するためには、わたしのような魔法使いが戦力に加わるのが効果的だ。
「せめて時期がわかればよかったんだけど」
自室の窓から雪景色を眺める。
わたしが読んだ『フルール・ド・グラス〜失われた王国〜』、略してフルグラは、メインストーリーがジェレミーが十七歳になった時に起きた事件の話で、舞台も学園だった。
青春もので、光の魔法に目覚めて貴族の一員となったヒロインのラブストーリーが主題だったから、家族の話なんてほんの少しとしか書いていなかった。しかも今や運命が変更されたために、ストーリーが当てにならなくなっている。
ダリル様が死ぬ運命がキャンセルされたならいいけれど、確証のない希望にすがって危機を見逃し、その結果うちのイケメンパパが天に召されてしまったら、後悔なんてもんじゃなくなるわ!
「うーん、なにかヒントはないのかしら」
「それ、なんの心配なのかは、わたしには教えてもらえないんですね……」
ちょうど部屋に入ってきたドナが、彼女にしては小さな声で言った。
わたしが日本からこの世界に転生したことも、ここは物語の世界にそっくりだということも、この子には話していない。ドナは一番の理解者で信頼できる側仕えなんだけど、あまりにも荒唐無稽過ぎるので、頭の病気を疑われかねないからだ。
ということで、彼女の言葉はスルーする。
ごめんなさいね、ドナ。
大小の地図を借りてきたドナは、それらを大きなテーブルに広げてくれた。ここからなにか手掛かりがつかめるといいんだけど。
「今日は地理のお勉強をするんですか?」
「そうよ。この屋敷にある詳しい地図を見たかったの」
「ふうん」
とても失礼だけど、鋭い観察力と頭脳を持つドナは、わたしが秘密を抱えていることに気づいているけれど、それを問いただしてはこない。
「この地図だと、ギルセータ国の下の方に小さなアフルマール国があって、その向こう側に帝国があるのね」
我がギルセータ国はそこそこ力のある国だから、帝国とうちに挟まってしまっているアフルマール国は気の毒な位置だわ。
「南の方角だから暖かいわけじゃないっていうのが、いかにもファンタジー世界よね……」
この世界の気候の仕組みは、地球に比べるととても複雑で変則的である。
「今、空想世界って言いました?」
「魔法って、ファンタスティックなものだと思わない?」
わたしがごまかすと、魔法があるのが当たり前の世界に住んでいるドナは肩をすくめた。
「シャロン様って時々変なことを言い出しますよね。その変な感じ方のおかげで変な魔法を作り出せるんでしょうけど」
「それは悪口かしら?」
「褒めてまーす」
わたしもドナの真似をして肩をすくめると、地図を見る。
この国はギルセータ国で南の小さな国の名前はアフルマール。そして帝国の正式名称は、ホムヌペルシューカ帝国だ。とても言いにくい名前なので帝国で通っている。なんでも建国の際に皇族のムヌルカとペリーとホムシュという人が自分の名前を入れなければ許さないと騒いで、こんな名前になったらしい。
ドナも一緒になって地図を覗きこむ。指先で国と国を分けるようにある山を辿った。
「ここの山並みまでがギルセータ国の領土なんですよね」
「そうよ。そして、セイバート辺境伯が管理しなくてはならない土地なの」
「けっこう広いですね。険しい場所もありそうだし」
「ええ、だからこの地を治めるのは大変な仕事よ」
山岳地帯がアフルマール国とセイバート領との間にあって、国境となっている。冬になると雪で閉ざされるし、人間には幸いなことに、標高が高い所に棲む強大な魔物は低地には下りてこられない。気圧なのか空気中の魔力の濃さなのか、はたまたその他の要因なのかわからないけれど、身体が環境に合わなくて動けなくなり、魔石に変わってしまうらしいのだ。
この山を越えて越境しようとしても、強い魔物が生息する危険な道しかないので、このルートでアフルマールからやってくる人はまずいない。来たい人はぐるっと大回りをしてくるのだ。
ちなみに、たとえ帝国軍がアフルマール国を通り抜けてギルセータに攻めてこようとしても、まず無理。ほとんどの兵士が命を落とすだろう。五十年前くらいならできなくはなかったらしいけれど、魔物の数と種類が急速に増えてきたため、現在では死の山でしかない。
魔物を狩る我々にとっては宝の山だけれどね。
魔物の身体から取れる魔石も高価なものだし、鱗や皮や爪、もふもふした毛皮などは良質な素材となるからこれも高値で売れるのだ。
セイバート騎士団はいわば血に飢えた猛者たちの集まりだ。鍛え抜かれた美しい身体に整った顔のイケメンが多くて、見た目は素晴らしくいいのだけれど、その中身はダリル様が新たに辺境伯になる時に「魔物と戦えるのか!」と大喜びでこの地にやって来た脳筋男子たちなのよ……頼りになるのか、残念なのか……。
「ねえドナ、先日の騒ぎで前皇帝派だった帝国の皇族はすべて始末されたのかしらね」
「シャロン様のお兄様方が、うちのレオナルド国王陛下の命で手を回して敵対する貴族達を後押しした挙句、皇族派の貴族共々一気にやっちまった件ですよね。討ち漏らしが生きている可能性はあります。優秀な魔法使いもいたらしいですので」
「ドナ、どうしてあなたは妙に情報通なのかしらね。まあ、事実はその通りだけど」
一応、極秘情報だからダリル様とわたししか知らないはずなんだけどな、おかしいなー。
「王都のお友達と文通してますから」
「……友達、いたんだ」
「ひっど! シャロン様、ひっど!」
ドナは両手でおさげを持って振り回して、わたしに抗議した。
仕方ない、うやむやにしておいてあげよう。『王都で極秘情報をつかんでいるお友達』のことは、大目にみましょう。
「ところでシャロン様は、セイバート領が皇家の残党もしくは他国の軍隊に襲われることを警戒して、やたらと攻撃的な行動を取ろうとしているんですか? 普通、貴族の奥様は、たとえ辺境伯の夫人であっても、魔物をぶち殺しに出て行こうとはしませんよ」
「そのような物騒な言い回しはおやめ」
「事実から目を逸らしちゃ駄目なんですよー」
そんなことを話していると、ドアがノックされて「シャロン、いいか?」とダリル様が部屋に入ってきた。
「あら、どうしたの? お茶でも淹れましょうか?」
「いや、いい。それよりもあなたに聞きたいことがあるのだ」
ドナは部屋から出ないで壁際で待機する。
書類上は夫婦だけれど、わたしたちはまだ結ばれていない。元々は形式だけの白い結婚をするということで嫁いできたのだ。ダリル様に改めて本気のプロポーズをされたけれど、春になって結婚式を挙げるまでは……と待ってもらっている状態だ。
というわけで、淑女のわたしは殿方とふたりきりになるわけにはいきませんのよ。
「魔物狩りに同行したいとずいぶんとがんばるのは、なぜなのだ?」
「それは……狩りたいから。魔法を試したいから。それだけですわ。他に理由が必要ですか? 辺境伯夫人として、ある程度の戦闘力を身につけることが必要であると感じました」
「シャロンは魔法の才能がある。その鍛錬をしたいという気持ちはわからなくはないのだが、なぜ危険を冒そうとするのかがわからない。あなたはジェレミーの母親として、あの子を健やかに育てることが最優先だろう?」
「それはもちろんですわ」
「この領地の山岳地帯に向かう森は、我々のように訓練を積んだものならばともかく、まるで素人のシャロンには危険すぎる。大怪我をしたり、命を落とす可能性すらある。なのになぜ、ジェレミーを置いてまで行こうとするのだ?」
「それは……」
わたしは胸を押さえた。
ジェレミーから再び母親を奪う可能性があることは、充分わかっている。けれど、わたしはどうしても戦う力を身につける必要があるのだ。
「わたしとしては、荒事はわたしに任せて、あなたはジェレミーと共に安全な場所にいて欲しい。あなたがなにかわたしに話せない問題を抱えているのは薄々気がついている」
わたしはダリル様から目を逸らした。
「話したくないならば、それでかまわない。だが……ジェレミーの側にいてやってくれないか? わたしに何か不慮の事態が起こるとしても、ジェレミーを守り続けて欲しい」
はっとして、彼の顔を見る。
ジェレミーによく似た端正な顔は、不安で瞳を揺らしていた。
幼い頃から孤独に育ち、その時の寂しさが蘇るのかわたしの前だけで子どものように甘えるダリル様。まるで育ち直しをしているようだ。
つまり、彼は夫であり、育まなければならないわたしのもうひとりの子ども。
そんな彼が、若くして命を散らす?
そんなことを許すわけにはいかないのだ。
わたしは笑みを浮かべながら「まあ、なんでそのようなことをおっしゃいますやら」と言って、彼を睨むように見た。
「わたしは我が子であるジェレミーが大切です。でもね、ダリル様、あなたのことも大切なのよ。ガタガタうるさいことを言わないで、わたしを狩りに連れて行きなさい!」
「ひっ」
彼は青い顔をして息を呑んだ。
「やべえっすよ、シャロン様! 夫にぶつけるにはあまりにもオーラが禍々し過ぎます、その顔は人間には毒になるレベルでおっかないですってば!」
壁際でおとなしくしていたドナが、全力で突っ込んできた。
「普通、『あなたが大切なのよ』からの流れだとラブシーンに行くもんでしょうが! どうしてそこで恫喝になっちゃうんですか、女子力が足りないにも程がありますよ!」
「あ、あら、そんな、困りましたわ、おほほほほ」
わたしは両手で顔を揉みながら「女子力ー、甦れ、女子力ー」と呪文を唱えた。




