1-5 断固として、守り抜く!
ジャクリーヌさんが去ったあと、わたしはぐっすりと眠った。朝の目覚めはまずまずだ。
「ダリル様、今日の午前中は屋敷にいるって言ってたわよね? なにか狙われるような心当たりがないか探りたいけれど」
事故か事件か、それとも病気?
ううん、ダリル様は病気なんて寄せつけない、体力満タンでパワフルな魔法剣士なのよね。魔法使いって魔力で身体が活性化するから丈夫な人が多いのよ。
となると、討伐中の事故か、誰かに命を狙われる線しか思い浮かばないわ。
ダリル様に「あなたはそろそろ死ぬ運命らしいんですけど、ヤバそうな案件を抱えてますか?」なんて聞くわけにもいかない。
彼はこの領地の発展のために尽くす真面目な領主だし、誰かの恨みを買うようなことは勝手に想いを寄せてきたアルテラ王妃からくらいだった筈だ。
そのアルテラ王妃は大蛇になったところを倒しちゃったし……。
「まさか、他にも彼に惚れている貴族令嬢がいるなんてこと、ないわよね?」
ダリル様って、目立つイケメンなんだもん。
母性本能をくすぐるような可愛らしさがあるし……いやいや、あれはよそでは見せていない顔の筈だ。ジェレミーと張り合うポンコツパパは、この屋敷内限定のレアな存在よ。
「仕事で恨まれることは……考えられない。王弟だし、実力もあるし腕っぷしも強いダリル様と敵対するような愚かな貴族がいたら、とっくに潰されていると思うのよね」
ジャクリーヌさんが登場したのならば、異変が起こる時期が近い気がする。物語とはそういうものであり、あらすじが変わってもこの世界は物語の特性に影響されていると感じるのだ。
「駄目だわ、考えていても解決しない。調査することにしましょう」
朝の身支度を終えたわたしはミミルカとドナを呼んだ。そして、ダリル様にお熱な女性がこの土地にいないかを尋ねた。
「シャロン様、なにを突然言い出すのやら〜ですよ。恋のライバルの影を感じましたか? 辺境伯の心をゲットしようだなんてだいそれたことを考えるのは、アホのアルテラ王妃くらいなものですよ。もしも王弟であり辺境伯であるダリル様に手を出そうとする貴族の女性がいたら、シャロン様の身内がそっと処分するに決まってますって」
「えー、なにそれ怖いー。アゲート家は暗黒貴族一家ではなくてよ」
「だって、そんな女を放置したら、正妻の実家として黙ってませんよ。恋で家が潰されたらたまったもんじゃないし」
わたしが顔を引き攣らせていると、ミミルカも「それが貴族の常識ですわよね」と同意している。
「シャロン様のお兄様は、シャロン様のために帝国を転覆させたお方々ですわよね」
「そうね、独裁者だった皇家をお掃除してしまったわね」
長男のアランゾお兄様と次男のブレンダンお兄様は、たいそう仕事がおできになるエリートイケメンなのです。アルテラ王妃の後ろ盾となる実家を、帝国内の対抗勢力を焚きつけてあっという間に潰しておしまいになりました。
「その功績を誰もが耳にしておりますでしょう? ならば、アゲート家に敵対しようと考える貴族家は皆無だと存じますわ。利益を不利益が勝ります」
「そうなのね……それでは庶民の中に、ダリル様に懸想している者は……」
「もしいたら、貴族以上に素早く消されていると思いますわ」
「同意ー、同意ー」
ミミルカとドナに即座に否定されてしまった。
「それに、明らかにシャロン様にベタ惚れなダリル様を狙うなんて愚か者は、セイバート領にはまずいないと思いますよ。どうしたって勝ち目がないでしょ」
ミミルカも腕組みをしながら「うんうん、その通りですわ」と頷いている。
というわけで、痴情のもつれでダリル様が命を落とす線は消滅いたしました。
「おはようございます、ルデル先生。お時間よろしいかしら?」
「おはようございます、ルデルせんせい!」
家族仲良く朝食を取った後で、わたしはジェレミーを連れて、テレサ・ルデル先生部屋まで呼びに来た。ダリル様に紹介しようと思うのだ。
「おはようございます女王様! はい、わたしごときの時間などいくらでも女王様にお捧げいたしますわ。ジェレミーぼっちゃま、おはようございます。しっかりとおはようが言えて素晴らしいです、さすがは女王様のお子様でございます!」
「女王様はおやめ!」
あっ、うっかり命令しちゃったわ。
「はい奥様!」
なんで嬉しそうなのかな?
ピンク髪をポニーテールにした可愛らしい魔女っ子は「銀の髪にきりりとしたお顔つきが、今朝も凛々しくて素敵です!」と鼻息を荒くしている。
いやいや、悪女的なキツめのビジュアルなだけだからね?
「先生ったら、朝からテンションが高いわね……」
ため息まじりに言ったけれど、先生は「はうっ、褒められた!」と喜んでいる。
「奥様の魔法を見せていただいた時に背筋を電撃のようなものがビリビリと走り抜け、わたしのハートはときめきでキュンキュンが止まりません! あんなにも美しく構築された魔法を近くで拝見することができるなんて、セイバート領にやって来てよかったぁぁぁーッ!」
「よかったぁぁぁー、よかったぁぁぁー」
ジェレミーが喜んで飛び跳ねた。
「その通りですわぼっちゃま、よかったぁぁぁーッ!」
魔法院のエリート魔法使いは精神年齢が低い……いや、みずみずしい感性をお待ちなのだろうか。ジェレミーのお友達を見ているようである。
「廊下で叫ぶのはおよしくださいね。ジェレミーも、先生のすることだからといって、すべてを真似してはいけませんよ」
こてんと首を傾げるジェレミーは朝から天使。
それにしても、昨日長い旅を終えたばかりだというのに、ルデル先生は朝から元気ねえ。若さかしら? これなら遠慮なく魔物狩りに放り込めるわ。
この時期にタイムリーにやって来た先生のことを『まさか、この人がダリル様を……?』と疑いの目で見てしまったけれど、彼女からはなぜか「え? 奥様、わたしになにかご命令がございますか? 言ってくださいませ、女王様!」なんて明後日の方からの反応が返って来てしまった。
「やめてよ、わたしは女王様じゃなくてよ」
「でもでも、ピッタリですから。わたしは天啓を受けたのです、これは不肖ながら奥様に魔法を捧げる僕となる運命だと」
「やったねシャロン様、便利そうな僕ができましたね!」
ドナ、いい笑顔でサムズアップするのはやめなさい。
でもまあ、ルデル先生はわたしと敵対する可能性は低そうだ。
「どうしてそうなる……」
目の前には、頭を抱える黒髪のイケメンこと、我が夫。
「全力で女王様のお役に立ちますね! このテレサ・ルデルにお任せください!」
ふんすふんすと鼻息を荒くしているピンク頭の魔法少女は、ルデル先生。
ジェレミーの魔法の教師をダリル様に紹介してから、今度の遠征についてちらっとお聞きした。そして、火魔法を得意とするルデル先生を遠征に参加させて、ついでにわたしも水魔法を極めるためについていきたいと話したら、もちろん猛反対されたのである。
だが。
遠征中が一番怪しいのだ。
もしも目の届かないところでダリル様が散ってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。彼はジェレミーの大好きなおとしゃまだし、わたしが(前世も現世も合わせて)初めてまともにお付き合いした、しかも籍まで入れた男性なのだ。
まだなにもしてないけど!
ほっぺにちゅーだけしかしてないけど!
春になったら結婚式を挙げて、本当の夫婦になろうって約束しているのに、このまま未亡人になるわけにはいきませんわよ。
「大丈夫ですわ、ダリル様」
わたしは唇の端をググッと持ち上げた。
「あれから魔法の修行を重ねて、かなり殺傷力を上げましたの。石くらいなら貫通できる氷の矢を飛ばすことができますのよ。体表を氷に覆われた魔物がいても……」
ヘッドショットで一撃よ!
さらに連写もお手のもの。
ふふふっ、わたしったらかっこいい!
「シャロン……顔がものすごく禍々しいのだが……」
「女王様、痺れるぅ!」
わたしは両手で両頬を揉んだ。
「で、参加の許可は?」
魔法使いがふたりも同行したら、かなりの戦力になるわよね。
「出すわけがないだろう」
「えー」
「えー、じゃない。なんの訓練もしていない女性では、雪に覆われた山を歩くことすら難しい。お荷物にしかならないな」
わたしがむくれると、ダリル様がにやりと笑った。
「どうしても行きたければ、雪が溶けるまでに訓練をしろ。出没する魔物の種類とその倒し方についての勉強をし、体力をつけて山歩きができるようになったら、近場から連れて行ってやる。しかし、魔法使いというのはどうしてこう血の気が多いのだろうな」
「ダリル様だって魔法を使うでしょ! 自分の魔法で戦ってみたい、どのくらいの威力が出るのか試してみたいというのは、自然の欲求だと思うわ」
「新しいドレスが欲しいとか、宝石のついたアクセサリーが欲しいとかいう欲求ならば、すぐに叶えてやれるのだが」
「んー、間に合ってますわ」
だって、あなたはたくさん贈り物をしてくれるじゃない。身体はひとつしかないからもう充分なのよ?




