1-3 女王様になってました
その後、氷のドームを作ってミミルカも誘って中からお日さまを見たり、ドームの下に氷のテーブルを作ってメイドに運ばせたお茶とお菓子を楽しんだり(氷の椅子はお尻が冷えそうなので、お行儀が悪いけれど立ち飲みよ)してから、わたしたちは屋敷内に戻った。
ジェレミーはこれからお昼寝なので、世話係のマイラに任せて自室に戻る。
ジェレミーはわたしのことが大好きだし、わたしもジェレミーのことが可愛くてたまらないので、気を緩めるとべったりしてしまいがちだ。けれど、それではジェレミーの世界が狭くなりすぎる。彼は次期の辺境伯になるので、セイバート家の当主になるための教育を意識しなくてはならない。
幸いなことに、この屋敷にはジェレミーを愛してくれる大人がたくさんいる。特にジェレミー付きにとドナが抜擢したマイラは、自分の弟に重ねているのか気持ちを込めて可愛がってくれるので、ジェレミーも遠慮なく甘えている。
あとは魔力の制御を覚えさせて、才能を変な方向に使わないようにすれば、きっと道を踏み外すことはなくなるだろう。
さて、これからテレサ・ルデル先生との面会だ。
最初は野生の猫科動物のように、警戒心で毛を逆立てていたようなルデル先生だったけれど、わたしが魔法を使って見せたら途端に態度が軟化した。降伏した犬みたいになったような気がする。
騎士が、腕っぷしの強さで相手を見極めるように、魔法使いは魔法で見極めるのだろうか。
ドナが一緒にお風呂に入ってよく温めて、さらに美味しいおやつとお茶を楽しんだとのことなので、疲れも癒やされたことだろう。ドナは「親身になってお世話したんですよ!」と鼻を膨らませていたけれど、昼間っからお風呂に入ってお菓子を食べて、どう見ても便乗サボりよね。
まあ、ドナだから仕方がないわ。
いざという時に頼りになるから、これくらいは大目に見ないとね。と、心優しきシャロンさんは思うのでした。
ミミルカと共に、客人を迎えるための、ちょっといい家具が置かれた応接間に向かうと、わたしの姿を見たルデル先生がソファーから立ち上がった。
「奥様、先ほどは失礼いたしました!」
びしっと直立している。
先生に叱られに来た生徒かしら? 体調不良になったくらいで叱らないんだけれど。
ドナが「よくあっためておきましたからね!」とドヤ顔をする。優しい主人であるわたしは「ええ、偉いわね」と褒めてやった。
「先生は気になさらなくていいのよ。それより体調は良くなられたのかしら」
「はい、ゆっくりさせていただきましたので、もう大丈夫です」
「王都からの旅は大変でしたでしょう。お疲れと思いますので、無理はなさらないでね」
「はい、ありがとうございます!」
わたしがソファーにかけると、先生も座った。もちろんドナとミミルカも同席させるので、ふたりも座らせる。側仕えや使用人は普通は立っているものなので、ルデル先生は驚いた顔をした。
「王都の作法とは違うので、驚かれたかしら? この屋敷ではあまり堅苦しいことは言わないのよ。使用人も含めて、家族のような雰囲気なの。先生も気楽になさってね」
ルデル先生は安心したような笑みを浮かべた。
「そうなのですね。わたしが知っている貴族の方々とは違うので正直驚きましたが、わたしは田舎出身の庶民なので、むしろ助かります。ドナさんにもとても親身になっていただき、心強く思っております」
なるほど、王の血縁である辺境伯家で働くからと余計に緊張していたようだ。貴族家と肩を並べるような地位を持つエリート魔法使いといっても、まだ十代の女の子なのだ、ガチガチにもなるだろう。
わたしは先生に頷いてから「ドナ、鼻の穴を膨らませるのはおやめ」と注意した。この側仕えはすぐに得意になるのだ。
「それでは改めて。テレサ・ルデル先生、ジェレミーの魔法教育をよろしくお願いします」
「はい、お任せください。拝見したところぼっちゃまはかなりの力をお持ちのようですので、ご幼少の頃から学ぶことができて幸いだと思います。将来は魔法院に入るレベルになるでしょう」
「わたしもそう思います。魔法院と言えば……」
わたしはルデル先生に微笑みかけた。
「先生のお立場もあるとは思いますけれど、この屋敷のことを何もかも魔法院に報告するようなことはおよしいただきたいの」
「ふぁっ?」
どうやら思い当たることがあるらしい。
「もしも先生の上司からそのような指示がございましても、そちらに従うことは許しませんわよ。わたし共はね、先生がセイバートの地でさらに才能を伸ばされて、この国を背負う大魔法使いになられることを応援したいと考えておりますの。けれど、ほら、魔法院の方々の中には、特定の貴族家と繋がりのある方もいらっしゃるでしょう?」
「……」
「ジェレミーは王家の血を引く子どもです。余計な争いに関わらせたくないの。この事は国王陛下にもご了承いただいておりますのよ、ですから、ね?」
わたしは口の前で人差し指を立てて、にっこりした。
「良い子のお約束、していただけるわね? 国王陛下が推薦してくださったルデル先生のこと、信用しておりますわよ?」
ルデル先生は、ひきつった表情をしながら「はいいいいいーッ!」と叫んだ。
ドナが「シャロン様、せっかくお風呂であっためたのに、また真っ青にしないでくださいよ」とぶつぶつ言っているけれど、しっかりと釘を刺すようにって、ダリル様にも言われてるんだもん。
「大丈夫でございます、このテレサ・ルデル、たとえ魔法院の上司を裏切る事はあっても、『華麗なる氷結女王』に逆らう気持ちはこれっぽっちもございませんから!」
えっ、なんだか怪しい言葉が聞こえたんだけど?
「……華麗なるって、なに、それ」
「奥様のふたつ名でございます。あのアルテラ王妃を素晴らしい魔法で退治した奥様のことは、魔法院でも話題になっております」
「わたしはダリル様のお手伝いをしただけよ? でも、『悪の氷結花』って言われるよりはマシなのかしら」
人喰い大蛇に変身して、身も心も魔物に変わってしまったアルテラ王妃を、ダリル様と力を合わせて倒したことは、一応内緒にするはずだったけれどあまりにも大きな事件だったちめに、この国でかなり評判になってしまっていた。おかげでそれまで『悪女』扱いだったわたしは国の英雄にされたのよね。
「女王ってところが、シャロン様らしくドスが効いていていいっすよね!」
ドナがサムズアップしているけれど、『ドスが効いてる』は淑女への褒め言葉ではなくてよ?
ルデル先生とのお話し合いが平和的に終わったので、わたしはジェレミーの家庭教師であるハワード先生に引き合わせた。ハワード先生は我が家に滞在して、ジェレミーの教育を一手に引き受けてくださっているのだけれど、魔法は専門ではないのよね。
この『魔法』という不思議な学問は使い方によっては危険だし、取り扱い注意なので、ルデル先生が来てくれて助かったわ。
わたしが教えることはできるのだけれど、この地で事業を始めたりして辺境伯夫人としての仕事がかなりあるので多忙なのだ。空いた時間はジェレミーを可愛がったり遊んだりして、できれば教育から離れたところで触れ合いたいのよ。
ジェレミーにメロメロな若き青年のハワード先生から「力を合わせて、ジェレミー様を盛り立てて行きましょう!」と熱烈な歓迎をされて「え、もしかしてわたし、この地に骨を埋める運命?」と戸惑い気味のルデル先生だけど、悪い気はしていないようなのでよかった。
たまに「女王様の魔法をこの身で受けてみたい……」という怪しい呟きが聞こえたけれど、空耳として処理させていただきますわ。『魔法院の魔法使いは変態と紙一重』なんて噂も聞いたことがあるし・何かに突出した人ってちょっと変わったところがあるものよね。ジェレミーに害がなければ大目に見るわ。




