1-2 先生、いらっしゃいませ!
「すぐにお迎えに行くわ」
「はい、いえ、それがでございますが……」
小走りと言っていい速度で現れたメイドは、言い淀んだ。そして、その背後から「こっちなの? こっちにいらっしゃるのね」という若い女性の声がした。
「お待ちくださいませ、まずはお部屋の方にご案内いたしますので」
「大丈夫ですよ、荷物だけ運んでもらえれば助かります」
雪を寄せた小道を辿って現れたのは、ポニーテールにしたピンク色の髪に(思わず「おおっ、まさにアニメの魔法少女!」って言いそうになっちゃったわ。とっても綺麗なピンクなんだもの)緑の瞳を持つ勝ち気そうな若い女性だった。わたしよりも歳下みたい。ドナと同じくらいかしら?
魔法院に属するものだけが許されるという、灰色と濃い緑のローブをまとった彼女は、わたしたちを見つけるとそのまま足を進めた。
「セイバート辺境伯夫人とジェレミーぼっちゃまでいらっしゃいますね。魔法院から参りました、テレサ・ルデルと申します」
彼女はやや堅い表情で、わたしの顔をガン見しながら言った。
えっ、もしかして嫌われている……とか? まさかね、初対面よ。
「……ルデル先生ですのね。ようこそセイバート領へ」
「ぼっちゃまの魔法の教師をするようにと命じられて参りました。断ることのできない王命です。で、どの程度までお教えすればよろしいのでしょうか? 後ほど書面にてご指示いただきたく存じます」
ルデル先生からは、『不本意ながらこの地に飛ばされた』という気持ちが伝わってくる。それもそうだ、国王陛下のひと言で王都の優秀な魔法使いが辺境の地に赴任させられてしまったのだから、それはもう不満でいっぱいになるだろう。
本当に申し訳ないわ。
国王陛下ったら、ダリル様とジェレミーのことが好きすぎて、暴走のし過ぎでございますわ。
「わかりました、書面にしましょう。ではお部屋でゆっくりなさってください」
「いえ、ちょうどぼっちゃまと魔法の練習をされていると耳にしましたのでここに参りました。見学することをお許しください。ぼっちゃまの実力を把握することで今後の学習計画が適切に立てられますので」
「ジェレミーはまだ、わたしの魔法を見るくらいしかやっていないわよ?」
「かまいません」
「先生は旅でお疲れでしょう? まずはゆっくりなさって疲れをお取りになったほうがよろしいのではないかしら」
「お心遣い痛み入ります。ですがわたしは大丈夫です。こう見えても体力には自信がございますので!」
あら、たくましい系の魔法使いなのね。
それは好都合だわ。
「それでしたら、ここに滞在している間にセイバート領の魔物狩りに参加なさるのはどうかしら? きっと良い経験になりますから、お勧めいたしますわ。王都の魔法院にいらしたということは、先生は研究ばかりで、魔法の実践はあまりされていないのではないかしら。魔法使いにはきっと楽しいですわよ」
大好きな攻撃魔法を好きなだけぶっ放せるわよぉ。
そんな気持ちを込めてわたしが笑顔で言うと、ドナが「シャロン様、顔! 禍々しくなってますよ! 先生がドン引きしてます!」と小突いてきた。わたしは「あらやだ」と言いながら両手で顔を揉む。変なシワができたら美人が台無しだものね。
「先生、どうかなさって?」
「い、いえ、なんでもございません」
ドナが「シャロン様に取って食われるかと思ったんじゃないですか、うひひひ」なんて失礼なことを言うので、デコピンをかましておく。
「ルデル先生はどのような魔法がお得意でいらっしゃるのかしら。わたしは氷や水を操りますのよ。見学なさりたいのでしたわね。それではジェレミーとの練習を続行いたしますわ」
わたしは様子を伺っていたメイドたちに「もう下がっていいわ」と頷いてみせた。
さて、まずはジェレミーの自己紹介だ。
「はじめまして、ジェレミーです。さんさいです。とくいなまほうはまだわかりません。おかしゃまをおまもりしたり、わるいまものをたおせるまほうがつかいたいです。よろしくおねがいします」
ジェレミーは噛まずに最後まで言えると、にこっと笑った。ルデル先生は「……しっかりとなさっていらっしゃるのね」と驚いた顔をしていたが、ひと目でジェレミーのことを認めたらしい。優れた魔法使いは勘がいいのだろう。
「ジェレミーぼっちゃま、よろしくお願いします。わたしは魔法についての学問や、実際の発動についてお教えいたします。基本のお勉強からになりますので、しっかりと学んでくださいね」
「はい、ルデルせんせい!」
気合いの入った返事をして、こぶしをきゅっと握りしめたジェレミーを見て、先生は口元に笑みを浮かべた。
「ルデル先生、わたしはシャロン様の側仕えをしているドナです。わからないことがあったらなんでも言ってくださいね」
おさげをふりふりしながら、ドナも自己紹介した。
「それでは、身体が冷えるといけないのでさっそくやっていきましょう。ジェレミー、なにか動くものが感じられたら、リラックスしてぼんやりと目で追いかけて見なさい。それが魔力よ」
「はい、おかしゃま」
「最初から上手くはできないので、気楽にね」
わたしは杖を構えた。
「『南の海に射す日の光』」
空中の魔力が集まって渦を巻く。
「『柔らかな無慈悲 すくい上げる白い指』」
わたしは庭の一角に向けて魔法を放つ。
「『支配された迷宮』!」
あらかじめ目星をつけた範囲の雪が持ち上がると、そのまま溶けて水になる。こうなったらもう、わたしの操るがままだ。魔法の詠唱に縛られた水分は、宙に弾けて虹を出し、凍りつき、固まってむき出しの乾いた土の上で形を成す。
「わあい、こおりのくまさんだ」
「はいっ!」
「うさぎさんになった」
「はいっ!」
「ねこさん」
「はいっ!」
「とりさん、とんでる! すごい!」
ジェレミーはまた弾け豆の王子様になって、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
「ひかったもやもや、みえたの」
「それが魔力よ、素晴らしいわ!」
わたしは最後に氷の男性を作って地面に立たせた。
ふっふっふ、ダリル様の等身大フィギュアよ。
「おとしゃまだー!」
ジェレミーは大喜びで飛んでいる。
そして、テレサ・ルデル先生は。
「……なんという……繊細で無駄に高等なテクニック……これが『華麗なる氷結女王』の実力、噂を聞いた時には与太話だと思ったのに、こんなことまでできるなんて……しゅごい、本物だ、セイバート領の女王様は本物の大魔法使いだった……」
目と口を大きく開けて、氷の彫像のようになっていた。
あと、無駄とか失礼なことを言ってるし。
さては貴様もドナ系女子なのか? うん?
ややジト目で見ていると、我に返ったルデル先生が言った。
「あの、女王様、じゃなくて奥様、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ」
「奥様はどちらで魔法を勉強されたのですか? 教師はどなたですか?」
「ええと、誰だったかしら。少し習ったんだけどすぐにいなくなっちゃったのよね。基本は母が教えてくれて、あとは独学で学んだわ」
「ふぉうっ!」
魔法の教師を、元のシャロンが追い出した記憶があるわ。先生、高飛車にいじめてごめんなさい、みんなシャロンが悪いんです。
「それはつまり、こちらの魔法はご自分で編み出したということですか? 全部オリジナルで?」
「そうよ、わたしが使うのはほとんどがオリジナル魔法なのよ。ルデル先生から見たら異端ということになるのかしらね」
『なにか文句があるかしら?』という流し目をすると、先生は「そそそそんなめめめ滅相もございません!」と小刻みに激しく首を振り、脳震盪でも起こしかけたのかふらついて、ドナに支えられた。
「大丈夫っすかー? シャロン様、この人疲れてる上に冷え切ってますから、ちょっとお風呂に放り込んできますね。わたしの代わりにミミルカさんを寄越します」
「それは大変だわ、しっかりとお世話をしてあげてね」
顔色が悪くなったルデル先生は、ドナに引きずられて行った。
わたしはダリル様の像を溶かすと、大きなうさぎから小さなうさぎまで十段階の氷の像を出して「込めた魔力の量を変えると魔法の効果が変わるのよ」と大事なことをジェレミーに教えた。
「適切な魔法を、適切な魔力で行使するのですよ。事故を起こさないために、とても重要なことなの。魔法を使う者には責任が生じますからね、このことをいつも頭に置いておくのです」
凶悪な魔法を全力で放って辺り一面を瓦礫に変えるとか、しちゃ駄目ですよー。
魔法は人を幸せにするものだから、人を害する使い方をしたら駄目ですよー。
愛を裏返した憎しみを撒き散らすのは御法度ですよー。
わたしはジェレミーが魔王にならないための英才教育をせっせと施し、いい子のジェレミーは「はい、おかしゃま! きをつけます!」と良いお返事をしてくれた。




