2ー8 敗退したヘドヴァ
翌朝、偵察部隊と連絡を取れたので、翼のある虎にヨーダライトと共に乗った雷撃のヘドヴァは、超上から目線でわたしの魔法をこき下ろしてから出撃した。
むーかーつーくーっ!
そして残念ながらというか、案の定というか、お昼前にはわたしが予想していた通りに手も足も出ないで戻ってきた。魔物狩りを舐めてもらっては困るのだ。
ふふふっ。
わたしは外に出て、屋敷の裏庭に飛んでくる虎を出迎えた。
「おほほほ、ずいぶんと早いお帰りですわね」
「ただいまですー、帰ってきちゃいましたー。すごい変な魔物でしたよ」
ヨーダライトさんは人懐こい笑顔で手を振って、虎を地上に降ろした。
「ヘドヴァさん、お疲れ様。お召し物が焦げていらっしゃるわよ。きっとがんばって雷魔法を放ったのねぇ、偉いわぁ、どのくらいダメージを与えたのかしら? もしかして、もう倒しちゃった?」
笑顔で迎えてあげて、優しく褒めてあげたというのに、ヘドヴァは「ぐぬぬぬ……」と淑女らしからぬ声を出して顔を歪めている。
「その虎はとても速く飛べるみたい……ね、ちょっと乗せてくれてもいいのよ?」
撫でてあげようと手を上げたら、モッフモフの虎さんはわたしを見て後ずさった。
だからおまえはなにを怯えているのよ。
「ヨーダライトさん、この子は人見知りする子なのかしら」
「いやー、人見知りじゃないと思うなー」
彼は明後日の方を見ながら言った。
「よしよし、いい子ね、たくさん飛んで喉が渇いたでしょう。氷でも食べる?」
口元に、魔法で作り出した氷を近づけてあげたのに、激しく頭を振る虎さん。
人の言葉がわかるみたいね、可愛らしいわぁ。
「なんなのよアレは! おかしいわ!」
魔力を使い切ったようで、かなりぐったりしているヘドヴァは、虎さんから飛び降りて足をふらつかせた。
悔しいだろうけど、しっかりと報告はしてもらわなくてはね。
「おっと、大丈夫か?」
様子を見にきたレイノルズ副長が、よろけるヘドヴァに親切に手を差し伸べた。
「平気よ、お気づかいな……」
く、と言う前に、子鹿のように震える脚が彼女の体重を支えきれなかったようで、そのまま転びそうになる。
が。
レイノルズ副長が、ヘドヴァの身体を片手ですくい上げるように持ち上げて、そのまま肩に担いでしまった。
さすがは筋肉副長、力持ちでいらっしゃるわね。
お腹が圧迫されたヘドヴァは、ぐえ、と変な声を出してから「なにをなさるの!」と叫んだ。
「転びそうだったからな」
「苦しいですけれど、もう少しなんとかならないの?」
「騎士団ではこれが普通の担ぎ方だ。両手を塞ぎたくないからな。ヘドヴァ嬢は全身がボロボロだが、もしや雷撃を自分で受けたのか? 部屋に連れて行ってやるからなんとかした方がいい、肌が見えているぞ」
「ええっ、嘘でしょ?」
「ほら、ここ」
脇腹をつつかれたヘドヴァは「きゃあっ」と悲鳴をあげて真っ赤な顔になる。
「あらまあそんな、大変だわね、雷撃のヘドヴァさん。殿方に素肌を触れられてしまったから……これは副長に責任をとっていただかなければならないかしら……既婚者にちょっかいを出している場合ではなくてよ……」
副長は迷惑だろうけれど、わたしは心配そうな顔を作って言った。
「責任?」
不思議そうな表情のレイノルズ副長に、教えて差し上げる。
「ヘドヴァさんは、貴族の令嬢でいらっしゃるもの。夫でもない殿方に肌を晒してしまったら、もうお嫁に行けないわよ」
「なるほどな。ならばヘドヴァ嬢、わたしの妻になるか? 生きのいいあなたならセイバート領で楽しく暮らせるぞ」
「はあっ?」
「はははは、冗談だ」
「!!!!!」
真っ赤になりすぎて、鼻血でも噴き出すんじゃないかしらと心配になる。ぶるぶる震えるヘドヴァは、そのまま黙って荷物のように担がれていった。
会議室にヘドヴァは現れなかった。ヘドヴァ以外のいつものメンバーは集まっている。レイノルズ副長もいる。
彼に視線で『?』と尋ねると、副長も『?』と肩をすくめた。
「あのー、すみません。ヘドヴァは来れません。というのはですね……」
ヨーダライトさんが、説明をしてくれた。
「ええっ、ヘドヴァ……さん、は寝込んじゃったの?」
「はい、今朝の戦いでかなり消耗しちゃったみたいで」
ヨーダライトさんが申し訳なさそうに言ったけれど、単騎で戦いに赴いた戦士を責めるほど、わたしは鬼ではない。
たとえそれが、ダリル様の気を引くためだといってもね。
「なので、僕が報告しますね」
怪物の眠る繭の場所に、翼のある虎に乗ったふたりは順調にたどり着いた。偵察隊に、これから魔法の攻撃を行うのでと説明すると、すでに命令を受けている彼らは迅速に撤退した。
そこからは、ヘドヴァさんによる一方的な雷魔法攻撃が行われたのだが、繭の防御は強固でまったくダメージを与えられない。そればかりか、魔力障壁が学習をしてしまったのか雷を反射してくるようになったとのことだ。
「グルグルくんが避けまくったんですけどね、僕たちも何発か雷を喰らっちゃって。僕はグルグルくんをテイムしているから、ヨークティグルの防御スキルを共有できていて、かすり傷で済んでいますけど、ヘドヴァにはキツい戦いになりました。で、あの人は気が強いから、徹底的に雷撃を打ち込んで、魔力が空っぽになった頃にはあの通り、全身にダメージが蓄積していました」
「ヨークティグルってなにかしら」
「グルグルくんの種族名です」
ヨーダライトさんは「いやー、参ったな。見事な負け戦でした」と両手をあげて「お手上げ!」と言った。
ということで、ヘドヴァは自分の魔法を自分で受けてしまい、失神するように眠っている。体力回復と怪我の治療のためのポーションを持参してきたので、帰り道、虎、ではなくてヨークティグルのグルグルくん(そうだわ、名前を呼んでやれば懐くかもしれないわね)に乗っている時に飲んであるから、回復魔法は必要ないらしい。
「ポーションがあるからって、無茶をやったわね」
ヘドヴァは予想以上に熱い魔法使いだった。
後ろに控えているドナが「何度も感電するのって、かなり痛そうですよね。あの人、偉そうなことを言うだけあって肝が据わってます」と、小さな声で言った。
いい薬になったと思う反面、身体を張って怪物と戦える勇敢な魔法使いなのだと、わたしの心にヘドヴァのことを認める気持ちも出てきた。
解散になったので、ドナに「ヘドヴァ……さんが目覚めたら、見舞いに行くわ」と言うと「シャロン様、チョロいですよ。でもそういうところ、嫌いじゃありません」と、言われてしまった。すかさず偉そうな側仕えのほっぺたを引っ張り「いだいいだいいだいいだい」と言わせておく。
ミミルカがヘドヴァの意識が戻ったことを知らせてくれたので、部屋に伺った。客人が床に臥したら女主人が見舞うのは当然のことなので、拒否されることもなく部屋に通される。
彼女はすでに起き上がり、ソファーに座って飲み物を飲んでいる。
「大丈夫なの? 無理せずに寝ていていいのに」
気の強い魔法使いは、じろりとわたしを見て「そのようなのんきなことを言っている場合ではありませんわ」と言った。
「今、あの魔物はすべての魔力を防御に回しています。広範囲の雷魔法を使ったけれど、全然堪えていなかったわ。でも、雷に耐性があるとは考えにくい……」
彼女は、独り言のように言った。
「繭から生まれたら、攻撃に力を割くはず。充分に収束した雷魔法を打ち込めば、早いうちに片がつけられるわ。少なくても足止めにはなるはず。あの魔力量は並の魔物のものではなかった……魔法使いの魂が使われて人工的に作られた怪物だからかもしれない」
わたしが黙って聞いていると、ヘドヴァさんはわたしを見た。
「訓練場を用意してちょうだい。詠唱を組み直して、強い一撃を撃てるようにするわ。ええと、シャロン様はどのような攻撃を予定しているのかしら?」
「わたしは防御に特化するわ。結界のドームを作成して、そこからルデル先生が火魔法を放つ予定だけど、延焼の危険があるから……」
「精密なコントロールが必要ね。まあ、ルデルならできるでしょう」
彼女は「伊達に魔法院に所属していないし」と言った。
「で、いつから訓練できるかしら」
前のめりな魔法使いに、わたしは「明日まで待って。あなたはまだ完全に回復していないのよ。お茶を飲んだらベットに戻りなさい」と言った。
「これからミリアムに治療をしてもらうわ。万全の体調で怪物を向かい撃ちなさい」
ヘドヴァは鼻に皺を寄せて「なによ、偉そうに……」と文句を言ってから「ミリアムって、ルデルの姪っ子よね? なんであの子なの?」と尋ねた。
「ミリアムは光魔法使いなのよ。回復魔法を得意としているから……」
「なんですって!?」
「ここだけの内緒話にしなさいよ。魔法院に漏らしたら、ただじゃおかないからね」
「……そう簡単に済ませる話じゃないでしょう。わかったわ、今は気にしないことにする」
この人、男性が絡まなければ、そんなにめんどくさくないかも?




