2-9 これはもしや?
「ねえ、ヘドヴァさん」
わたしは彼女の隣に腰をかける。
ヘドヴァさんはぎょっとした顔でわたしを見た。
まあ、夫を略奪してやろうとした相手が、急に馴れ馴れしくソファーのお隣に座って「わたしにもお茶をお願い」なんて言い出したら、何事かと思うわよね。
「あなたは誇り高い魔法使いだとお見受けするわ。魔法院に所属しているなんてこの国でも有数のエリートだし。そんなあなたが、どうして既婚者を誘惑するなんて品のない真似をしたの?」
「……」
「見たところ、ダリル様のことが好きだと言うわけでもなさそうだし。辺境伯夫人としての地位か、裕福なセイバート家の財産が目的? それとも、ダリル様が王弟だから王家との姻戚関係を結びたかった? でも、お金に関しては困っているわけがないわよね。魔法院の報酬は破格だもの」
ヘドヴァはうつむいてから「あなたにはわからないでしょうよ」と小さな声で言った。
「『悪の氷結花』なんてふたつ名を付けられてあんなに評判が悪かったのに、上手いこと辺境伯夫人に収まって、アルテラ王妃を倒した国の英雄になった、ですって? 魔法使いの間では『華麗なる氷結女王』だなんて持ち上げられているし、いい気になってるんでしょう」
「褒められる方が悪口を言われるよりもずっといいもの。でも、あなただって『雷撃のヘドヴァ』として有名なんじゃないの?」
「そうじゃなくて!」
彼女は一瞬、鋭い視線でわたしを見たけれど、またうつむいてしまった。
「魔法にかまけていき遅れた気の強い魔女、なんて言われてしまったら、もう結婚相手も見つからないわよ。実家のグランディ家からは、家のために、少しでも格の高い家柄の男性に早く縁づけと圧力がかかるし。魔法院に所属しているわたしは緊急時に備えて王都から離れられないから、実家とのしがらみから逃げられないのよ」
「なるほどね。貴族家ってそういうのが面倒よね。だから、わたしと入れ替わりたかったの? でも、この領地はそんなに甘くないし、あなたにジェレミーの母親が務まるとは思えないわ。夫はもちろん、あの子は絶対に渡さないわよ」
ヘドヴァさんは肩を落として「それはよくわかったわよ。あなた達家族が貴族の家とは思えないほど仲がいいのは誤算だったわ」と言った。
「それなら、セイバート騎士団に転職するのはどう?」
「無理よ。魔法院が許さないだろうし、この地で一生独身暮らしをする決心もつかないわ」
「でも、王都に戻ってもやっぱり独身暮らしじゃないの」
「はっきり言わないでよ!」
ヘドヴァはクッションを持つと「ほんっと、腹が立つわ!」とわたしにぽんぽんぶつけてきた。
駄々っ子か?
やがて八つ当たりに満足したのか、彼女はクッションを抱えながら言った。
「でもまあ、わたしの事情はいいわ。あの怪物がやってくるのを止められなかったら、セイバート領どころか王都も壊滅するんじゃないかしら。あの様子だとかなりの強さになるわよ。だかまずは戦闘のことを考えるわ」
「そうね、まずはアレをどうにかしないとね」
「訓練したいから、早く回復魔法をかけてよ」
「無茶言わないの! ちゃんと休んでからにしなさいよ、変なところが真面目で熱血なんだから。もう少し自分を大切にしなさい」
「戦えないわたしに価値はないわ」
わたしはヘドヴァを見て、ため息をついた。
と、部屋がノックされた。
ヘドヴァが部屋付きのメイドに頷くと、ドアが開けられて花束を持った使用人が入って来た。
「ヘドヴァ様への贈り物でございます」
使用人の男性がメイドに花を渡した。彼女は花と共に受けとった手紙をヘドヴァに差し出す。ピンクと赤と白い小花をまとめた花は、とても可愛らしい。
なんだかんだ言ってるけど、ヘドヴァにも花を贈ってくれる人がいるんじゃないの。
「こちらは部屋にお飾りしてよろしいですか?」
「そうなさい」
ヘドヴァに言われて、メイドが花瓶に生ける。部屋の雰囲気が明るくなった。
「この時期は野外は雪に埋もれるでしょう。屋内で育てるから、セイバート領では冬の花束はとても高価な贈り物なのよ。王都からの注文なの? ねえ、ヘドヴァさん? あらっ」
慌てて手紙を後ろに隠そうとしたけれど、わたしはしっかりと見ちゃったわ。
「その手紙はレイノルズ副長からじゃないのよ! ちょっと、なんて書いてあるの? 見せなさいよ」
「私信なんだから、やめてくださらないかしら?」
「この屋敷内で起こることを把握するのが、女主人の務めですわよぉ、ほら、お見せ! もしかすると見せられないような内容ってこと?」
「違いますわ、単なるお見舞いの、あっ」
ふふふ、素早く手紙を取り上げてやったわ! ヘドヴァさんは真っ赤な顔で「やめてって言ってるのに」と文句を言う。わたしは文面に目を走らせると「なるほど、お見舞いね」と手紙を返した。
そして、ヘドヴァににんまりと笑いかけながら言った。
「無作法のお詫びにいいことを教えてあげるわね。レイノルズ副長は、王子様みたいなキラキラした見た目に関わらず、ものすごい硬派な青年なの。もちろん独身よ。用事がなければ女性に声もかけない筋肉イケメンプリンスが、まさかのお見舞いのお花、ねえ……ヘドヴァさん? もしかして、彼となにかあったのかしら?」
「あっ、あるわけありませんわよ! 先程は、部屋に送っていただいただけですし、もちろんふたりきりにもなっておりませんわ」
「そうね、独身の男女がふたりきりになるなんて、そんなねえ……」
「だから、なってませんったら!」
「ふふふ。で、あなたは彼のことどう思ってらっしゃるの? 年齢的にもちょうどよろしいわねえ」
「いい加減になさいませ、今はそんなことを言っている場合ではありませんでしょうっ」
雷撃のヘドヴァ、めっちゃ慌てて可愛いわぁ。
ヘドヴァを弄って遊んでいると(ドナに「シャロン様、お顔が悪くなってますよー」と突っ込まれたけれど、楽しいんだもん」)ルデル先生がミリアムとジェレミーを連れてやって来た。
「しつれいします。まほうつかいのおねえさま、おかげんはだいじょうぶですか?」
「あら……ええ、おかげさまで落ち着きましたわ」
ちょっとヘドヴァ、ジェレミーを見て「かっ、可愛いわ」とか言いながら鼻息を荒くするのはやめてくださるかしら?
確かにうちのジェレミーは天使ですけれどね。




