2ー7 山の上の繭
「では、まずは偵察の結果をお聞きください」
会議室のテーブルに書類を乗せているのは、カート・レイノルズ副長だ。
彼は子爵家の三男なので家を継ぐことはないので、幼い頃から剣の鍛錬をしてきたという、天才的な剣士である。
ただ、見た目が明らかにたくましいグランバーグ騎士団長とは違って、しっかりと鍛えた身体ではあるが、すらりと背が高いせいか、まるでファッションモデルさんのような華やかな雰囲気だ。社交界でも、貴族女性からモテそうな気がする。
顔もすごくいいし。
グランバーグさんが脳筋イケオジだとすると、レイノルズさんは脳筋イケメンプリンスだ。
他の団員達から「副長は、あの見た目であの強さとか、存在が詐欺だ」と言われているという。ちなみにソースはうちの夫だ。
ってゆーか、うちの騎士団の顔面偏差値、高過ぎない?
ええと、だけどなぜか、レイノルズさんは独身である。
いくらかっこよくても、お給料が良くても、王都から遠く離れたセイバート領に来たがる貴族の令嬢は少ないからだろうか。
それとも、女性の好みにこだわりがあるとか……。
「偵察隊は、現在も対象の近くで観察を続けております。これは伝書鷹を使って届けられた情報です」
おっと、レイノルズさんの言葉に集中しなくては。
伝書鷹というのは、まさに伝書鳩の鷹バージョンだ。セイバート領のような僻地では、寒さに強い種類の鷹を飼育して通信手段にしているのである。
なぜ鳩じゃないかというと、平和な地球と違い、凶暴な他の鳥や魔鳥に襲われて落とされちゃうからなんですねー。
鷹は戦闘力が高いし、調教して二羽をペアにして飛ばす伝書鷹が負けることはまずない。なんなら、魔鳥よりも強かったりする。
「帝国の元皇族が生み出した魔物は、山脈の頂上近くの高い位置で、現在は魔力で編まれた繭のようなものに覆われている状態です。付近には人影は見当たらず、術者はその場を去ったか、もしくは魔物に取り込まれていることが推測されます。ほぼ球形の繭の大きさは、二階建ての建物よりもやや高いくらいだそうです」
「かなり大きいわね」
作り出すために生け贄を必要としたくらいだから、皇族たちも飲み込んで育っているのかもしれない。いや、アルテラ王妃のように、魔法で変身した皇族の身体を基礎にして作り上げたのかも。
「さらに、繭の表面には強固な魔力障壁が張られています」
「身体ができるまでは防御に徹しているというわけね。繭に攻撃をしてもダメージを与えるのは難しいかもしれないわ」
魔物は魔力が濃くなった場所から発生するのが普通だ。今回はそこに人の手が加えられているので、魔物狩りの常識は通用しない可能性が高い。
「そしてさらに……」
伝書鷹が頻繁に飛んできたらしく、レイノルズ副長の報告が続く。段々と怪物の全容がわかってきたが、まだ繭から孵っていないのでその力は未知数だ。
今は丸まっているため、体高は二階建てくらいだが、繭から出てきて身体を伸ばしたらもっと大きくなるだろう。
頭上に雪雲を発生させているし、寒さへの耐性は高そうだ。となると氷魔法は効きにくくなるだろう。やはりルデル先生の火魔法に期待すべきか。
ても、木が多い場所で火を使うのは危険なのよね。
「報告は以上です」
レイノルズがそう言うと、騎士団長が発言した。
「この怪物の力は未知数であるが、繭から出てきて環境に順応していないうちに攻撃を仕掛けた方がいいかもしれん」
「なるほど、卵から孵ったばかりの時ならば、まだ全力が出せないというわけだな」
ダリル様も同意する。
「通常ならば、強い魔物は山から降りてこない。だが、この怪物は人の手が加わっているため、魔力濃度の低い環境に適応できる可能性がある」
アルテラ王妃が変身して現れた大蛇は、魔力濃度の低い王都で普通に活動していた。だから、皇家の変身魔法を元にして、さらに人間を生贄にして作り上げたという魔物も、巨大で強力な力を持ちながら下まで降りてきて、そのまま王都に突撃していっても不思議ではない。
元皇家め、たちの悪いものを作ってくれたわね……。
「ほほほほほ、ここはやはりわたしの出番ですわね!」
高笑いしたヘドヴァが椅子から立ち上がって、芝居がかった仕草で右手を胸の上に置く。
「どのような魔物でも、わたしの雷魔法を喰らえば無事ではいられませんわ。セイバート領のために、この雷撃のヘドヴァが手をお貸しいたしましょう!」
声には出していないけれど、その後に『そして皆の者よ、わたしにひれ伏すのです!』というセリフが聞こえてくる。
「ヨーダライトとふたりでその怪物とやらのもとに行って、雷で焼き尽くしてくれるわ」
「えー、勝手に決めないでよ」
ヨーダライトさんが「絶対に危ないじゃん、グルグルくんが感電したらヤダよ」と嫌な顔をしたけれど、ヘドヴァは鼻で笑った。
「させないわよ。あなたに戦闘力は求めないから、せいぜいわたしの役に立ちなさい」
虎さんタクシーに予約が入りましたね。
「ヘドヴァは酷い女だと思う」
「喧嘩を売ってるの? 一撃喰らいたいようね、全身が痺れて血行が良くなるわよ」
杖を取り出そうとするヘドヴァに、ヨーダライトさんは「やめてよ、連れて行けばいいんでしょ!」と言いながら立ち上がって、グランバーグ騎士団長の後ろに隠れた。一番防御力がありそうに見えたのだろう。
「ヘドヴァ殿、本気で怪物を叩きに行くつもりか?」
「行きますわよ。そしてわたしがこの地にとって必要な人物であることを証明してさしあげますわ」
グランバーグ騎士団長とレイノルズ副長が、ダリル様を見た。
「かまわないだろう」
彼は頷くと「では、ヘドヴァ殿にひと当てしていただこう。出撃は明日の朝でいいか? 偵察隊に伝書鷹を送っておく」とヘドヴァに言った。
「ええ。あっさり倒してしまうかもしれませんけれど、よろしいですわね」
彼女は、紅を引いた唇を笑みの形にしてから、笑っていない瞳でわたしを見た。
「氷魔法は役に立たないようですわねぇ」
むーかーつーくーっ!




