2ー6 会議室
「魔法院の魔法使い達は、戦力になってくれますかねえ」
「なってくれないと困るわ。うちが一番戦力があって、魔物狩りに長けているでしょ? 帝国の怪物がセイバート領を突破したら、誰にも止められなくなって王都へ到達する可能性が高いわ。ヨーダライトさんは、空を飛べるというのが大きいわね」
「偵察に最適ですよね。わたしも虎に乗せてくれないかなー。餌付けしたら乗せてくれると思いますか?」
「魔物は動物のようにごはんやおやつを食べないと思うわ」
「ヨーダライトさんを餌付けしてみます」
横にドナを従えて会議室に行くために廊下を歩いていると、同じように向かっているルデル先生とばったり会った。ほとんど側仕えとなっている侍女のセシリーを連れている。
先生はわたしを見ると、緑色の瞳をまん丸にして言った。
「うわああああ、とっても素敵な装いですね! まさにこの世界に降臨された女神様です、氷の女神様、大変お美しいです!」
わたしはすっかり心酔しきっているルデル先生に向けて、鷹揚に頷いてみせた。
「ありがとう。でも褒めすぎではなくて?」
「いいえー、常識の範囲内です。こう見えてもわたしは、魔法院の魔法使いとしてマナーを学んでいますから、淑女のたしなみもあるんですよ。一応、貴族との関わりが深い仕事なので必須なんです」
「あら、そう」
「でもこれは、心からの賞賛であって、口先だけのおべんちゃらではありませんから、そこのところはご理解くださいませ!」
ピンクの髪を今日はツインテールにしているため、とっても魔女っ子っぽいテレサ・ルデル先生は、テンションを上げて飛び上がりながら「ジェレミーぼっちゃまを見習って、全力で褒めたたえさせていただきます! ひゅう!」と叫んだ。
後ろに立つセシリーが囁いた。
「ルデル先生、さすがにマナーから逸脱していますよ。褒めながら跳ねてはいけません」
「あらら、ごめんなさい」
先生は跳ねるのをやめて、両手でバンザイしてから「ひゅう!」と叫び、セシリーは額に手を当ててため息をついた。
セシリー、ファイト!
先生の再教育に関しては、彼女に任せておけば良さそうだ。
それにしても最近、ルデル先生はジェレミー達に負けないくらいに振る舞いが子どもっぽくなった気がする。自然が豊かなセイバート領に来て心が解放されたせいかもしれないし、お姉様の不幸でショックを受けて、子ども返りしてしまったのかもしれない。
まあ、伸び伸びと振る舞っているからか魔法の威力も増してきているので、良しとしますけれど。
「ところで先生、あの雷撃のヘドヴァという魔法使いはどのような方なの?」
ヘドヴァの名前を出すと、先生のテンションが急降下した。「ああ、もしかして、なにかやらかしましたか」とため息交じりに言う。
「正直、どうしてあの人がここにやって来たのかと不思議を超えて不審に思っています。彼女は実力のある雷魔法使いではあるのですが……自信過剰で、傲慢な傾向があります。先遣隊に志願するような人ではないし、上官があの人を指名するなんて思えないですよ」
なるほど、困ったちゃんキャラのようだ。
「高位の貴族令嬢なのかしら? ずいぶんと尊大に振る舞っているらしいけれど」
シャロンもそうだけど、社交界では女性同士が威嚇し合うことも多々ある。わたしが大っ嫌いだったアルテラ王妃ほどではないけれど、ヘドヴァの発言は鼻につくわね。最初の印象も良くないし。
「はい、グランディ家が実家だと聞いています」
グランディ伯爵家か。そこそこ発言力のある貴族家だわ。
「魔法院の中でも、プライドが高くて人を人とも思わない性格なので、あまり評判はよくありません。王都から遥か離れたこの地に来るようなタイプではないんですよ」
「きらびやかな場を好みそうだものね」
「はい。綺麗だからか、男性から高価なプレゼントをもらったとかで、自慢していることもあります。ほんと、なんで来たんだろう……」
ドナが、不思議がるルデル先生に「あの女は、シャロン様に成り代わって辺境伯夫人になるつもりらしいですよ」と教えた。
「はい? なんですって?」
「使用人達に言い回ってるんですよねー、自分の方が辺境伯夫人にふさわしいって」
すると、ルデル先生は「はあ?」と口を開けてから「バッカじゃないの!」と言い捨ててから口を押さえて「あっ、すみません」と謝った。
「いいのよ、わたしも馬鹿だと思うから」
「辺境のことがまったくわかってないですよね! あの人が辺境伯夫人? できるわけがないじゃないですか! しかも、こんな時に……なんかもう、失礼を通り越して無知が過ぎて笑っちゃいますよ。奥様、魔法院の者が大変失礼をいたしました、申し訳ございません」
先生は深々と頭を下げて謝罪する。
「いいのよ、あなたのせいではないし、気にする必要はありません」
わたしはルデル先生の肩にそっと手を触れて、頭を上げさせた。
「わたしがきちんとわからせて差し上げるつもりよ」
「ひっ」
顔を上げたルデル先生が、わたしの顔を見た途端に悲鳴をあげて後ろに飛んで、転びそうになったところをセシリーに支えられた。
「シャロン様、会議室に入る前にお顔を揉んだ方がいいっすねー」
あらやだ、もみもみもみ。
油断すると、禍々しい笑顔が出ちゃうのよね。
「ですから、攻撃は最大の防御なのですわぁ」
中に入ると、ヘドヴァが妙に甘ったるい声を出して、ダリル様に話しかけていた。
「わたしが参りましたからには、ご安心なさいませ。国内最大級の火力で見事怪物を討ち取ってみせましょう」
「いや……戦闘は我が騎士団が出るので、火力の面では心配無用だ」
「近接戦闘は負傷の率が高くなってしまいますわ! ダリル様にもしものことがあったら……わたし、とても心配なのですわぁ」
この女、どこから声を出してるのよ。
あと、同僚のヨーダライトさんは、呆気にとられてないでなんとかしなさいよ。
部屋には騎士団長のグランバーグさんと、副長のレイノルズさんもいる。
相手が魔法院の魔法使いだから、失礼のないように無表情を保とうとするダリル様だけど、口元がひくっとするのが見えた。
こういう女性のコテコテベッタリした感じ、彼は大っ嫌いなのよね。
高貴な血筋と美形過ぎる外見の弊害で、王都にいた時にはダリル様をたらしこもうとする女性に常に迫られ続けていたという。さらには義姉のアルテラ王妃にもねっとりと言い寄られ、彼はすっかり女嫌いになってしまったのよ。
「遅くなりました」
まだなにか言い募ろうとするヘドヴァを遮って、ダリル様の左隣に座る。
「元皇家の残党が作った怪物による侵略に対する軍議ですわね。偵察隊の最新の情報はどうなっているのかしら……どうしたの?」
ダリル様の視線を感じたわたしが隣を見ると、彼はほんのりと頬を染めて、妖しいくらいに色気のある表情でわたしの手を取った。
「シャロン、今日もとても美しい。一瞬なにもかもが頭から飛んでしまったよ、本当に罪な人だな」
そう言ってわたしの指に唇を押し当ててほんの少し、笑った。
いや、ヤバいからね!
それは軍議の場で見せていい顔じゃないからね!
「ヨーダライト殿、わたしの妻をあまり見ないように心がけたまえ」
「はい?」
「美しいが、この人はわたしの妻だからな。妻だからな! いいか?」
なぜか念を押している。
「日頃から思っていたのだが、シャロンは人前に出る時はベールをかぶっているべきではないのか? あまりにも美し過ぎて、もしも男に懸想されたら……わたしが処さなければならなくなる。わたしは守るべき大切な領民を減らしたくない」
「処さなくていいです! 民思いな領主のふりをして、変なことを考えないでください」
「だが、上に立つ者として、犯罪者は断固として許してはならないのだ。だから、わたしがこの手で裁く」
「キリッとした顔でなにを言ってるんですか」
ほら、グランバーグ騎士団長にも突っ込まれちゃったじゃないの。
「いちゃつくのは後にしてください。まったく、奥様が絡むとどうしてそんなに残念になるんですか」
「わたしのどこが」
「ダリル様」
わたしは「王都からのお客様の前ですよ」と、笑顔で釘を刺した。
「目の前の脅威を片付けましょう。でないと、いつまでたっても結婚式が挙げられないわよ」
「それはいかん」
こうして「もう訳がわからない……」と呟くヨーダライトさんと、わたしの顔とダリル様の顔と身につけた豪華なルビーやダイヤモンドを見ながら、真っ赤になった顔を歪めて全然美人じゃなくなったヘドヴァも加えて、怪物対策会議が始まった。




