2-5 面倒なお客様
わたしたちが乗る馬車が屋敷に着くと、すでにヨーダライトさんとヘドヴァさんは到着していた。
荷物はまだ翼のある虎に乗せたままだというので、家令のエルトンと家政婦長のセレアに、渡り廊下で繋がっている客用の離れに部屋を用意させる。
他にも応援の魔法使いが来たら、その建物に宿泊させる予定だ。
「臨時の使用人の手配も終えております」
「ありがとう、エルトン」
滅多に客は訪れないけれど、さすがはエルトンで、なにが起きても対応が速い。普段は使われていない客室棟だが、セレアが抜かりなく掃除を済ませてある。
セイバート領は王都から離れた僻地にあるし、冬は寒さが厳しいので、親戚くらいしか訪問する人はいない。これからはわたしがリゾート地として開発を進めるので、観光客が見込めるのだけれど、これを機会に人の行き来が活発になるといいと思う。血流が良くなると体調が良くなるのと同じで、土地にも流れが必要なのだ。
エルトンが言った。
「身支度を整え終わりましたら、奥様とルデル様は会議室にお越しくださいとのことです」
「魔法使い達を交えて、重要な打ち合わせがあるのね。わかったわ」
わたしは部屋に戻ると、ミミルカの配下である『奥様磨き隊』の手で身体を清潔にされ、着替えて髪を整えた。
「本日は、きちんとした装いが適切だと思います。こちらのドレスはいかがでしょうか」
「いいじゃないかしら」
いつも元気なマーガレット、アイリス、ガーベラの三人娘はわたしの専属美容部隊なので、この仕事を知り尽くしている。
あっという間に支度が終わったわたしは、首元にルビーとダイヤモンドが燦然と輝くネックレス、耳には大粒のルビーの下にダイヤモンドが揺れるイヤリングを付けられた。深い紫色のスレンダーなドレスによく似合うコーディネートだ。
このアクセサリーで普段使いだというのだから、辺境伯家の財力は凄まじい。
ルビーもダイヤモンドも自領で採れちゃう、というのもあるけれどね。
魔石も宝石もざくざく取れるセイバート領は、とても豊かだけど、維持するのには魔物を安定して狩れる戦闘力が必要なので、実は他の貴族にはあまり羨ましがられないのであった。
喜ぶのは脳筋騎士団くらいだわ。
「王都からのお客様がおいででございますからね。辺境伯夫人としての格に合わせたコーディネートをしております」
「なんか、迫力がありすぎない?」
「お美しゅうございますよ」
髪にもルビーとダイヤモンドの飾りがつけられた。
さらに、黒地に赤い薔薇模様が刺繍された、豪華な扇子まで持たされたのだけど、これでなにをさせようとしているのかしら。
閉じて振ってみると……あら? この重さはもしや?
「この勝負はもちろん、奥様の勝利でございますわ!」
「おーっ!」
わたしになにと戦えと?
三人娘が気合いを入れているけれど、これからするのは打ち合わせで、淑女同士の果たし合いではなくてよ。
ぱたぱたと扇で顔を扇いでいると、ドナが部屋に戻って来た。
「ありゃあ、シャロン様、あの生意気そうな雷使いの女をプチッとヤるんですか?」
わたしは、興奮気味のドナに「ヤりません」と静かに応えた。
このやたらと重い扇には金属が仕込まれているけれど、物騒な方向には使いませんからね。
「皆さん、いったいどうしたの? もしかすると、なにかヘドヴァさんに思うところがあるのかしら? あの方は王都からはるばる、我が領地に助太刀するためにいらした魔法使いなのよ」
「いやいやいや、あの人はそんなんじゃありませんよ」
ドナが顔の前で手を振ると、三人娘も「ないないない」と同じことをする。
「貴族のお嬢様なんでしょうね、ちょっとばかり歳を食ってますけど。あの人、使用人は自分に逆らわないとでも思ってるのか、余計なことをいろいろ言ってましたよ」
「……どんなこと?」
「これからわたしが屋敷の主人になるとか、田舎臭い土地だけど宝石が採れるのは気に入ったとか、見た目がよろしい領主に会うのが楽しみだとか、鈍そうな小娘よりも自分の方が辺境伯夫人にふさわしいとか……シャロン様がプチッとヤりたくなるようなことを言ってました」
「はあ? 馬鹿なの? あの女はなにしに来たの?」
わたしは思わず、淑女らしからぬ声を出してしまう。
「馬鹿です。偉大なる魔法使いである自分は、シャロン様よりも辺境伯夫人にふさわしいことを教えに来たんだそうです」
魔法院の魔法使いは変人揃いとは聞いているけれど、馬鹿もいたのね!
いや、待って……魔法使いである前に、王都の貴族の女性というわけかしら。
アルテラ王妃ほど苛烈ではないけれど、貴族とは体面を気にする者たちの集まりで、誇り高いのはいいのだが、マウンティングが大好きなのだ。
男性の場合は、先祖代々の血筋に加えて領地の広さやそこから生み出す富の量、抱える魔法使いや騎士団の戦力などで威光を示す。文官たちの頭の良さなども加点ポイントだ。
だが女性の場合は、外見の美しさや、いかに優れた恋人や夫を手に入れるかで競う。シャロンはかなり闘争的な性格だったので、魔法の鍛錬に力を入れていたけれど、それはむしろ高貴な女性らしくないという考えを持つ貴族女性も多い。
ヘドヴァ(もう呼び捨てでいいわ)は魔法院の魔法使いという地位を持つけれど、貴族女性としては完全な勝利ではないと考えたとしてもおかしくない。そこで、この国でも有数の優れた男性である、ダリル様に目をつけたのかもしれない。
妻は評判の悪かった元悪女だし、勝てると思ったようだ。
あー、貴族ってめんどくさい!
人の夫を略奪することを下品と思わないのが不思議だわ。
確かにヘドヴァは見た目はいいから、辺境伯は自分の美しさに魅了され、ひと目で恋に落ちたとかなんとかいう、自己中なストーリーを作り上げるつもりなのかもしれない。
わたしは鏡に映る自分の姿を見た。
普段から活発に動いてジェレミーを抱っこしているせいで、濃紫のドレスに包まれた身体はすらりと引き締まり、女性らしい曲線を描く。輝く銀色の髪を結い上げて、パライバトルマリンのように鮮やかな色合いの瞳は意志の強さを表すように光っている。
ギリシア神話の女神のように、我ながら迫力のある姿だ。ほぼ凶器の扇を手にしているため、戦いの女神のようにも思える。
「そうね……ジェレミーの教育に悪いようなら、それなりに対処が必要かもしれないわね」




