2-3 護る力
実は昨夜、ほんの一瞬だけ、わたしを不思議な空間に引き込んだジャクリーヌさんは、早口でわたしに告げた。
『世界を救う鍵はジェレミーとミリアムですわ。柚月さま、どんなことがあってもジェレミーから離れないでくださいませ! そしてミリアムは、テレサ・ルデル様に守らせて……』
その後の言葉は聞き取れなかった。
わたしの耳に、ジャクリーヌさんの必死の叫びが蘇る。
この先になにが起ころうとも、わたしは身体を張ってジェレミーを守らなければならない。
そこで結成したのが魔法遊撃隊である。
主な活動は、怪物から子どもたちを守るための手段を極めることだ。
ルデル先生に「いざという時に、身体強化魔法と防御魔法を展開して子どもたちを守りたいのです。もちろん、手伝ってくださるわね?」と軽く圧をかけたら「もちろんです、全力で戦いましょう!」と意気込みを見せてくれた。
「いや、戦うのではなくてね……」と言いかけたわたしを「奥様、攻撃は最大の防御なのですよ!」と、いい笑顔でねじ伏せたルデル先生は、さすが魔法院の魔法馬鹿でいらっしゃるわ。
身体強化魔法の調整を終えたわたしとルデル先生は、それぞれの背中にジェレミーとミリアムを背負って、子どもたちを守りつつ自由に動くための訓練をした。
ちなみに服装は、スケート遊び用に作った膝丈のワンピースにぴったりしたパンツを組み合わせた、動きやすいけれど淑女としての優雅さを損なわないデザインのものだ。
子どもたちには「これは遊びではなくて、魔法の勉強ですよ」と言ったけれど、おんぶされての飛んだり駆けたりといった動きはとても楽しいらしくて、ふたりともテンションが上がってしまい、叫び倒しである。
でもまあ、もしも怪物が襲ってきたら、わたしたちはこの姿で逃げることになるので、楽しさで恐怖が紛らわせればいいと思う。
「ほほう、身体強化の魔法って便利なもんですねー」
身軽に動くわたしたちを見て、ドナが感心している。
「腕力や脚の力、瞬発力も強化されるし、体幹も安定するのよ」
わたしは力こぶを作るポーズをとった。たおやかな淑女の二の腕には、こぶのこの字もない……あら? こぶがあるわ。きっと毎日のようにジェレミーを抱っこしているからね。日に日に育っていくジェレミーを抱き上げるのは、ウェイトを重くしながら筋トレをするのと同じようなものだもの。
「この方法ですと、手を繋いだり抱っこしたりするよりも、ずっと速度が出ますね」
ミミルカも「最初は奇妙なことを思い付かれたものだと思いますが、さすがは奥様ですね。予想の斜め上を行っています」と褒めてくれた……褒めたのよね?
さて、次は可愛い天使ちゃんのお手並み拝見といきますか。
「ジェレミー、あなたはお母様の魔法の応援をできますか?」
「はい、できます! ぼくはおかしゃまがたくさんまほうをつかえるように、おうえんします!」
「それではよろしくね、小さな魔法使いさん」
ジェレミーは嬉しそうに笑った。
小さな魔力タンクと言って良いほど、膨大な魔力を持つちびっ子は、背中で「おかしゃま、がんばれー」と支援魔法を使ってくれた。
「ぼく、ルデルせんせいにもおうえんできるよ」
なんと、ジェレミーは二人に対して同時に魔法を使うことができた。さすがは未来の天才魔法使いだ。
ということで、アメコミヒーローも真っ青な身体能力を身につけたわたしたちは、今度は防御の為の練習を始める。
「それでは、わたしの新作魔法『氷の結界』をご覧あれ!」
わたしは杖を振るった。名前がそのまま発動詠唱なので「『氷の結界』!」と唱える。
空気中の水分が集まって、ハニカム構造の巨大なドームを作り出した。ドナもミミルカもマイラも一緒に、わたしたちは半球状の輝く壁に守られている。
「すごくきれい。ぼくもおてつだいする! つよくなーれ!」
ジェレミーの付与魔法で、ドームが強靭になる。
「わたしもするーキラキラさせるー」
ミリアムの光魔法が組み込まれて、ドームには回復効果が組み込まれた。
「……奥様、なんかすごいことになってますけど」
「そうね。これがあれば、ドラゴンに襲われても大丈夫な気がしてきたわ」
わたしはルデル先生と顔を見合わせた。
ちびっ子たちが嬉しそうに声をあげた。
「わーい、ひかるー、きらきらねー」
「たくさんたくさん、きれいにしまーす」
ミリアムが光魔法を使い、ジェレミーが増幅させる。その繰り返しによって、わたしが作り出した『氷の結界』は、ものすごーく硬化された上に回復効果を持ち、浄化作用まであるとんでもないドームに育ちつつあった。
なにが襲ってきても、この中にいればきっと大丈夫な気がする。
さすがはフルグラのスーパーエリート悪役と、世界を救うヒロインだ。まだちびっこいけれど、その力の強さには驚かされた。
「もっと大きめのドームを作れば、騎士団の砦になりそう」
「むさ苦しい筋肉を収納するのですから、特大の大きさが必要ですよね」
「鎧を着用しているし、弓や槍みたいに長さのある武器も使うから、天井を高くしないと」
とりあえずは本日の目的を果たしたので、わたしたちは屋敷に戻ることにした。
こんな感じで六日間をかけて、わたしたちは身体強化魔法の練習と防御魔法の練習とを行った。魔力を腕なら腕、脚なら脚、と必要に応じて強化するためには、体内での魔力のバランス調整が必要なのだが、練習を重ねることによって上達し、スムーズに魔力を配分できるようになった。
「奥様な魔法のセンスはお見事ですね」
ルデル先生は、ミリアムを背負って駆け回り、的に向かって炎の礫(着弾すると爆発する、小さいのに凶悪な攻撃魔法だ)を放ちながら、わたしを褒めてくれた。さすがは魔法院所属、マルチな才能を持つ魔法使いだ。
「わたしの魔力量はたいして多くないから、無駄なく効果的に使えるようになる必要があったのよ。だから、小手先のテクニックを極めたの」
わたしも、ジェレミーを背負って駆け回りきゃあきゃあ言わせると同時に的に向かって氷の矢尻を飛ばす、という非常に忙しい状態で、会話をする。魔法の発動に集中力なんて必要ないわ、全てはフィーリングよ! という境地にまで到達しないと、実戦では役に立たないからだ。
「小手先どころか、魔法使いが弟子入りしたくなるレベルの画期的な方法ですよ」
「お褒めいただき恐縮だわ」
着弾と同時に水蒸気に変化して的を爆散させる、という魔改造を施した氷魔法が、期待通りに的をすべて破壊したのを見て満足する。
「生まれてくる怪物はかなりの大きさだという話だから、この程度ではたいした攻撃にはならないかもしれないわ。わたしたちの目的は子どもたちを守って生き延びることで、攻撃は嫌がらせだと思った方がいいわね」
ドナが「シャロン様の嫌がらせは、常識を引きちぎって空の彼方に飛ぶレベルですね、うわあ、おっそろしいわー、敵に回したくないわー」と茶々を入れてきた。
「わたしが殲滅魔法を放ちましょうか?」
「あなたは中からドームを壊す気なの? ふざけたことを言っていないで、きちんとミリアムを守るのですよ」
「申し訳ございません、女神様!」
「あぶなっ」
ルデル先生が頭を下げて、その勢いでミリアムごと前転しそうなのをドナが支えて「自爆は止めないけど、ミリアムちゃんは巻き込まない!」と叱りつけた。
ピンクおさげの魔女っ子ルデル先生は、若いだけあって、少しおマヌケさんなところがあるわね……。
と、その時、遥か遠くの空からこちらに向かって飛んでくる物体が見えた。
「なにかしらあれ? 敵襲?」
ルデル先生も空を見る。
「いえ、敵ではないと思い……って女神様! お鎮まりくださいませ! 敵ではありませんので杖を下ろして!」
「でもあれは魔獣じゃないかしら? 翼が生えているから引きちぎって地面に落として確かめましょう」
「やめてやめて本当にやめて! ドナさん、止めてください!」
「はーい。シャロン様の『怪しきは叩き潰す』の考え方は物騒だと、日頃から思っていたんですよねー。あと、民家の上に落ちて死傷者が出たら困るのでやめた方がいいですよ」
わたしは罪のない領民が被害を受けるのは避けたいと考え「なるほど。こちらに向かってくるようだわ。ここに落としましょう」とタイミングを図ったのだが。
「違いますやめてくださいってば! あれはわたしの先輩です、魔法院の魔法使いです!」
「え」
「魔獣を使役して使っているテイマーです! ほら、連絡用のブルーイーグルで手紙を運んできましたよね、ヨーダライトさんです」
「あ……そういえば、喋る鷲が来たことがあったわ」
「その鷲の使い手です。人が乗れる魔獣もテイムしているんです」
「あら、そうなのね。あの鳥はちょっとわたしに失礼だった気がするわ」
ものすごくビビられて、傷ついちゃったんだから。
目を凝らすと、かなりの速さで近づいてくるそれは翼の生えた虎の魔物だった。うーん、ファンタジー!




