2-1 真冬の打ち上げ花火?
密書を読み終えたわたしは、目をつぶって心を落ち着けた。幸い、と言っていいのかどうかわからないけれど、生け贄を使う段階はもう済んで、今は怪物の身体ができあがり動き始めるのを待っている段階らしい。
けれどわたしは、子どもたちを含めて、無念の死を遂げたアフルマール国の人たちの敵を打たなければならない。こんなに事件が起きた原因の一端は、わたしにもあると思うからだ。
「シャロン、王都魔法院の魔法使いであるルデル先生にこのことを知らせて、魔法院に協力を仰ごうと思う」
「当然ね」
「魔法使い経由で、兄上にも知らせる。その方が速いからな」
兄上というのはもちろん、レオナルド国王陛下だ。
ダリル様はルデル先生を呼び出すと、事情を説明した。
「了解しました。帝国の前皇族は、記録に残らないおぞましい魔法の数々を固有魔法として身につけていたといいます。まさか、アルテラ前王妃に続いて希少な魔法に再びお目にかかれるとは……ぜんっぜん嬉しくありませんね!」
いや、実はちょっと嬉しいんでしょ?
突っ込みそうになるのをぐっとこらえる。
彼女は青い顔をしながらも、初めての魔法への好奇心が隠せない様子だ。さすがは魔法院の魔法使いだけある。怯えて動けなくなるよりずっと頼もしくていいと思う。
ルデル先生はもちろん、非常事態の行動の仕方もしっかりと身につけていた。
「それではセイバート辺境伯、すぐに信号弾を打ち上げて王都の魔法院に連絡してよろしいですね?」
「もちろんだ」
「信号弾ですって? そんな便利なものがあるの?」
辺境伯であるダリル様はご存じだった。
「有事への備えのひとつで、離れた場所から瞬時に連絡ができる優れた魔法のひとつだ。使える者が少ないのが残念だがな」
一般には知られていないけれど、上空に放つと遥か遠く離れた魔法院の受信魔導具が感知するという、打ち上げ花火に似た特殊な魔法があるのだそうだ。
もちろん花火とは違い、国の存続に関わるような緊急時にしか用いてはならない、非常ベルのような魔法である。
「魔力をたくさん使うんですよ。わたしも実際に使うのは初めてなんです」
先生ったら初めて使う魔法にわくわくしているわね。さすがは魔法院の魔法馬鹿でいらっしゃる。
ダリル様は「では、早急に頼む」とルデル先生に許可を出した。
「奥様、この魔法を使うとわたしはその後、ほぼ一日中寝込んで動けなくなります。ミリアムのことをお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんよ。あなたの身の回りの世話はセシリーにさせて、ミリアムはマイラと共にわたしが面倒をみます。安心して倒れなさい」
控えているドナに「シャロン様、言い方!」と突っ込まれたが、ルデル先生はくすっと笑って「はい、安心して倒れますね」と応えた。
せっかくなので、わたしとジェレミー、そしてミリアムもこの大魔法を見学させてもらうことになった。
転んでもただでは起きないセイバート家なのです。
先生が倒れた時の救助班として、セシリーとドナとミミルカが控えている。
ルデル先生は、王都から持参したとても大きな魔石が嵌め込まれた杖を掲げて、呪文を詠唱する。
「『空駆ける幻の牙よ 囁く葉鳴りと 噴き上がる光』」
濃密な魔力の塊が、杖にまとわりつき、粘りながら蠢きルデル先生の身体を飲み込む。ジェレミーも、魔法の勉強を始めたミリアムも、魔力が検知できるので、拳を口に当てて叫ばないようにしながらじっと、暴力的なまでに凝縮された魔力を見つめた。
……なんだか水飴が食べたくなっちゃったわ。
魔力の見た目が割り箸でこねこねするアレにそっくりなんだもん。
先生は左手に杖を持ち、右手の人差し指を水飴状の魔力に突っ込んで、ピアノを弾くように動かしてから詠唱の続きを唱えた。
「『滅びゆく影と裏切りの陽光!』」
杖の先端で巨大な球になってから、一際大きく震えた魔力が、天へと打ち上がった。
そして、赤、青、黄、緑、紫、橙と色を変えながら、花火のように天空を彩る。
真昼間なのに、ずいぶんとよく見える花火だ。
そして、この色はそれぞれ違った波動を持ち、暗号になっていて、王都の魔法院に置かれた魔道具がその内容を解析するとのことである。
「……成功、した」
そう呟くと、ルデル先生は失神して、素早く走り寄ったセシリー、ドナ、ミミルカに受け止められた。
エリート魔法使いが倒れるほどの大魔法だったわけだ。これはなかなか良いものを見られた。
「シャロン様、なにを満足そうな顔をしてるんですか。ちょっと部屋に寝かせてきますね」
わたしはルデル先生の手から離れて倒れそうになった杖を持ち、これはいい杖ねえ、欲しいわぁ、などと思いながら「ええ」と頷いた。
「それ、取っちゃ駄目ですよ」
「ドナ、さすがにそんなことはしないわ。同じものをダリル様にねだるだけよ」
わたしはおほほほと高笑いした。
今ダリル様がくしゃみをしていたら、わたしのせいね。
「おくしゃま、テレサおばさまはおひるねしちゃったのですか?」
ミリアムの鮮やかなグリーンの瞳の中に不安を見て取ったわたしは、しゃがんで小さな肩を抱きしめた。
「そうよ。大魔法を放ってお疲れなのよ。すごかったわねえ、叔母様の魔法、綺麗で楽しかったわね! ミリアムも大きくなったら、アレをできるように練習して、わたしに見せてね」
楽しそうなわたしの言葉に、ミリアムはホッとしたように笑って「はい、おくしゃまにみせます。すごくすごくきれいでおおきいのができるように、がんばります」と良い子のお約束をしてくれた。
「それでは今日はみんなで一緒に遊んで、ルデル先生が起きるのを待ちましょうね」
わたしは立ち上がると、かまって欲しそうにわたしを見上げたジェレミーの頭をくりくり撫でて笑わせてから、そう言った。
「いっしょにあそぶの?」
ミリアムは、ジェレミーと顔を見合わせた。
そして、ふたりそろって両手をあげて「わーい!」と喜んだ。それから、さっきの魔法の物真似を「どーん!」「きらきらー」と始めて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
だから、こいつら、可愛すぎやん!
上品に微笑むわたしの中で、謎の関西人と東北人が、両手に扇子を持って『めんこいのう』『めんこいがな』『あそれ、めんこいのう』『めんこいがな』と怪しく踊り出した。
「おかしゃま、あのね」
夜、ジェレミーとミリアムを並べてベッドに入れてお話を聴かせてから、お布団をとんとんしていると、なかば寝ぼけた天使ちゃんが言った。
ちなみにミリアムちゃんは、お話の途中からすぴーすぴーと寝息をたてて寝ています。テレサ・ルデル先生も、気絶から目覚めたもののまだ起き上がれなくて、ベッドで再びすぴーすぴーと寝ているらしいです。
お着替えを手伝ってくれたドナは、ミリアムのとんとん係なので、手が空いた今は自分もベッドに潜り込みたそうに端に腰を下ろしている。
「きょうね、ミリアムがおもしろかったよ」
たくさんの人と会話をするようになり、年齢の割にはたどたどしく愛らしい喋り方をしていたジェレミーも、かなりお口が上達してきた。
「ぼくね、いきおいをつけすぎてころんじゃって、ひざをいたくしたの。でも、ミリアムがいたいのがなくなるおまじないをしたらなおったんだよ。ちょっとちがでてたのに、けががきえちゃったんだ……おもしろかった……」
「え?」
マイラから、地面を出してあるところでの外遊び中に、転んでしまったことは報告を受けていたけれど……。
ケガが消えた、ですって?
すうっ、とジェレミーが眠りの国に引き込まれて行った。
わたしはとんとんすることも忘れて、ジェレミーとミリアムの子どもらしいピンク色のほっぺたにしばし見惚れてから我に返った。
「ミリアムがケガを治療したってこと? 光魔法が発動した……嘘でしょう、まだ三つなのに」
フルグラの話の中で、光魔法を使える者はとても少ない。
だから、側にいたはずのマイラも魔法が使われたことに気がつかなかったのだろう。
光の乙女ミリアムは、ジェレミーとの戦いの時に、治癒魔法や体力回復魔法、防御魔法に結界といった強い魔法を数々繰り出して、悪の魔王と化したジェレミーから世界を守ったのだ。
でも、ミリアムが光魔法が使えるとわかったのは十代も半ばになった時のはずだ。子どもを助けようとしたとかそんなきっかけで発動し、孤児院で暮らしていたミリアムは、それを知った貴族家に引き取られて学園に通うことになり、あのストーリーが始まったのに。
「本来ならミリアムは孤児院育ちなのよね。ルデル先生はどうしていたのかな? 元気なら王都でミリアムを引き取って暮らしていたと思うから、なにかあった可能性が高いわね」
ストーリーが変わって、今のふたりはこんなにも仲良しだ。とても敵対しそうにない。
もしかすると、ジェレミーが悪の道に堕ちないから、その代わりに帝国の残党が悪役になって世界の危機が起きたのかしら?
教えて、ジャクリーヌさん!
情報プリーズ!
いったいなにがどうなってしまったの?
その瞬間、わたしは真っ白な空間に飛ばされていた。
「ええっ、これはもしかして、ジャクリーヌさんの仕業なの?」
「柚月さま、あまり時間がございません!」
彼女はとても早口で、わたしに向かってまくしたてた……。
「シャロン様? 立ったまま寝てるんですか?」
ドナの声で我に返る。
「……起きてるわよ。なにがどうなっても、わたしはジェレミーを幸せにするために全力を尽くすだけだわ」
口元に笑みを浮かべてすやすや眠る小さな男の子の寝顔を見ながら、呟いた。そんなわたしを、いつも側に控えているドナが、珍しく難しい表情で見ていた。
「シャロン様、ちょっと聞いてもいいですか? 今の光魔法がうんぬんっていうのは……」
わたしは人差し指を口の前で立てて「しーっ」と言って、ドナを黙らせた。
「場所を変えましょうか」




