1-12 悪役とヒロイン
突然の両親の死、そして辺境の地への移動と環境が急変した幼いミリアムだったが、少しずつセイバート家での生活に慣れてきた。
姉を亡くしたテレサ・ルデル先生の方は、まだ深い悲しみの中にいるようだが、ジェレミーを教えるのとミリアムの世話をするのとで忙しいため、塞ぎ込む余裕がなさそうだ。
「おふたりとも思いきり泣けたのがよかったみたいですね。特にミリアムさんは、我慢し過ぎていた様子でしたから心配でした。来た時には震えるだけのお人形さんみたいになっていましたよね、とてもお可哀想でしたわ」
ミミルカが言った。有能で優しい侍女は、ルデル先生とミリアムのことが気になって、観察していたらしい。
ドナが「やっぱり人を泣かすことにかけては、シャロン様の右に出る者はいないっすねー」と、褒めているんだから貶しているんだかわからない口調で言って笑った。わたしも「そうでしょう、ドナも見習うがいいわ」と上から目線で返してやった。
「でも、本気の話、あのちびっ子は泣くことを覚えて急に元気になりましたよね」
わたしの胸で一度思いきり泣いたものだから、ミリアムは泣きたくなると「おくしゃまー、おねがいしますなの」と目をうるうるさせてわたしに近寄ってくるようになった。
テレサ・ルデル先生のところに行かないのは、姉を失ったルデル先生もまた精神的に不安定な状態で、ミリアムをがっつり受け止めるパワーがないことに気づいているからかもしれない。ヒロインだけあって、勘のいい子どもだ。
わたしの方も手慣れたもので、ドナがどこからか取り出したふわふわの布を「ほい」と差し出すのでそれを胸元にかけると、わたしは「あらまあ、小さなお嬢さん、いらっしゃいな」とミリアムを抱っこをする。
そうやってわたしにしがみついて両親を思い出し、思う存分泣いたら、ミリアムは顔をあげて「えへへ」と恥ずかしそうに笑って、元気にとことこと駆け出すのだ。
やだもう、可愛い。
ちなみにジェレミーは、号泣するミリアムが心配なのと、わたしの抱っこを取られてしまったショックとで、唇を結んで小さな拳をぷるぷるさせながら、内心の葛藤に耐えて待っている。で、ミリアムが泣き止むと、ちゃんとおててを繋いでとことこと駆け出す。
うむう、優しいジェレミーが可愛過ぎて辛い!
「ジェレミーぼっちゃま、あそべるー?」
「あそべるよー!」
無邪気で子どもらしいふたりは、すぐに仲良くなった。
黒髪坊やとピンク髪幼女が可愛らしく手を繋いでいる姿を見て、屋敷の者はみんなでほっこりする。寒い冬なのにハートはほこほこだ。
ふたりとも三歳だけど、女の子は発育がいいためミリアムの方が少しだけ背が高い。時折りジェレミーが自分は小さな紳士であることを思い出すらしく、懸命にエスコートらしきことを始める姿もまた愛らしい。
最初のうちは、突然現れた女の子に「まさか、ぼくのおかしゃまがとられちゃうの?」と警戒していたジェレミーだけど、ミリアムが両親を亡くしたことを説明すると衝撃を受けて「ぼく、ぼくね、すこしならおかしゃまをとられてもがまんできるの」と、キリッとした顔で言ってくれた。
わたしはもちろん、全力で抱っこしながら「ジェレミーのお母様はなにがあっても誰にも取られませんよ。ジェレミーは可愛くて優しくて大好きな世界一の男の子ですもの、いつまでも一番好きよ」とほっぺにキスをした。
「ねえ、この地方の冬はいつまで続くの? 全然暖かくなる気配が感じられないんだけど」
執務室の窓から、遠くの山々を見る。
セイバート領の冬は厳しくて長いと、書物からの知識で知っていたけれど、それにしてもなかなか春の訪れの兆しが見られない。雪は降らなくなってきたものの、山の上には重い雲がかかっているし、気温が上がる様子もない。
ダリル様に尋ねると「今年は例年よりも春の訪れが遅れているようだ。だが、以前にもこのような冬はあったと思う」と教えてくれた。
「結婚式が楽しみ過ぎて、余計に冬が長く感じてしまう。困ったな」
「わたしもよ」
彼にぎゅっと抱きしめられた。
「本当に、美しいあなたの花嫁姿を見るのが待ちきれないのだが」
「素敵なドレスを作ったから、楽しみにしていてね。それまでは、いい子で待っているのよ」
ダリル様はため息をつくと、色っぽい視線でわたしを見た。
「わたしを手玉に取れるのは、この世であなただけだ。あなたにだけは逆らえないことを知っているのだな……」
にっこり笑ってダリル様の頬を軽くつまむ。
「ところで、ジェレミーの魔法のことなんだけど」
ルデル先生の授業が始まっていて、ミリアムにも一緒に受けさせている。そこで意外なことがわかったのだ。
「ああ、報告書を読んだ。だが、よくわからないところがあって……ジェレミーにはかなりの魔力があるのだろう?」
ダリル様はさりげなくエスコートしてわたしをソファーに座らせた。そして、壁際で「ちゅーしちゃえばいいのにー、もっとがんばれー」と不穏な応援をするドナに向かって「気持ちだけは受け取っておく」と頷いてみせてから、彼も隣に腰かけた。
「そうなの、あの子の魔力は魔法院の魔法使いに匹敵するレベルよ。それに、特別な、とてもユニークな魔法使いになりそうだわ」
「どういうことだ?」
『フルール・ド・グラス』の話では、青年になったジェレミーは黒い稲光のようなものを操る危険な魔法使いに育っていた。確か『闇の響き』とかいう特有の波動を持つ魔力を持っていたのよね。いかにも悪役っぽいでしょ。
けれど、今の天使のようなジェレミーの魔力はまったく違う。
魔法使いにはそれぞれ得意な魔法があって、大きく火、風、水、土の四つに分けられる。ちなみにわたしは水系である。地球での知識を持つためにその恩恵を受けて、魔力量はそれほどでもないのにも関わらず、空気中の水分を集めたり、温度を操作したり、形を変えたりすることが得意だ。
先日、恐ろしい大蛇に変身したアルテラ王妃を倒すためには、この温度操作魔法がとても役に立った。
その他に、この分類に関係なく純粋に魔力を使う者もいる。剣に魔力を帯びさせて攻撃する、魔法剣士のダリル様はそっちのタイプだ。
そしてジェレミーは、どういうわけだか得意な魔法が土魔法なのだ。まだ勉強を始めたばかりなので、今できるのは地面をもこっと掘り返すこと。殺傷力のさの字もない、平和な魔法だ。熟練度が増すと、広範囲の土を掘り返したり、固めて強靭な壁を作ったり、深い穴を瞬時に掘ったり、といった感じで便利に使える。
それにしても、庭にしゃがみ込んで、地面をちっちゃく『もこっ』とさせてから嬉しそうに笑うジェレミーの可愛さといったら! もぐらの妖精ちゃんかしら!
そして、あの子の特別な点は他にもある。
「ジェレミーには、他者の能力を増幅させる力があるようなの。ルデル先生によると、そんな魔法を使える者はとても珍しくて、文献で読んだことがあるけれど実際に目にしたことはないんですって」
新たな現象を起こすのではなく、誰かの後押しをする魔法。
それが、天使のように愛らしく無垢なジェレミーが新たに授かった特別な魔法なのだ。幸いなことに、『闇の響き』が発動する兆候はまったくない。
ということはお話に出てきた、世界を滅ぼす魔王と呼ばれる青年には、ジェレミーは、絶対、ならないということよね?
「他者の能力を増幅というと、力が増すとかそのようなものか?」
「それもあると思うけれど、まだ検証していないの。そのうち騎士団に協力してもらいましょう。それから、効果の大きさを考えると、魔法を使った時がすごいわ」
この前、街に雪かきとスケートリンクの整備に行ったのよね。もちろんスコップ片手の作業ではなくて、わたしの魔法を使っての雪かきよ。
その時に、ジェレミーが「おかしゃまがんばれー」と応援してくれて、同時に魔力がほわほわっとわたしを包んだのだけれど、なんとわたしは普段の五倍くらいある雪をごそっと持ち上げてしまったのよ。
「ジェレミーは驚いていたけれど、その魔力のリンクというのかしら? わたしたちの間の結びつきは途切れることがなくて、そのまま効果が続いたわ。もちろん、ジェレミーに負担がかからないようにルデル先生が観察し続けてくれたから大丈夫。増幅魔法はとても少ない魔力で発動するし、維持にもわずかな魔力しか使わないんですって。ジェレミーの場合は使う量よりも自然回復する量が多くなるとのことよ」
「それは、とんでもない魔法だな。それに指揮官向きだと言える。突出した力を持つ騎士がひとりいるよりも、騎士団全体の戦力が増強された方が良い場合が多いだろう」
「集団戦ってそういうものよね」
ジェレミーは、上に立つ者のための魔法を使えるのだ。そして、セイバート領を治めて国を守っていく。たくさんの仲間や愛する人たちに囲まれて。
それはきっと、『フルール・ド・グラス』のジェレミーが手に入れることができなかった、温かくて美しい夢だろう。
わたしは挿絵のジェレミー青年の暗い瞳を思い出して、胸が痛くなった。
(ここのジェレミーを救ったら、あなたの苦しみもなくなるの?)




