1-11 ヒロインのいる生活
わたしは帰宅したダリル様に状況を説明して、ミリアムをこの屋敷に入れてもらえるように頼んだ。
「ルデル先生に用意した部屋はふた部屋続きで広い寝室もあるから、ふたりが暮らすのに支障はないわ。セシリーの話によると、ミリアムは両親を失ったショックで塞ぎ込んではいるものの、悪い子ではなさそうよ。ちょうどジェレミーと同い年だから、遊び相手にもいいんじゃないかしら?」
「ルデル先生の身内なら、身元は確かだと思うが」
「ええ。のどかな農村の出身だというから貴族の紐付きでもないし、ゆくゆくはうちの領民にしてしまうのもいいと思うわ。わたし、あの子にも魔法の才能があるんじゃないかと思うのよ」
「そうか。シャロンは勘が鋭いからな、ありえると思う」
ストーリー通りなら、将来は貴重な光魔法の使い手になる。今から恩を売って手懐けておけば、ジェレミーの敵にならずに済むし、むしろ有能な側仕えになりそうだ。
ミリアムにだって利点がある。唯一の身内であるルデル先生と離され、打算で貴族に引き取られるよりも、のどかな辺境の地で育つ方がいいと思う。
もちろん、ヒロインの存在がジェレミーのためにならないとわかれば、さっくりと追い出すつもりだけれどね。
ちょっと冷たいかしら?
でも、あの物語の中では、うちの可愛いジェレミーは、せっかくイケメンに育って青春真っ盛りという時期にミリアム一派に倒されちゃうのよ。言うならばあの幼女は運命の宿敵なんだからね、油断できやしないわ。それを懐に入れてあげようと考えるわたしって、ものすごく優しいと思うの。
ま、フルグラのジェレミーは、恨みや憎しみに凝り固まった闇よりいでし暗黒魔法使い(笑)だったし、お話の終わりには世界を滅ぼそうとする悪の魔王みたいになっちゃったから、仕方がないっちゃ仕方ないけどね!
「いざとなったら、わたしが責任をもって処分するから安心してね」
低い声で言いながら微笑むわたしを見たダリル様が「おい、怖いんだが!」と叫んだ。
しまった、またダリル様をビビらせてしまったわ。
顔面のマッサージ、もみもみ。
そのままにっこり笑いかけると、ダリル様はひとつ咳払いをして立ち直った。
「わかった、この件はシャロンに任せる」
「ありがとう」
これでミリアムをしっかりと調教しておけば、ジェレミーの敵はいなくなって未来が幸せなものに変わるはずよね、おほほほほ……ではなくて。
運命に翻弄される哀れな幼女に、しっかりした保育と教育を施して、自立できるだけの力をつけてやりましょう。それが大人としての使命なのです。
「シャロンは、本当に子どもが好きなのだな」
「ふふふ」
なんだかんだ言っても、わたしにとってミリアムは、やっぱり保護すべき子どもなのよね。
「子どもは国の宝物だと思うし、どの子も幸せになって欲しいと思っているのよ」
「そうか」
ダリル様は素早くわたしを抱きしめた。
「ちょっと、急になにをなさるの?」
温かい腕の中は居心地が良すぎる。
でも、まだまだ駄目よ。
「気が早ってしまってすまない。わたしたちの子が生まれたら、きっと可愛がって育てるのだろうなと考えたら、とても嬉しい気持ちになってしまったのだ」
「子ども? そ、それは、もちろんですけれど」
「結婚式が待ち遠しいな」
「はい、春が来れば式を挙げられますわね」
ダリル様の顔が接近した。
顔がいい。
じゃなくて!
「シャロン、唇に……いいか?」
思わず「待て」と言ってしまったわたしは悪くないと思う。
良い子のダリルくんは、誓いのキスまでは唇のお預けをできますよね!
翌朝、ルデル先生とミリアムが充分に休息を取り、なんとか朝食も口にしたという報告を受けたわたしは、先生の部屋のドアをノックした。
「わたしよ」
「奥様……」
ドアが開き、ミリアムにぴったりくっつかれながら立つ先生が力なく微笑んだ。
「おかげさまで、ゆっくりさせていただきました。ありがとうございます」
「それはよかったわ」
「どうぞ、お入りください」
ドナとミミルカを連れたわたしは部屋に入った。ワゴンを押してきた有能な侍女は「お茶をお淹れしますね」と手際良く仕度をしてくれる。
ソファーを勧められたので、腰をかけて切り出す。
ルデル先生は立ったままでわたしを見つめた。
「心配しているだろうから、本題から入るわね。ミリアムはこのまま、この部屋を使ってかまわないわ。ルデル先生がジェレミーの教師をしている間は屋敷に住むことを許します」
「ありがとうございます!」
ルデル先生はわたしに深く頭を下げると、「ああ、よかったわ」とミリアムの小さな頭を抱きしめた。ピンクの髪の女の子は、怯えた目でわたしを見ている。
「ハワード先生から勉強を学ぶことも許します。セシリーから淑女としての振る舞いも学ぶといいわ。あの子はしっかりしているから、侍女として貴族家で働けるレベルまで仕込んでくれるでしょう。セイバート家で預かるからには、ミリアムにはしっかりと学び育ってもらうつもりですよ。もちろん、魔法の勉強も進めるようにね」
「よろしいのですか?」
「貴族家で預かるというのはそういうことですよ。恥ずかしくない女性に育てます。ミリアム、お話の内容はわかるかしら?」
「……」
「口が聞けないの? 尋ねられたら、よく考えて返事をなさい。無言だと同意と受け取られてしまいますからね」
ミリアムはルデル先生を見上げた。彼女に「自分の言葉でいいから、お返事をしなさい」と言われたミリアムは、小さく頷いてからわたしを見た。
「むずかしくて、よくわからない」
「あなたはテレサ・ルデル先生とこの屋敷で暮らすのよ。たくさん食べて、運動もして、お勉強もしましょう」
「?」
「あなたのお父様とお母様が、天からあなたの姿を見て誇りに思えるような女性に育てます。ミリアム、励みなさい」
「おとうさんと、おかあさんが……みてるの?」
「ええ、いつも見ていますよ。そして、あなたが幸せになるようにと願っていらっしゃいます」
「それなら、わたし、がんばる」
「ええ、良い決意ですね」
わたしはソファーから立ち上がると、ミリアムの前にしゃがんだ。ルデル先生が驚いて「女神様、じゃなくて、奥様、膝をおつきになるなんて……」と狼狽えたが、すっと手を上げて制した。
「ここはあなたにとって安全な場所よ。怖いことが起きて大変だったわね。少しずつでいいから、ここの生活に慣れていきなさい」
ピンク色の髪を撫でる。
「綺麗な髪ね」
ミリアムはこくんと頷いて「おかあさんが、いつもあたまをなでて、いいいろのかみだってほめるの。おはなのいろだって。るでるおばさんとおそろいで、かわいいって」とたどたどしく説明してくれた。
それを聞いたルデル先生は、お姉様の愛情を思い出したのか、口元を押さえながら涙を流した。
「おばさん、ないてる」
「そうね。ミリアムは泣かないでいいのかしら?」
「なくと、こまるひとがいるから、なかない」
ルデル先生の涙を見て、悲しみを思い出したのか目にいっぱいの涙を溜めたミリアムは、もう一度「なかない」と言って、ポロリと一粒だけ涙を溢した。
「そう。わたしはミリアムが泣いても困らないわ」
この子は他人の感情に敏感なのだろう。泣くと周りの大人が困惑するからと、自分の気持ちを抑えてきたようだ。こんなにも小さいのに……不憫だ。
「子どもは元気に笑ったり泣いたりして育つの。だから、わたしはミリアムが泣いても全然困らないし、応援するわよ」
「おうえん……へんなの」
わたしは白くてふくふくしたほっぺを柔らかくつまみながら「泣きたいなら泣きなさい」と言った。するとミリアムは、口元を震わせてから、顔をくしゃくしゃにした。
「う、う、うわあああああああああああ」
わたしは号泣しながらしがみついてくるミリアムを抱き上げた。
「たくさん泣きなさい」
「おがあざあああああん、おどうざあああああん、うわああああああああああ」
見ると、嗚咽するルデル先生をドナが抱きしめている。やがて彼女も声を出して泣き始めた。
かわいそうに、ふたりとも途方に暮れて泣くこともできずに、ずっと悲しみを閉じ込めていたのだろう。
そのまま、泣き疲れてぐったりするまで、わたしとドナは背中をトントンしながらふたりの女の子を思いきり泣かせたのであった。




