転生後(男性)
ゼルデ共和国の第三都市ボルクス、神殿迷宮エリオンとヴァール海に挟まれている都市が、今の私の生活圏だ。
この国は識字率が高く、読書が一般的な趣味の一つとなっているのがありがたい。
実家は国内に数店舗を構える中堅の商家で、私はそこの次男ルドルフ・アンカウとして生活している。
この世界に生まれて18年、記憶が戻って10年ばかり。黒に近い茶髪に橙色に近い茶色の目と無難な色味で、中肉中背と群衆に埋没する見た目は気に入っている。顔立ちは整っている方だと思うけど、目を惹く程でもないのが良い。髪は短くしているが、くせっ毛なのであちこち跳ねているのはご愛敬。
実家の商会もそこそこ成功を収めており、なかなか満足の行く人生を歩めていると思う。
神殿迷宮には天使系と言われる翼ある魔物が多くいるらしく、仕込んだ魔法を飛ばせる魔投剣が武器の売れ筋。使いようによっては海の魔物にも効果的らしい。
『美しき魔投剣』と言う、しょーもねえキャッチコピーがついているが、私は悪くないと主張したい…いやなんか語呂でね、七色のモニョモニョ…のキャラを思い出しちゃってポロリと出た言葉を聞かれちゃったのが敗因で…そんなこともある。
あとは、女性冒険者の装備の貧弱さに腹を立てて色々開発(危険部位の露出低減とか、邪魔な胸部を適切に支えるとかそういうの)なんかもしたけど、大成功でウハウハみたいな事にはなってないし、まあそんなに目立たず生きられてるんじゃないかな、よきかなよきかな。
「また爺さんみたいな顔になってるぞ、ルディ」
「爺さんじゃないです~、商談は終わったのセディ兄?」
「あぁ、ソリュート伯爵とはお前の提案で合意した」
「良かった」
四歳年上の兄セドリックが、店舗側から事務室に戻って声をかけて来る。
背にかかるくらいの長さがある焦げ茶の髪を後ろで一つに括り、お客様対応用のちょっと良い服を着た兄はなかなかの美丈夫だと思う。ヘイゼル色の目は猫のようにつり上がっていて、愛嬌がある。
今日は数年前から懇意にしていただいている武功貴族との商談だったが、無事に終わったようで一安心。
「ついでに、毎度御馴染み『ルドルフを婿入りさせる気はないのか』って話はあったけど、いつも通り断っておいたぞ」
「助かる、ありがとう~、私を婿入りさせても旨味なんかないだろうに、伯爵も懲りないねえ」
「女性用防具の件がやはり大きいのだろうよ、娘さんは少し落ち着いたとは言うが」
娘さんなあ……防具優先して回して欲しかったらしく、私に色仕掛けしてきたが…その際に照れも下心も出さず『無』だった私の顔を見て息を呑んでた姿には、若干の申し訳なさがあった。
いや見事なお胸だったんだけどね…。開発した防具の使い心地が良かったなら開発者冥利に尽きるとこもあったんだけども。
だからと言って、突然興味が出るもんでもない…。
「るでぃおじさまは、おんなごころがわからないのですよ」
「うーん辛辣だねデイジー」
否定はできないが、多分そういう意味では男心もわからないんだごめんな。
色と恋に反応する心を持ち合わせてないから、人として失礼のない程度の対応を心がけてるけど、足りないと言われたら謝罪しかできない。
辛辣な言葉をかけてくる幼い君は、私の姪のデイジー。兄の娘で、栗色に波打つ髪と海のような青い目を持つ今年四歳かわいい盛りのお嬢さんだ。兄に似たつり目でこちらを見上げて来る姿がかわいくて笑み崩れてしまう。
義姉は現在妊娠中なので、妹か弟ができるとはりきるお姉ちゃんでもある。かわいい。
「とはいえ、まあ言ってる事は間違いではないよ、私は君のお父さんのように女性と懇ろになる才能はないので」
「おい人を女タラシみたいに言うんじゃない」
「おっと失礼、セディ兄は女性だけじゃなくて男性もタラす人たらしでしたね」
商才に溢れているとも言う。
人脈の作り方がうまいとか、人を見る目があるとか…そういうのもあるんだろうけど、味方をつくるのが上手い人だと思ってる。
「私はいいとこお前の風除けだよルディ」
「はっはっは、ご謙遜を」
「まあ、独立すれば嫌でも理解するさ」
「独立じゃなくて支店の一つを好きにさせてもらうだけだし、そっちでやるのは試作品のお試し販売だけだよ」
近々、少し遠くのダンジョン街にある店舗の支店長として引っ越す事が決まっている。
小さな店舗だから店長の私一人で回せる規模で、住居一体。でも定番商品はここと同じ物しか置かないし、試作品を置いて売り物になるかどうかのモニタリングをする予定ではあるけど、実施は不定期だし、使えるモノができるかどうかもわからない。
完成品は本店であるここから販売開始になるわけだし、関連する商談は兄任せの予定だ。
のらりくらりと好きな事だけやって生きていけるんじゃないですかねこれは。
なんて、思ってた時期もありました。
そこから五年後、魔王が復活したとの報せが世界を駆け巡った。
魔界と人間界の境界が破られそうになっているとか、その境にあった国に世界中から猛者が集められてるとか、刻一刻と緊迫感が高まっていく。
境界のほころびから強い魔物が湧いて来るとか、ほころびから魔界に行った人間がいるとか、様々な情報の中、魔王が境界近くで軍を編成していると言う話がまことしやかに流れ始め、世界が魔界との戦争に向けて動き始めたのは、それから程なくしての事だった。
どういう事だよと思う間もなく、混乱の中で各地への支援に従事していた兄夫妻が行方不明になったとの報せが届く。
なんで商会トップが動いてんだと悪態をつきながら、支店を弟子に任せて本店に戻れば、幼い姉妹に取り入ろうとするハイエナが群がっている真っ最中だった。私達の両親である先代会長夫妻も向かっていたが、単身の私の方が先に到着できたようだ。
古参の番頭と一緒にハイエナを退けようとするデイジーに感動しつつ、伝手を使いまくってハイエナを撃退した私は、会長代理として兄夫妻の帰還を待つことに決めた。デイジーとその妹のマーガレットの面倒も私が責任を持って見る。少し経ってから到着した両親も一旦私達と一緒に生活する事になった。
そんな怒涛のイベントを先日一通り対応し終えて、自室で一息ついてたわけだが。
おい、魔王いない世界で希望だしただろ私?
と、向ける先のない怒りを覚えた…と同時にタイミングよく懐かしいような懐かしくないような白スーツが目の前に現れた。
『お久しぶりです~、説明忘れてた事があったので、補足しに来ました』
「よく来たな、ぶぶ漬け食べるか?」
『前世ジョークやめてくださいよお、すぐ帰りますんで』
「通じるんだ」
『まあ一応?』
いい笑顔を向けた自覚はある。しかし泣き真似で流されるならもうちょっと強く出ても良かったかも知れない。
とは言え、説明をしに来たと言うのだから聞かずに帰すつもりもない。
とりあえず踏み台にクッションを引いて座らせる。他に座れるとこがベッドしかないので許されたい。
「それで? 補足ってのは魔王の事かな?」
『そうですね、この世界は魔王倒さないと滅びる世界です』
「しれっと言うな、魔王のいない世界希望しただろ」
『そうですね、でも”永続的に”魔王がいない世界、とは指定されなかったもので』
いい笑顔を返された。そう来たか…悔しいが確かにそこまで指定した記憶はない。
まあもうコイツに会った時の事は大分曖昧になっているし、書面で交わした約束でもないからなあ。
「けど、私の安穏と暮らしたいと言う要望からしたら、この世界の現状とかは随分外れるから、神殿とかでお祈りする時になんか約束と違うんですけどってあちこちで文句言おうかな」
『あはは、そんな事したって無駄ですよ、アナタはもうこの世界で生きてくしかないんですから』
「無駄かも知れないけど、ずっと文句言ってたらどっかに届くかもしれないし、まあそうでなくても誰かに愚痴を話せるわけでもないから内心でぶちぶち言うくらいは許容範囲だろ?」
一旦ひっこめた笑顔を復活させてそう返せば、白スーツの笑顔が少し揺れた。
全くどこにも届かないわけではなさそうだ。
「あとは死んだ後に苦情入れる」
『あっそれはやめてくださいおねがいします』
なるほどこれが一番効くようだ。笑顔が引き攣った白スーツにほくそ笑む。がんばって覚えとこ。
『でも、アナタがどこで何を言おうとも、魔王がいなかった事にはなりませんから』
「チッ…なんとかならないのか?」
『魔王が倒されるまでにはまだ時間がかかりますから…それに、武器防具を取り扱う商会としては悪い事ばかりじゃないでしょう? なんでそんなに嫌がるんです?』
世界単位でのイベントだと思えば良いじゃないですかと言わんばかりに軽い白スーツに腹が立つ。
確かに、商会の武器防具や医薬品系の売れ行きは上がっている、様々な物価も上がっているが、それらを問題にしなくていいくらいには儲かっている。
けど、そう言う事じゃない。
「平和じゃないと、まともな娯楽が死ぬからだよ」
駆け引きでなんとかなる争いならともかく、今の世界が向かっているのは、人の世界と魔物の世界の全面戦争だ。
戦いに資源が投入されれば、他に回る資源が減る。人の命でさえ消耗品になる。
戦いを口実に、弱いモノを食い物にする外道も増える。良い事なんか何もない。
負ければ人類滅亡の危機だが、勝っても得るモノがない戦争なんかに、何もかもを注ぎ込まれるのは我慢がならない。
「魔王は倒されるんだな? どのくらい先だ」
『具体的にはわかりませんけど、十年単位の時間はかかりますよ』
「長えわ! その魔王が倒せる準備ができるまで、ほころびかけてる境界を封印とかできないのか…」
『できますよ』
しれっと白スーツが肯定した言葉が、脳に届くまでに時間を要した。
時間をかけて、放たれたワンフレーズを理解した後、思わず白スーツの襟首を掴んでいた。
「できるんならやれよ…?????」
『やだなあ、できるのはアナタですよお、わたしに凄まれてもこまりますぅ』
「あー…?」
『厳密には封印ではなくて、ほころびの防御を上げる感じですけど』
お前は何を言っているんだ…の気持ちで引き寄せたままの白スーツを見る。
どうでもいいけどこのスーツ、生地ものすごくすべすべだな。
『アナタに最後におまけでつけたスキルあったじゃないですか』
「ん…? そう言えばそんなのあったな」
危機察知は要望で出したから記憶にあったし、便利なスキルとして使ってるわけだが。
おまけでつけられた防御系スキルとやらはすっかり失念してたな…結局何のスキルだったんだ、今とか起動してる?
冒険者なら定期的にスキルの確認とかするけど、商家の次男坊なんかそんな確認をする必要もない、自覚してないスキルとか目に見える形で発動しないなら気にもかけない。
『防御系の最上位スキル”絶対防御”です、基本的には自動で発動しますが、対象を決めて使う事もできます
大きなほころびができてる領域をカバーできる範囲で発生させれば、すぐに境界を破られるのは防げるでしょうね』
慌てて鑑定道具でスキルを確認した所、確かに白スーツの言うような効果があるようだ。
広範囲まで広げるのと、持続させる為の魔力供給がネックになるが、そこさえどうにかなれば魔界の軍勢との全面対決を避ける事ができるのではないだろうか。
全面対決にもつれこむ前に魔王が倒されるのがベストだ。無理でも時間が稼げるなら被害の拡大は防げるだろう。
で、あれば、後はどうやってこのスキルを私から離れた所で、私と無関係なまま良い様に使わせるかを考えればいい。
『いや自分でやればいいじゃないですか、英雄になりましょうよ』
「断固拒否する」
なあに、この五年で商会の規模も広がったし、資金もある。
各方面の人脈もそれなりにある。
有名冒険者とか、お貴族様とかから根回ししてけばいけるだろ。
おっと、その前にこの街で実際に防御がどのくらい効くのか確認するのが先か。
急いてはいけない、しかし可能な限り迅速に。
「なってやろうじゃないか、ル〇マンに…!」
『アナタくらいの年齢の時は冒険者だったんじゃないんですかル〇マンさん』
「知らん!」
街の守りとかにも一家言ある、商業で成功した富豪の認識しかなかった。そうなの?
いや、そうだったとしても私がそれに倣う必要はない、ゴールが同じなら良いのだ。
『あ、それともプロポーズされたい願望が?』
「いや、プレイヤーキャラがル〇マンに話かけに行くのは、これこのままプロポーズのターンなの? 教えてル〇マンさん! て感じであってプロポーズじゃないだろ」
いやプロポーズじゃないです! てプレイ中につっこんだのを思い出してつい真面目に返してしまった。プロポーズじゃないんです…。
自分では絶対にやらないイベント目白押しだったなあのゲームとかちょっと遠い目をしてしまったけど、そんな場合ではない。
ある程度方向性は見えて来たから、両親と作戦会議してから動き始めよう。両親と兄には転生の話してあるんだよね、一応。
***
その後、店に来た怪しい老人から売りつけられたんですの体をとって、スキルの力を込めた石と稼働用の魔石をセットにした結界灯を国の研究所に送りつけた。結界”灯”なのは、稼働している間は魔石が光るから。光が消えたら魔石を交換できるようになっていて、交換すれば最初に設定した防御膜が稼働しなおすという仕組みになっている。
スキルの力を込める石は、魔灯剣の時に作った仕組みが転用できた。魔法とほぼ同じ扱いでいけるようだ。
合わせて、有用そうなので私の責任で街の外壁に試してみたいんですの許可を取って実証実験。実験では結界灯を仕込んだ壁の近辺は、壁より手前で魔物が弾かれるのを確認。
有用そうなのが確認できてからは早かった、優秀な研究所の皆様は、同等の仕組みを作り防御系のスキルや魔法を封じる事に成功。
あれよあれよと言う間に境界の守りを固めてくれた。最初に境界エリアのほころびが目立つ所に重点的に結界を作り、それでほころびの広がりを防いでいる内に境界エリアをぐるっと囲む壁を作成、壁に続々と製造される結界灯を仕込み、うまいこと拡大しようとしているほころび全体を覆う仕組みを作り上げた。人間ってすごいねえ。
こっそり絶対防御を仕込んだ石を提供したりしたけど、絶対防御も私固有のスキルとかではないので、希少スキル・魔法持ちの人間が匿名で協力の形で納得されている。なんかすごい魔法が仕込まれた石とかも提供されたらしい。
最初のごたごたから三年も経った頃には、ほころびに敷いた結界も安定し、世界も落ち着きを見せていた。
とは言え、魔王がいなくなったわけではない。境界以外にほころびを作る方法もあるかも知れない、と言う懸念もある以上、各国と傭兵や冒険者の団体は協力して防御と迎撃の体制を強化していたそうだ。
私も、絶対防御が数回発動する防具とか作って流通させたりした。
そこから更に七年程して、私にとっての最大の転機が訪れた。
そう……マーガレットへの求婚者が現れたのだ。一大事ですよ?
父の敵を討つために旅をしていると言う青年に、無理難題に近い試練を与えたり、それを乗り越えられた後も色々あったけど最終的に結婚を祝福したり、悔しいけど旅のサポートをしたりした結果、なんか彼が魔界との和平にこぎつけたり、旅に同行したマーガレットが魔王の城で働いてた両親と再会したりとか様々な物語が発生したらしいが、そこらへんは美味しいとこまとめた物語が本にまとまったら読ませてもらおうと思う。
そんなわけで、私はまあまあ願った通りの世界で、そこそこ思った通りの人生を歩めているようだ。
これ以上の想定外が起きたら、死後にクレーム入れてやるぞの気持ちは忘れず、残りの人生も謳歌するつもりだ。
なべて世は事もなし。




