第8話 4月 入寮式 kana
佳奈 kana
「学園って山の中にあるの?」
坂道を見上げながら、あかりがため息混じりに言う。
「新たに山を切り開いて建設したらしい」
「うへえ」
わんぱく小僧みたいに、鼻の頭に小さなテープを貼った顔が、くしゃくしゃに歪んでいく。
あかりは疲れた様子で、だらだらと坂道を歩きだす。
気を紛らわせてやろうと、私は会話を続ける。
「この島ってさ、海から山が生えてる形をしているんだよ」
「いや、島って普通そうでしょ。ていうか、大陸だってなんだってみんなそうだし。もし、海の水がなかったら、陸地はみんな、巨大な山のてっぺんみたいなものなんだから」
あかりは、わかったようなことを言う。
私はなにも知らないあかりに、蓄えてきた知識を披露してみせる。
「学園は島の防災拠点にもなるから、高台に建設したんだってさ。この島では病院とか、大事な施設は、なんでも高いところにあるんだよ」
地球温暖化?
海水面の上昇?
なんだっけな。
私はパンフレットに書いてあった文言を思い出しながら歩く。
「校庭がヘリポートにもなるんだよ。かっこいいでしょ」
「かっこいいのってさあ、ヘリポートって単語の響きだけでしょ」
都会人ぶった冷めた目線であかりがコメントしてくる。
おしゃべりしながら歩いていると、坂の下からうぃーんとか、ふぃーんみたいな、間抜けだけど、近未来を思わせる音がした。
私とあかりは、おしゃべりを中断して、同時に振り返る。
学園行きって書かれた大きなバスが、あっという間に私たちの横を通り過ぎていった。
「バスあるんじゃん」
あかりが抗議の声をあげる。
「あれね、電動バスなんだよ。かっこよくない?」
「おい。おまえ、ごまかすな」
肩を叩こうとした手を華麗に避けて、私は走りだす。
「逃げるな、佳奈」
あかりが怒った顔で追いかけてくる。
私たちはそうやって、ときどき走ったりしながら、学園の女子寮に続く坂道をのぼっていくのだった。
◇
「もうはじまってるわよ」
女子寮に着くと、入口の受付にいた寮母さんと名乗る女性に声をかけられた。
いま私たちがいる中央棟の6F。
多目的室で入寮式をやっているから、すぐに行くよう促される。
「土足禁止よ」
あかりが靴のままあがろうとして注意されていた。
「学籍番号が貼ってあるロッカーに靴をしまってからあがりなさい」
「はあい」
私は寮母さんに返事をしながら靴を脱ぎ、寮内にあがって生徒手帳を取りだす。
同じように靴を脱いであがってきたあかりが、私の持っている旅行鞄のポケットを漁って、生徒手帳を抜き取っていった。
「これ返すわ」
ちょうどいいから旅行鞄を返そうとすると、
「重たいから持ってていいよ」
とか言うので、おいっと注意したら、ははっと笑って、あかりは自分のロッカーを探しはじめた。
しょうがないので、私も自分のロッカーを探す。
ふたりで靴をしまって、エレベーターに乗り、6Fを押す。
扉が閉まると、ふたりで顔を見合わせた。
「緊張するね」
私が声をかけると、あかりはふんって鼻で笑って、
「ぜんぜん、しないけど」
と言い放った。
「かわいくないやつ」
私が言うと、あかりはいたずらっぽい顔をして、「ばーか」って言い返してきた。
エレベーターの扉が開くと、あかりの顔がすんって澄まし顔に変わった。
よそ行きの顔だなって、私にはわかった。
おばあちゃんも、よくそういうふうに、器用に顔を使い分けるんだ。
◇
多目的室の入口に、人だかりができている。
新入生の父兄たちだ。
中からは、マイクに乗った女の人の声が聴こえる。
父兄たちの壁に、あかりがたじろぐ気配がした。
私は彼女の手を引いて、その壁をかき分けて進む。
室内に入り込むと、係の腕章をつけた上級生のお姉さんに手招きされた。
彼女の誘導に従って、ふたり並んで席につく。
整然と並べられたパイプ椅子に、新入生が並んで座っていた。
遅れてきたので、私たちはいちばん後ろの、はじっこの席に座る形になった。
「ご清聴いただき、ありがとうございました」
後ろから、父兄たちの拍手が聴こえた。
なんらかのお話が、ちょうど終わったところみたいだった。
「式典が終わりましたので、これよりガイダンスに移行します」
前方に立つ、先生らしいおとなの女性がそう言って、父兄たちに退場を促した。
ざわざわと足音や話し声が響く中、前のほうでは係の人たちが集まって、なにかを準備している様子がうかがえる。
ふと隣に座るあかりの顔を見ると、さっきの澄まし顔が、そのままそこにあった。
暇だからちょっかいだしてやろうか考えていると、マイクのスイッチを入れる音がしたので、私は前を向いた。
「これから、個人端末を配ります」
そう言って、係のお姉さんたちが、ひとり一台、スマホを配りはじめた。
「指示があるまで、勝手に触らないでね」
そう釘を刺されながら、スマホを受け取る。
学園から配られた冊子で読んだとおりだ。
冊子の文言では「端末」って書いてあるこのスマホが、学園からの連絡とか、部屋の鍵にもなるんだったっけな。
そんなことを思い出していると、あかりが物珍しそうにスマホを眺めているのが目に入った。
「スマホの操作方法わかる?」
あかりはスマホを持ったことないって言うから、教えてあげないとだめかなと思って、私は訊ねた。
「私を馬鹿にしてるでしょ」
「わかるんだ」
「おばあちゃんのスマホに入ってるゲーム、小さい頃よく遊んでたからね」
それ、ゲームやらせとけば静かにしてるからってやつだ。
私も小さい頃、おばあちゃんにやらされてたことある。
「学校のタブレットとかも、使ったことあるし」
「え、うちの学校、そんなのなかった」
「これだから田舎は」
私が舌打ちすると、あかりは満足そうに微笑んだ。
ふたりで話をしていると、機械音がして、プロジェクターのスクリーンが天井から下りてきた。
そこにスマホの画面らしきものが映し出される。
「まず、学園のアプリを起動してください」
私は言われたとおり、さくっとアプリを開いてみせる。
あかりも、問題なさそうだった。
アプリが開くと、インカメラが起動し、画面に自分の顔が映し出される。
ここに自分の顔を収めてくださいっていうメッセージとともに、丸い枠が表示されていた。
そこら中から、フライングしたらしいシャッター音が聴こえてくる。
「まだなにも言ってないですよう」
その音を聴いた先生らしき女性が半笑いで言う。
私も待ちきれないので、適当に自分の顔を撮って先に進んでみる。
「まずは自撮りです。その顔が証明写真の代わりになりますから、自信のあるいい顔を撮ってくださいね」
「えー」
私が声をあげると、そこら中から同じようにえーって声がした。
隣であかりが、ぷっと笑う。
「なんだこれ」
自撮りしようと、自分の顔を見たあかりが声をあげた。
鼻の頭に貼られたテープを指でなでている。
私がにやにやしていると、あかりが私を睨みつけた。
「早く撮りなよ」
私が言うと、むっとした顔で、あかりは自撮りしていた。
それから学園アプリの機能の解説や、操作の説明が続いて、やがて話題は女子寮のアプリの話に移行していった。




