第74話 3月 答辞 nanami
七海 nanami
どうも、こんにちは。
卒業生のみなさんのうんざりした顔を見るのも、今日で最後なのかあって思うと、なんだかさみしい気持ちです。
先日、私のかわいい後輩から、こんなことを言われました。
「七海先輩のような完璧超人に、いつか私もなりたいです」
私は驚きながらも、私って、そんなふうに思われているんだとうれしくもなりました。
『欠陥人間の間違いだろ』
野次、ありがとうございます。
卒業生のみなさんは、相変わらず、手厳しいですね。
あ、在校生のみなさん、びっくりしないでくださいね。
我々にとってはスキンシップみたいなもので、私にとっては、ご褒美みたいなものですから。
『気持ちよくなるな』
ありがとうございます。
この程度で気持ちよくなってちゃ、いけないですよね。
おっしゃるとおり、卒業生のみなさんは、私がいかに欠陥人間であるかをよくご存知だと思います。
勉強に関しては、クラスで真ん中にもぎりぎり届かない程度の、いいとも悪いとも言えない微妙な成績に甘んじてきましたし、運動なんてひどいものです。
『見苦しい息つぎをするな』
ありがとうございます。
懐かしいですね。
水泳の授業で、私が溺れていると勘違いした先生が、みんなに救助するように命じて、真剣に泳いでいる私のところに、たくさん人が集まってきた光景を、いまでも昨日のことのように思い出します。
そんなに見苦しかったですかね、私の息つぎ。
そんな凡夫にもほどがある私という人間が、なぜ初代寮長などという大役を仰せつかることになったのか、在校生のみなさんはご存知ないのではないかと思います。
『勝手に寮長を名乗るな』
ありがとうございます。
そうなんです。
私って、勝手に寮長を名乗りはじめた異常者なんですね。
えぇーっていう在校生のみなさんの悲鳴が聞こえて、胸に棘が刺さった気持ちです。
『反省しろ』
ありがとうございます。
今日は懺悔したいと思って、やってまいりました。
『負けないで』
ありがとうございます。
在校生のみなさんは、やっぱり人間的にできていますね。
うん。
ここで、卒業生のみなさんに黙られると、私もその一員として立つ瀬がないのですが、大丈夫なんでしょうか。
『おまえがなんとかしろ』
応援、ありがとうございます。
あれは忘れもしません。
この学園に来て、3か月ほどが過ぎた7月のことです。
いまでこそ、三学年揃った総勢216名が暮らすこの女子寮も、あの頃はまだ、72人の一年生しかおらず、それにも関わらず、私たちは、揉めごとばかりの毎日を過ごしていましたね。
ゴミ出しのやり方から、シャワールームや洗濯乾燥機の使い方、食堂やトイレなどの共用スペースの利用についても問題だらけでした。
72人だった私たちは、施設の快適な利用方法を巡って対立し、派閥を作り、自分たちの考えるやり方こそ正しいのだと主張し、反対派を攻撃するという事態にまで発展しはじめたのです。
要するに、著しく仲が悪かったんですね。
女子寮がそんな様子ですから、学校生活でもグループを作っては対立し、それはそれはひどい有様でした。
牧歌的な空気を醸し出していた男子たちからは、「なんで女子ってそんなことになってるの」って、真顔で疑問を呈されたほどです。
先生たちも呆れていましたね。
私が寮長を名乗りはじめたのは、そんなときでした。
私はみんなに、仲良くしてほしかったのです。
どの派閥にも肩入れせずに、中立を貫いていた私は、どの派閥の人とも仲良くしているつもりになって、その実、どの派閥の人間からも信用されていない、そんな人間だったと思います。
私には、みんな仲良くしてほしい、以外の意見などありませんでした。
要するに八方美人で、無理なお願いをしているだけの人間だったんです。
『私は嫌いじゃなかったぞ』
貴重なご意見、ありがとうございます。
そういうの、もっと早くほしかったです。
『調子に乗るな』
すみません。
確かに、あの頃の私は調子に乗っていたと思います。
私は、ほかの誰よりも、人の気持ちが理解できて、周囲のおとなよりも、ずっと世の中のことをわかっていて、矛盾や不正を即座に見抜く鋭い目を持っている。
固定観念に縛られず、柔軟な考え方ができ、なにをやっても最終的には成功を収めるに違いない、自分はそんな完璧超人だと、本気で思い込んでいたんです。
信じられない傲慢さですね、はい。
ここで黙られてしまうと、私がとんでもない思い上がりをしたままの人間になってしまうのですが。
『欠陥人間の間違いだろ』
野次、ありがとうございます。
みなさんのやさしさを感じます。
そんな全能感に満ちあふれていた私は、初代寮長になることを宣言して、先生方を説得し、生徒会にわざわざそんな役職を作ってもらってまで、その椅子に座ることにこだわったのです。
『黒歴史を作るのをやめろ』
ありがとうございます。
私が打ち出した奇妙な施策の数々は、まさに黒歴史的なものだったのかもしれないですね。
それはもう、失敗の連続でした。
この天才が考案した策が、非難轟々の末、ことごとく失敗に終わってゆくわけですから、さすがの私だって気がつきます。
「え、私って、実はなんの才能もないのでは」
私は、この女子寮に、混沌をもたらした、大罪人でしかないと気がついたのです。
『正気に戻るのをやめろ』
ありがとうございます。
みなさんの傷口まで抉るような真似をしてしまいましたかね。
私は思うんです。
このような体験は、子どもからおとなに成長してゆく、思春期という過程における、通過儀礼なのではないかと。
卒業生のみなさんにも、心当たりがあるんじゃないでしょうか。
うん。
いっせいに目を逸らされて、複雑な気持ちになっておりますが、私はみなさんに感謝しているんです。
自分は完璧超人などではなく、ただの凡夫に過ぎないのだと自覚した私は、大きな挫折感を味わうことになりましたが、不思議とあきらめるという選択肢は浮かびませんでした。
それはみなさんが、私の打ち出す施策に、文句を言いながらも、根気よく付き合ってくださったからなのです。
ここにいる卒業生のみなさんは、無視する、ということを知らない人たちだったんですね。
私といっしょに、たくさんの失敗を経験してくれました。
みんなが付き合ってくれるものだから、私も足りない頭で、一生懸命、考えるようになりました。
傲慢だった私は、人の力を借りることを覚え、おとなを信頼することを覚え、やがて、感謝することを覚えていきました。
『七海、ありがとう』
すみません。
こみあげてくるものがあって、言葉がでなくなってしまいました。
『調子に乗るな』
あ、ありがとうございます。
厳しいエールをいただけて感謝です。
この女子寮にやってきた日のことを、みなさんは憶えていますか。
私は、中学時代、ひどい反抗期に冒されていて、両親と喧嘩ばかりしていました。
それはもう、毎日、怒鳴り合いです。
後ろの席に座っているのが、ちらちら見えているので、恥ずかしいんですけれども、とにかく親元を離れることができて、清々する気持ちだったことを憶えています。
自立したくてしょうがなくて、すでに自立したつもりになって、実家なんて帰ってやるものかって思っていました。
それが、いまでは感謝しかない。
本人が目の前にいるから言っているわけじゃないですよ、本心からそう思っています。
どうしちゃったんでしょうね。
いや、あの頃の私が、どうかしていたんでしょうね。
そうなんです。
思春期の私たちというのは、どうかしているんです。
大きな挫折を経験し、正気になってしまった私は、こうも思うんです。
「あんな奇行は二度とできない」
『一度でもやるな』
ほんと、そのとおりですよね。
思い出すと、ほんと恥ずかしいです。
ここでやったことは、ぜんぶ記憶から消し去って、来月から、派手に大学デビューを決めてやろうと思っています。
『過ちを繰り返すな』
ご心配ありがとうございます。
そんな思春期にひどく冒された私が打ち出した、唯一成功したと言える施策はなにか、みなさんご存知ですよね。
『絆の時間』
素早い回答、ありがとうございます。
『ただれた時間の間違いだろ』
ネットにそういうこと書き込んでるの、絶対、男子だと思うんで、在校生のみなさんは気にしないでくださいね。
今年度からは、男子寮でも運用がはじまって、あっちもただれていますから、お互いさまです。
ちょうど2年前の今頃ですかね。
あと1か月もすれば新入生が入ってくるというとき、私は考えたんです。
親元を離れてやってくる新入生たちを、家族の代わりとして、助けてあげないといけないなって、そう考えたんです。
私が大きな挫折を経験したとき、くじけずに前を向けたのは、私に付き合ってくれるみんながいたからでした。
そういう存在に、私たちがなってあげよう。
いつでも、そばで寄り添ってくれる、私専用のお姉さん。
「そんなの、誰だって好きでしょう?」
『不純な言い方をやめろ』
失礼いたしました。
お姉さん役もやってみると、ほんとの妹みたいに思えてきたり、こんな妹がリアルでほしかったなって思ったり、こちらの心まで癒されるような、不思議な体験でした。
私たち一期生は、妹役を体験できなかった、唯一の世代ということになりますね。
私も、一度でいいから、妹をやってみたかったです。
「いくらでも甘えていいお姉さんなんて、そんなの、誰だってほしいでしょう?」
『不純な言い方をやめろ』
大変、失礼いたしました。
絆の時間は、私のそのような不純な思いつきではじまった企画に過ぎなかったのです。
それが、あれほどの成功を収めたのは、ひとえに卒業生のみなさんが、真摯な姿勢で新入生の子たちと向き合ってくれたからなんだと思います。
まさか、こんなに好評を博するとは、私自身、思ってもいませんでした。
自ら企画したこととはいえ、はじめて自分の部屋に新入生を迎え入れる、あの瞬間の緊張感は忘れられないです。
しっかり襟を正して、この子を導いてあげなければという「親の気持ち」と言いますか、「母性」のようなものに目覚めた瞬間だったんじゃないかって、いまでは思います。
みなさんも、きっと同じだったんじゃないでしょうか。
法律上、18歳はおとなです。
私たちは、おとなになるまでの最後の三年間を、この女子寮で過ごしました。
『まだ17歳もいるぞ』
3月生まれの方、すみません。
若くてうらやましいです。
『ババア』
おとなたちの顔が一瞬にして曇りましたので、全方位を殴りつけるのはやめにしませんか。
振り返れば、後悔ばかりです。
もう一度、やり直すことができたなら、もっとうまくやれるのに。
そんなことも、考えてしまいます。
それでも、この女子寮で過ごした三年間は、かけがえのない時間で、失敗があったからこそ、成長があり、感謝の気持ちを身につけることができたのかなって、いまは思います。
絆の時間をはじめ、私の考案した、奇行としか言いようがない、数多の施策にご協力いただいた、すべてのみまさまに感謝を申し上げて、答辞の言葉にかえさせていただきたいと思います。
「未熟だった私に、今日まで根気よく付き合っていただき、誠にありがとうございました」
初代寮長、七海。




