↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第四章 迷い子たち
75/75

最終話 4月 絆の時間 akari

  あかり akari


「おはよう」


 朝の食堂で、私は遥香の後ろ姿に声をかけた。

 遥香は、わあっと声をあげながら振り返ると、私にがばっと抱きついてきた。


「会いたかったあ」


 春休みの間、遥香はずっと帰省していた。


「昨日の夜、帰ってきたなら、部屋まで会いに来てくれてもよかったのに」

「今日のための準備があるっていうから、邪魔しないようにしたいと思って」

「部屋の片付けくらいだし、気にしないでくれてよかったのに。遥香は準備、終わった?」

「ん。これから」


 そんなんで間に合うのか。


「ちゃんと、エロ本は隠しておきなよ」


 私が言うと、遥香がうはっと笑う。


「エロ本言うな。えっちな要素もありつつ、なんだから」

「ありつつ、ねえ」


 話しながら、ふたりで朝食のバイキングを見て回る。


「あかりのおばあちゃんは元気だった? 帰省してきたんでしょ」

「ん。まあね」


 私のために、この学園を選んでくれたことへの感謝を、ほんの少しだけ口にしてみたら、それから自慢話のように、私の考えたとおりだとかなんだとかはじまったから、さすがにこっちもむかついてきて、あのやり方はないって言い合いになったくらいには、元気だったかな。


「おはよう」


 思い出して、むかむかしていると、元気のない声で、佳奈が現れた。

 明らかに寝不足の顔をしていた。


「なんか、久しぶりに会うと、また髪が伸びて女の子らしくなってきた感じするねえ、佳奈ちゃん」

「え、あ、どうもです」


 なんか恐縮してる。


 おかっぱが伸びただけの髪型だったのが、ようやく肩まで伸びてきて、確かにかわいく育ってきてるな、佳奈のやつ。


「二年生のうちに、あかりみたいになれるかなあ」

「伸びてきたら、うちらが行ってる本土の美容室、いっしょに行こうよ」


 うふふって笑いながら、佳奈はいつものように茶色い料理ばかりを取っていく。


 人には健康に気を遣えとうるさく言ってくるくせに、自分は偏食しやがってと思っていると、


「これ食べなよ」


 と言って、勝手に人のプレートに茶色い物体を載せてくる。


「じゃあ、あんたも」


 お返しに緑色を載せてやると、佳奈はうわあって顔をしてこっちを睨んできた。


 ◇


 食べながら、みんなでおしゃべりする。


 そこら中から、同じ話題について話す声が聴こえてくる。

 私たちも例外ではなく、その話題に夢中だった。


「ドアを開けた瞬間、遥香みたいなお姉さんが現れたら、性癖歪んじゃうよねえ」


 にやにやしながら、佳奈が言いはじめる。


「佳奈ちゃんじゃあるまいし、そんなことないでしょ」


 まんざらでもない顔で、遥香は笑っている。


「今日からお姉さんって思うと、緊張するねえ」

「遥香は、去年からお姉さん役みたいなことしてたんじゃないの?」

「妹の立場でお姉さんを励ますのとは、わけが違うでしょ。責任とか、あるし」


 遥香は、ふふんっと胸を張ってみせる。


「ただれた関係にならないでよね」

「んふう」


 なんだその反応。

 私という女がいながら。


「私も美代子みたいになれるかなあ」


 佳奈が不安そうに言う。


「あんたはその前に、案内役をしっかり務められるか心配したほうがいいんじゃない」


 私が言うと、佳奈はうわあって言いながら、頭を抱えた。


「入寮式、遅刻してくるやついるかな」


 佳奈がにやにやしながら言う。


「いるわけないでしょ、そんなやつ」


 一年前を思い出して、ふたりで笑いあう。


「絆の時間、楽しみだなあ」

「どんな子が来るんだろう」


 誰ともなく、そんな言葉を口にしていた。


 ◇


 新入生の案内をしていた佳奈が、自分の部屋に戻ってきたのがわかった。


 ということは、そろそろ絆の時間がはじまるということだ。

 私は、ベッドから起き上がり、部屋を見回してみる。


 初対面の新入生を部屋に呼んでも、だらしないと思われない程度には、しっかり片付いている。


 準備は万端だ。


 この私に限って、学校行事ごときで緊張するなんて、あり得ないと思っていた。


『緊張するねえ』


 そんな言葉を、今日一日で何回聞いたかわからないほどだけれど、そんなのまったくの他人事だと思っていた。


 それなのに。


 絆の時間のはじまりを告げるチャイムが鳴った瞬間、いまだかつて経験したことのない感情が私を襲ってきた。


 緊張感?

 いや、これは焦燥感と呼ぶものだ。


「え、こんな私で大丈夫?」


 大丈夫じゃない気がする。

 そう思うと、途端に落ち着かなくなる。


 まずい。


 私は、葵先輩のように、なれるのだろうか。

 いや、あの人みたいには、なっちゃいけない気もする。


 ひとりの女の子の人生が、私にかかっているんだ。


 私は、どんなお姉さんになればいい。

 そわそわと、部屋の中を意味もなく歩きながら、私は必死に頭を回す。


 葵先輩は、私にどうしてくれたっけ。


 音楽が好きだって言ったら、音楽を聴くための道具を持ってきてくれたりしたっけなあ。

 思いっきり、校則違反だったけれど。


 あの人もたいがい、悪いお姉さんだったよなあ。

 でも、大好きなお姉さんでもあった。


 どんなところが、好きだったっけ。


 これから、どんな女の子が現れるのか、それはわからないけれど、自分の中で、なにか大事なルールだけでも決めておこう。


 そうだな。


 彼女にだけは、嘘をつかないこと、かな。

 決めごとを作ったら、少しだけ楽になれた。


 もしかしたら、一年前の葵先輩も、いまの私みたいな気持ちでいたのかな。

 そうだったら、うれしいな。


 今度会ったら、本人に訊いてみようかな。


 廊下から足音が聴こえてきた。

 隣の部屋のドアが閉まる音がする。


 新入生たちが、続々と先輩の部屋に到着しはじめたみたいだ。


 嘘をつかないだけじゃ、葵先輩のパクリだし、進歩がないよなあ。

 私ならどうするって、きちんと考えてあげなくちゃ。


 責任とか、あるし。


 私は一年前の自分を思い浮かべて、まだ見ぬ妹にとって、なにが必要なのかを考えてみる。


 そのとき、ふと、七海先輩の答辞の言葉を思い出した。


 おとなになっていく途中の私たちは、時として、他人のことも、自分のことさえもわからず、根拠のない自信にあふれ、それゆえ、信じられないような間違いを犯す。

 その自信が打ち砕かれ、挫折を味わったとき、取り返しのつかない過ちを犯してしまわないように、そっと手を差し伸べてあげるのが、私の役目なのかもしれないな。


 それができたら、上出来だよね。


「はあい」


 ドアを叩く音がして、私は声をあげた。

 お姉さんになる心構えは、なんとかぎりぎりで、間に合ったみたいだ。


 ほっとした気持ちで、ドアを開く。


 こちらの思いも知らず、現れた女の子の顔を見て、私は自然と笑みを浮かべていた。

 この世のすべてを憎んでいそうな、そんな顔をしていたからだ。


 かわいいなって、素直にそう思った。


「ここに行けって、言われたから来ました」


 佳奈のやつ、きちんと説明できたのかなあ。


「先輩から、絆の時間の説明、受けなかった?」


 新入生の女の子は、ああってだるそうに声をあげて、


「興味ないし、聞いてなかったんで」


 そう言い放った。


 先輩の話すら聞かないなんて、私より重症じゃない、この子。


「立ち話もなんだから、そこ座ってよ」


 身の置きどころに困る様子もなく、彼女は私のベッドに堂々と腰かけてみせる。

 私は、葵先輩がそうしていたように、椅子に座って彼女の姿を見つめた。


「私、なんかおかしいですか」


 どうやら、私は笑っていたようだ。

 私は、首を横に振って、改めて絆の時間の説明をしてやる。


「うわあ」


 これから一年、週に何度かこの時間を過ごすと聞いて、彼女は早速、嫌そうな顔をした。


「話したいことなければ、無理してしゃべらなくてもいいよ。一時間だけ、ここにいればいいだけだから」


 そう言ってやったら、スマホでも取りだすのかなって、私は思っていた。


 私たちのときと違って、ネットだって自由に閲覧できるし、退屈しのぎの方法なら、いくらでもある。


 黙って様子を見ていると、彼女は黙って私の顔を見つめ返してきた。


 そっちがその気なら、私から声をかけてやろう。


「学校行事なんてつまんないし、なんていうか、茶番、だよねえ」


 彼女の顔が、ぱあっと明るくなる。


「私、学校嫌いなんですよねえ。高校くらい出とけって、親がうるさいから受験しただけなのに、全寮制なんて聞いてなかったです。しかも、島って」


 聞いてて、恥ずかしくなってくる。

 一年前の自分を、見せられているみたい。


「寝てていいっすか?」


 お姉さん役をやるって、難しいんだなあ。

 文句も言わずに、私と向き合ってくれた葵先輩って、えらかったんだなあ。


 後輩から脅迫される気分って、どんなだったんだろう。


 今度会ったら、謝っておこう。


「寝てもいいんだけどさ、はじめてだし、今日はせめて、自己紹介くらいはしておこうか」


 横になろうとしていた女の子が、だるそうに身体を起こしてみせる。


「まあ、それくらいなら」


 この子もきっと、これから苦労するんだろうなあ。


「じゃあ、はじめようか」


 私たちの、絆の時間を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。