第73話 1~3月 新しい季節 akari
あかり akari
あの夜、あの山の、あの崖の上から転落して、古い私は死んだのだ。
そのつもりになって、心を入れ替えたいと考えた私は、その足がかりとして、まずは健康的な生活を心がけようと、早起きして食堂へと足を運んだ。
まだ、佳奈だって起きていない時間だ。
なるべく健康に良さそうな、バランスの良い食事になるように、バイキング形式のプレートを完成させた私は、眠そうな顔でテーブルについている、志乃ちゃんの姿を見つけた。
「おはよう」
私は、そう声をかけ、彼女の前に座ってみせる。
「あら、ごきげんよう」
志乃ちゃんは、目が覚めた顔で応じてくる。
食べはじめると、彼女が悪い顔をして話しかけてきた。
「あかりさん、週刊誌の件、ご存知でして?」
「え、知らない」
そんな、ゴシップネタとか、興味ないし。
てっきり、芸能人の不祥事とか、スキャンダルの話をしたいのかなと思っていた。
彼女は予想外のことを口にする。
「この学園って、ぜんぶ、AIによって運営されていたんですって」
「なにそれ」
ふふふって、不敵に笑いながら、
「始業式、楽しみですわね」
と、彼女はゲスな顔をしてみせた。
◇
始業式を待たずして、学園に変化が訪れていた。
「ほんとだ。ネットつながるようになってる」
教室が、すでにその話題で持ちきりだった。
どういうわけか、遮断されていたインターネットが、私たちのスマホからつながるようになっていたのだ。
試しに、部長が作った山岳調査部のサイトを開くと、作りかけの地図がきちんと表示されていた。
例の週刊誌報道を調べてみる。
次から次へ情報が出てきて、どれを読もうかというところで、教室に直人先生が入ってきた。
始業式では、学長がみんなの前で謝罪していた。
すべての意思決定を、学園システムに委ねてしまっていたことへの謝罪と、インターネットを遮断したり、生徒たちを過度な監視下に置いてしまったり、重い処罰を与えてしまったりしたことへの謝罪だった。
私は気になって、葵先輩の姿を探した。
二年生の列の中に、彼女の姿を見つけて、どうやら退学処分は免れたらしいことがわかった。
始業式を終え、体育館から退出するとき、あの男の子の姿もあった。
◇
休み時間、みんなで週刊誌の件を調べながら、話し合う生徒たちの姿があった。
どうやら、この学園の企画を立ち上げたAI開発企業が、教育機関向けのAI、いわゆる「学園システム」を政府と共同して全国の学校へ横展開していく、そのモデルケースとなっていた学校が、私たちの学園ということらしかった。
その「学園システム」はハルシネーションを起こして、生徒を敵だと考えはじめ、生徒を監視したり、不良生徒を追放しようとしたり、そうした誤作動を起こしはじめたことを、学園は組織として、見て見ぬふりをして、「学園システム」の失敗を隠蔽しようとした。
要するに、そんな内容が、おもしろおかしく書かれていた。
世間の興味や関心は、学園やその生徒たちというよりも、AI開発企業のほうに向けられているようで、政府との癒着を疑う声も含めて、ネットでは一定の盛り上がりを見せているようだった。
この「内部告発」をした人物。
もちろん、報道では匿名とされているけれど、私はそれが誰だかすぐに思い当たった。
たぶん、いや、間違いなく、直人先生だ。
そんなことも知らず、クラスのみんなは、俺たち、私たちは実験台にされていたんだと、憤っていた。
「AIの言いなりだったなんて、まったく、くだらない茶番だよねえ」
誰かが、そう口にしたのを、私は聞き逃さなかった。
◇
新学期がはじまると、あっという間に時間は過ぎた。
山岳調査を終えて、この島の詳細な地図を完成させるという目標は、卒業式も間近に迫った2月の終わりにようやく達成できた。
部室に集まって、みんなで部長の作業を見守る。
「うん」
部長が小さく声をあげて、マウスを動かす手が止まった。
私たちは、パソコンに向かう部長の後ろに集まって、画面を覗き込む。
「え、完成してるじゃないですか」
「『うん』って。部長、あなた、もっと感動とかないんですか」
佳奈と遥香が、部長の背中を叩いて、肩を揺すっている。
私はその光景がおかしくて、笑いをこらえるのに必死だった。
ふたりとも必死に、部長の感動を引き出そうとしている。
山を歩きながら、みんなで地縛霊扱いしていた部長が成仏するところを、この目で見たかったんだと思う。
「これで、僕の仕事も終わりだね」
パソコンを閉じると、部長はそそくさと帰り支度をはじめた。
「そんな、『しごでき』みたいな雰囲気を醸し出されても、かっこよくないですよ」
「んふ」
佳奈が意味わかんないことを言うから、堪えられなかった。
そんな佳奈の問いかけにも応じず、部長は逃げるように荷物をまとめて、椅子から立ちあがる。
こちらを振り返った、部長の眼鏡が曇っていた。
それを見て、私たちの時間が止まる。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言い残し、部長は部室を飛び出していった。
出ていくとき、すんって、鼻をすする音がした。
成仏、できたんだなって、私たちは顔を見合わせて頷きあう。
「あ、そうだ。忘れてた」
部長が戻ってきて、また、私たちの時間が止まった。
「次の部長は、佳奈さんがやる気みたいだけど、あかりさんのほうがちゃんとしてるからいいと、僕は思うんだ」
一瞬の静寂のあと、佳奈が口を開く。
「それはどういう意味なんですか、部長」
抗議する佳奈に、部長はなにも言い返さず、にやっと笑って去って行った。
あの人にとって、この一年の部活動が、なんかおもしろい活動になっていたのなら、それでいいかって、私は思った。
彼の言うとおり、佳奈にやらせるのは不安だし、生徒会活動との掛け持ちは大変だろうから、私がやってやることにするか。
◇
卒業式の日。
在校生として出席した私たちは、そんなに知り合いもいないので、部長のところに駆け寄って、
「卒業おめでとうございます」
と、ねぎらいの言葉をかけた。
「うん」
と、いつもの反応が返ってきた。
「部長の言うとおり、来年からは、私が部長を務めることになりました」
いなくなる前に、安心させておこうと、そう伝えると、
「文化祭、楽しみにしているよ」
彼は最後にそう言っていた。
山岳調査部という部活動に、すごく思い入れのある人だったんだなって、私はそこで理解した。
「わかりにくい人だったなあ」
ご両親といっしょに、学園から去っていく部長の後ろ姿を見送りながら、私はつぶやいた。
「地縛霊がいなくなると、この島の景色も変わっちゃうねえ」
佳奈がそんなことを言うので、私は、遥香といっしょに笑った。
そうなんだ。
そうやって、毎年、この島の景色は変わっていくんだ。
「卒寮式、何時からだっけ?」
「ん。放課後、すぐじゃなかったっけ」
ふたりが話している。
学園での卒業式が終わったら、卒業生たちは退寮する準備をして、在校生といっしょに、卒寮式を行う段取りになっているんだ。
◇
午後の授業を終えた私たちは、女子寮に帰って、卒寮式に出席する。
多目的室に向かうと、パイプ椅子が整然と並んでいた。
入寮式のときとは違って、佳奈は役員として寮長といっしょに立っているから、私は、遥香とふたり、並んで座ることにした。
寮母さんから、挨拶があった後、父兄代表が祝辞を述べる。
それから、寮長の美代子先輩が壇上に立ち、卒寮生への送辞を読みあげた。
「先輩がくれた愛情を、私は一生忘れないと誓います」
涙ながらに話す美代子先輩の挨拶は、なんか、意味深な内容だった。
壁際に役員として立っている佳奈が、もらい泣きしていて、私は、危うく声をだして笑ってしまうところだった。
下を向いて、くくくってこらえていると、遥香が不思議そうに顔を覗き込んでくるから、私は、黙って佳奈のほうを指さしてみせた。
「んふ」
遥香もそう息を吐いて、私といっしょに下を向いて笑った。
すーっと静かに涙を流して泣いている佳奈の姿は、客観的には美しい姿のはずなんだけれど、私たちには、あまりにおかしな光景に映ってしまうのだった。
美代子先輩の挨拶が終わると、壇上に、卒寮生代表として、初代寮長の七海先輩があがった。
「いつもの七海です。今日は最後のご挨拶にと、やってまいりました」
そんな、気さくな挨拶からはじまる、答辞の言葉に、私は真剣に耳を傾けた。
絆の時間を考えた、この人が、どんな人なのか、最後になにを話すのか、興味があったからだ。
みんな、同じ気持ちだったのかもしれない。
がやがやしていた多目的室は、不思議なくらい、静まり返っていた。




