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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第四章 迷い子たち
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第72話 12月 古いお屋敷 kana

  佳奈 kana


「またね、とは言ったけど、すぐ友だちを連れて泊まりに来るとは思わなかったわ」


 葵先輩は、明らかにおかしな状況にも関わらず、そんなに驚いてはいなくて、むしろ、楽しそうにも見えた。


 私たちが押しかけたとき、ちょうど晩御飯をいただいている最中だったから、私と遥香は、しばらく飲まず食わずでいたあかりにも、おこぼれを恵んでもらえないか交渉した。


「私と遥香は、ちゃんと晩御飯食べてるからだいじょぶなんで」


 葵先輩と、そのおばあちゃんは、快く応じてくれた。


 あかりは、急に食べ物がのどを通らないみたいで、ゆっくり食べていた。


「賑やかでうれしいねえ」


 おばあちゃんは、うれしそうに、にこにこしている。


 このおばあちゃん、いまは葵先輩が自宅待機処分になっているからいいけれど、普段はひとりで過ごしているから、さみしいのかなあ。


 私は、ふと、美智子のことを思い描いた。


「うち、お風呂ないから、食べ終わったら下の銭湯行くんだけど、みんなもいっしょに来る?」


 葵先輩の提案で、私たちは食後に銭湯へ向かった。


 ◇


「佳奈ちゃんといっしょにお風呂入るの、なんか悔しいんだよなあ」


 脱衣所で、服を脱ぎながら、遥香が言う。


「そんなに、じろじろ見ないから、だいじょぶだよ。私には、美代子という彼女がいるからね」

「え、なにそれ、初耳なんだけど」


 急に遥香が距離を詰めてくる。


 脱いでいるところを、遥香に見られると、逆にこっちが恥ずかしい。

 ほかの人に聞こえないように、遥香が小声で話しかけてくる。


「やっぱり、佳奈ちゃんも女の子が好きだったんだあ」


 耳元で遥香がささやく。


「絶対、そうだと思ってた」


 だから、あのとき、私に女の子が好きなんだって教えてくれたのか。


「よくわかったね、遥香」


 ふたり、裸で向かい合って、私は遥香の顔を見上げた。


「そりゃ、わかるよ。佳奈ちゃんって、男子にまったく興味を示してないのに、女の子に対する仕草は異常だもん。かなり、わかりやすい」


 異常者扱いされて、私は笑うしかなかった。


 遥香のこと、はじめて見かけた日から、舐め回すように見ていたのが、バレていたのかな。


「美代子先輩のおかげで、ライバルにならなくて済んだからよかった。これから仲良くやっていけそう。佳奈ちゃんと争ったら、私じゃ絶対勝てないと思って落ち込んでたのが、馬鹿みたい」

「え、それであんなに落ち込んでたの?」


 人の考えることってわかんないなあ。


「どう考えたって、遥香みたいな美しい女性と争うほうが不利でしょ」

「そんなことない」


 遥香は自信満々に豪語する。


「私みたいな見かけ倒しと違って、佳奈ちゃんって、明るくて元気でやさしくって、いつも機嫌よくにこにこしてて、そんなの好きにならないわけないってくらい、完全無欠の女の子なんだから」


 遥香、私、うれしいよ。

 そんなに私を褒めてくれた人、いままで出会ったことない。


「え、じゃあ、私って遥香とも可能性ある?」

「ん。それはやだ」

「なんだそれ」


 期待しちゃったじゃないか。

 私には美代子がいるから、別に悔しくなんてないけどね、別にね。


「ただひとつ、変態なことだけが受け入れられない」


 私の敗因ってそれなのって思って、私は声をだして笑ってしまった。


「でも、仲間としては、最高だね」


 そう言って、にこっと笑った遥香の顔がかわいくって、私はまだその可能性をあきらめきれない気持ちにさせられた。


 小悪魔みたいにふふって笑いながら、遥香は葵先輩を追ってお風呂へ向かった。


 あかりはどうしたと思って、あたりを見回すと、あかりはパンツ一丁のまま、ゆっくりした動きでジャージをかごに入れていた。


 なんか、おばあちゃんみたいな動きだった。

 晩御飯をいただけたとはいえ、まだ調子が戻ってはいないのかな。


「おばあちゃんのパンツの刑に処す」


 私が言うと、じろっとあかりがこちらを睨む。

 あかりは、私のおばあちゃんが買ってきた、あのパンツをはいていた。


「もうこれは、私のだから」


 脱いだパンツを手に持って、あかりが言う。


「はき心地が、病みつきなんでしょ」


 はははって、ふたりで笑いながら、お風呂場へと向かった。


 身体を洗って、実家に住んでいたとき以来、何か月ぶりかの大きなお風呂に浸かる。


 やっぱり、湯船に浸かるのはいいね、定期的に来ようよって盛り上がりながら、みんなでおしゃべりする。


 とっくに門限を過ぎているから、ほかのお客さんは、島のお年寄りだけで、私たち、女子高生の笑い声だけが、ひたすらでっかく反響していた。


 ◇


 銭湯から帰る道すがら、私は、あかりとふたり、並んでおしゃべりしていた。


 葵先輩に興味を持った遥香が、彼女にやかましく話しかけている後ろ姿が見える。


「そういえば、なんであのトートバッグ持ってたの?」


 思い出したように、あかりが訊ねてくる。


 この島に来た日、おばあちゃんから手渡されたトートバッグのことだ。


「あの山や、学園を燃やすんじゃなくて、これを燃やせって言おうとしたから」


 あかりは犯行を断念して、自分の命を絶とうとしていたから、出番がなかった。


「あかりがお母さんに宛てて書いた手紙も、いっしょに持ってきてた。犯行声明文も、入ってるけどね」


 あかりは、ははっと笑って、「やば」とつぶやいた。

 もう犯行を計画したことは、過去のことになっているみたいで、私は安心した。


 きっと、ご飯をしっかり食べて、健康な状態に戻ったから、いつものあかりに戻れたんだ。

 不健康な生活は心を壊すって、おばあちゃんもよく言ってた。


 健康が、いちばんなんだから。


「じゃあさ、先輩の家に戻ったら、庭先でまとめて燃やしちゃおうよ」


 あかりは、おもしろいイベントがはじまるぞって、わくわくしている顔で言う。


「いいね」


 その顔を見ていると、私までわくわくしてきて、私はそう同調した。


 ◇


 葵先輩が用意してくれた一斗缶に、薪をくべるように、幼い私たちが書いた手紙を投入していく。


 縁側に座った葵先輩と遥香が、湯上がりにアイスをかじりながら、庭先で作業する私たちを眺めている。


「キャンプファイヤーをやろうとしてるみたい」


 私が言うと、ははってあかりが笑った。


「私の『海外で働くお父さん』はいないけど、あかりのお母さんはそうじゃないから、無理して私に合わせてくれなくてもいいんだよ?」


 燃やしてしまう前に、念のため、訊ねてみる。


「いつか渡せるかもしれないんだし」


 あかりが黙っているので、念を押す。


「いいの」


 あかりの表情は穏やかだった。


「私の手紙には、暗い話ばっかりが書いてあるから。佳奈の言うとおり、私って暗いからさ」


 おまえ暗いよって言ったこと、根に持ってそうな言い方だった。


「佳奈の手紙には、楽しいことばかり書いてあったよね」


 そう言われたら、そうなのかな。

 昔の自分がどんなことを書いていたのかなんて、憶えていなかった。


「私もそうしたいんだ。せっかくなら、もっと、楽しい話をお母さんに届けたい。美人で愛情たっぷりの、やさしい恋人の話とか、私を好きな、変態の話とかね」


 ぎゃははって、ふたりできたなく笑いあっていると、遥香がこっちを指さしながら、ひそひそと先輩に耳打ちしているのが見えた。


 あかりが火種として持ってきていたマッチに火をつけ、手紙の入った缶に投げ入れる。


 あっという間に、赤い炎が立ち上って、手紙は灰になっていく。


 火を見つめながら、あかりが話しはじめた。


「私はずっと、さみしかっただけなんだと思う。誰にも見てもらえていないと、そう思い込んでいただけなんだと思う」


 ああ、そうか。


 おばあちゃんは、そうならないために、私に嘘をついて、偽物の世界に連れて行ったんだ。


 あれは、おばあちゃんの、やさしさだったんだなあ。


「あかりのおばあちゃんは、あかりのこと、しっかり見ていたし、大切に育ててくれていたと思うよ」


 私は、トートバッグから、美智子がくれた手紙を取りだして、あかりに見せてやった。


「あかりのおばあちゃん、あかりがいなくなって、さみしいってさ」


 手紙を読みながら、あかりが応じる。


「そうだね。あの人、私のことは、なんでもお見通しだったから、きっと誰よりも、私のことを見てくれていたんだと思う」


 あかりの言葉を聞いて、私は、おばあちゃんたちの思いに気がついた。


「自分の子どもだと思って、育ててくれていたんだよね。だって、『二度目の子育て』って、自分で言ってるもん」


 大きな声で、あははって、あかりは笑った。


「なんでそれ、いままで気づかなかったんだろうね」


 私も、笑って応じる。


「手紙を書こうよ、おばあちゃんに。そんで、年末年始、実家に帰ってあげよう」

「まあ、美智子もひとりでさみしいみたいだしね」


 私たちは、お互いの美智子を思い浮かべて、笑いあった。


「遥香!」


 手紙が燃え尽きたとき、あかりが遥香を呼んだ。


 ペットの犬が駆け寄ってくるみたいに、好きな人に呼ばれてうれしいって顔で、遥香が駆け寄ってくる。


 あかりは、遥香の前に歩み寄って、その顔を見上げた。


「私、遥香のこと、最初は好きでもなんでもなかった。でも、最後はちゃんと、好きだったから。別れてから、好きだったことに気づいたから。遥香が望むような恋人にはなってあげられなかったかもしれないけど、それだけは、ほんとうだから」


 あの山の上で、私に抱きついてキスをしたとき、遥香とはお別れしたと、あかりは考えていたみたいだった。


 あれから、ふたりで会うこともなくなってしまっていたようだから。


「え、別れたつもりないし、私はいまでも、あかりのこと好きだよ」

「おおう」


 変な声、でちゃった。


「また、私の恋人になってくれますか?」


 泣いているあかりに、遥香が訊ねた。


 あかりは、遥香に抱きついて、その気持ちを示してみせた。


「逃がさないからね」


 小さな声で、遥香がそんなことを言うもんだから、私は思わず笑ってしまったけれど、彼女はそのためにこの学園にやってきたのだと考えると、なんだかおそろしい気持ちにもさせられた。


「仲直りできたからさ、また山岳調査、再開しようよ」


 気分を盛り上げようと、私はふたりに、そう声をかけた。


「部長が卒業するまでに、なんとか終わらせないと。このままじゃ、あの人が成仏できないから」


 地縛霊みたいに、いつも町を彷徨っているんだから。

 私が、町担当に、任命してしまったせいで。


「卒業式まで、あと2か月くらいかあ。間に合うのかなあ」


 あかりが不安を口にすると、


「三人でやれば、きっと間に合うよね、佳奈ちゃん」


 遥香がそうやって、みんなを鼓舞してくれた。


 私たちは、「部長を成仏させる」を合言葉にして、それから、山岳調査に精をだしていった。

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