第70話 12月 山中にふたり kana
佳奈 kana
絆の時間が終わり、部屋に帰ろうとしたとき、ふと、あかりの様子が気になって、私は彼女の部屋をノックした。
反応はない。
「寝てるのかな」
自分の部屋に帰ると、胸騒ぎがして、私は女子寮のアプリを開いた。
あかりの部屋は、不在表示になっていた。
シャワールームや、洗濯乾燥機を予約している形跡もない。
売店も食堂も閉まっているし、おかしいなと思って、私はベランダに出る。
あかりの部屋を覗くと、電気がついていた。
門限なんてとっくに過ぎているし、トイレにでも行っているのかな。
そのまま部屋へ戻ろうとしたとき、最後に見たあかりが、いつもと違う表情をしていたことを思い出して、胸がざわついた。
私は柵を乗り越えて、あかりの部屋のベランダに入り込む。
窓の鍵はいつもどおり、かかっていない。
勝手に入ったのを見られたとしても、あかりに会えるならそれでいいやと思って、私は数か月ぶりに、彼女の部屋に侵入した。
一見して、なにも変わっていないけれど、その違和感にはすぐに気がついた。
机の上に、紙が三枚、並べて置いてある。
誰かに宛てた手紙なのだと直感した。
痩せてしまっているし、健康状態がよくないのは見た目にもはっきりわかるから、そんな状態で書く手紙が、健全な内容ではないのは、なんとなく予想できた。
私はおそるおそる、その内容を確認する。
一枚目は、私と遥香に宛てた手紙のようだった。
自分のところだけ、読んでみる。
私との思い出が綴られていた。
そのとき、あかりがどんな気持ちだったのかが書かれていて、私にとっては、まるで答え合わせのようにも感じられた。
「私だって、あかりのこと、好きなんだよ」
あかりは最後、私に謝ってた。
私は自分の気持ちが伝わっていなかったことが、悲しくて、悔しかった。
『お母さんへ』
そんな書き出しではじまる二枚目は、いなくなったあかりのお母さんへ宛てた手紙で、まるで遺書のような内容だった。
最後の一枚は、犯行声明文だった。
◇
遥香を連れ出して、私は山へと急ぐ。
「門限過ぎてるし、入山申請だってされてないし、ほんとに山へ入れるの?」
女子寮を抜け出したところで、遥香が訊ねてきた。
「入り込めるルートなんか、いくらでもあるよ」
あかりとふたりで探索したんだ。
あいつだって、それを知っている。
「そのトートバッグって、なにが入ってるの?」
話しかけてくる遥香を無視して、私は目の前の状況に集中する。
「ここから入ったみたいだね」
道を外れた山林の中に、最近、人が踏み固めたとわかる場所があった。
「よくわかるね、佳奈ちゃん」
「私は、山で育ったからね」
この様子だと、あかりはもう山の中にいる。
間に合わないかもしれない。
「警備員さんのいるゲートの近くを通り抜けたら、走るよ、遥香」
遥香は目立たないように、私と同じ高さまで腰をかがめて、慎重に歩きながら頷いてみせる。
首尾よく山道に出た私たちは、発電所へ向けて走りだした。
◇
「こっち」
正面から堂々と入ろうとする遥香の首根っこをつかんで、発電所を取り囲むフェンスに沿って歩く。
「そこじゃない」
破れた金網の穴に入ろうとする遥香の首根っこをつかんで、発電所の裏に回り込む。
燃料タンクが立ち並ぶ姿が、フェンス越しにもよくわかる。
「まだ、なにも起きてないね」
遥香が周囲を見回しながら言う。
「私たちより先に、山へ入っているのは間違いないと思うんだけど」
金網越しに発電所の中を眺めてみても、人の姿はない。
犯行声明文のとおりなら、燃料タンクに火を放つはず。
あいつは、この山を、あの学園を、破壊するつもりだ。
だけど、そんなこと、あいつにできるのか疑問だった。
あんなに正義感にあふれて、正しくないものは認めないってくらい、すべてに反抗していたあいつに。
命が惜しいなんて思っていないとしても、いざやるとなったら、躊躇したりするんじゃないだろうか。
あいつはそんなに、強い人間じゃないって、私は知っているから。
いつも不安で、お母さんみたいにいなくなっちゃうんじゃないかって怯えながら、私のそばを離れないでって、私をずっと見ていてって、甘えたい気持ちを、強がりでごまかしているような、そういうやつなんだ。
あいつと付き合っていくには、その気持ちを包みこんでやる、母性が必要なんだから。
「どこか寄り道でもしているのかな」
この山で、あかりが行きそうなところって。
「そっちじゃない」
裏口の扉を開けて、発電所に入ろうとする遥香の首根っこをつかんで、私は崖の方へと向かう。
『この先、危険』
ぼろぼろの立て看板が、私はここにいるって、教えてくれているみたいだった。




