第69話 12月 絆の時間(あかり) akari
あかり akari
みんなが絆の時間を過ごしている頃、私は女子寮を抜け出して、あのお屋敷へと足を運んだ。
玄関先でインターホンを押すと、すぐに足音がして、私のお姉さんが出てきた。
もう年末だというのに、夏に見たのと同じ、半袖のTシャツにハーフパンツ姿だった。
とっくに門限を過ぎているのもあって、彼女は驚いた顔をしていた。
「寒くないんですか、その格好」
この島は、東京と比べてずいぶんとあったかいけれど、それでもこの時期それは肌寒いでしょ。
葵先輩は、自分の姿に目を落としながら言う。
「おばあちゃん、寒がりだからさ。家の中、暑いんだよ。あなたこそ、なんで体育のジャージ姿なの?」
私も自分の姿に目を落とす。
「まあ、いいや。立ち話もなんだから、あがって」
玄関をあがると、先輩の言うとおり、確かに熱気がすごくて、酸素が薄いとさえ思えるほどだった。
「先に私の部屋、行ってて」
葵先輩に促されて、私は慣れた足取りで彼女の部屋へと向かう。
「誰だい」
「友だち。なおくんじゃないよ、女の子。台風の日、うちに遊びに来た子」
階段をあがりながら、おばあちゃんと話す先輩の声が聴こえていた。
◇
「うちに泊まりに来たとかじゃないよね?」
お茶とお菓子を載せたお盆を持って、半袖のままの葵先輩が入ってきた。
無断でベッドに座っている私を見て、なにか言いたそうな顔をしながら、先輩は座卓にお盆を置く。
「絆の時間だから来ました」
私が言うと、葵先輩は、おもしろそうに、ははっと笑う。
お茶を飲みに来たわけじゃない。
この島で、やり残したことがないようにするために、私はここへ来たのだ。
「したくなったら、いつでもおいでって言われたから、来ました」
そう言って、私は上着を脱ぎはじめる。
理解してくれたのか、葵先輩が電気を消した。
カーテンのない部屋が、月明かりに照らされる。
先輩の見ている前で、私は服を脱ぎ、裸になる。
「おばあちゃんいるから、声、我慢しようね」
「聞かれても、別にいいです」
「いや、私がよくない」
ははって、ふたりで笑いあいながら、私はベッドに腰かける。
「おばあちゃん、耳遠いし、テレビ観てるから、大声出さなきゃだいじょぶだとは思うけど」
そう言いながら、葵先輩が隣にやってくる。
「またなにかあった?」
やさしい顔をしているのが、暗闇でもよくわかる。
「罪は消えるものじゃないので、いつだって、私は壊れてしまいたいです」
遥香を傷つけてしまったことや、佳奈に嫌な思いをさせてしまった事実は、なにも変わらないし、いまさら取り返せるものではない。
壊れてしまった関係は、もう元には戻らないんだ。
「先輩は、苦しくないんですか?」
腕の傷痕を見れば、答えは聞くまでもなかったのかもしれない。
「そんなの、ずっと苦しいよ。当たり前じゃない」
この島から、学園を追い出すために、ひとりで闘い続けていたんだ。
そうすれば、変わっていくこの島が嫌で、出ていってしまった人たちが、帰ってきてくれると、そう信じて。
子どもじみた行動のようにも感じるけれど、実際に子どもなんだし、この人を見ていると、私は、自分を見ているようで、苦しかった。
「私も先輩を、めちゃくちゃに壊してあげたい」
このまま、この人に、なにもしてあげられずに、お別れになってしまうのは嫌だった。
真剣な私を、葵先輩は、ははって笑った。
私を子どもだと思って、馬鹿にしているんだ。
私は頭にきて、笑っている先輩の肩を腕で押した。
「笑ってないで、はやく脱いでください。無理やり、脱がせますよ」
葵先輩は、清々しい顔をしていて、もう吹っ切れているみたいだった。
最初から、私の助けなんて、いらなかったんだな。
「いいよ」
それなのに、葵先輩はそう言って、ベッドの上に、仰向けに横たわってみせた。
「あなたの好きにしてくれていい」
どうして、葵先輩は、私と向き合おうと思ってくれたのかな。
最初から、私を利用するつもりだったって、ことなのかな。
先輩とふたり、裸で抱き合いながら、私はこの人のことを考えている。
自分の目的のためなら、なんだってやるつもりだったくせに、どうして、私には嘘をつかないと、そう決めていたのかな。
どうして、私を受け入れてくれたのかな。
どうして、私を友だちと、呼んでくれたのかな。
私は他人のことを、わかったつもりになって、ぜんぜんわかっていなかったと知ったから、足りない頭で、ずっとこの人のことを考えていた。
私と出会ったことで、せめて、この人だけでも救われてくれたなら、私がこれまで生きてきたことにも、価値があったんだと胸を張れる。
だから、私は、この人を壊してあげたかった。
心を救う方法を、それ以外に知らなかったから。
先輩は、私のすることを、ひとつとして拒むことなく受け入れてくれた。
ベッドの上で、私にされるがまま、声を殺して震えている先輩のその姿は、消えないはずの罪さえも、消えてしまったと思えるほど、美しく、神秘的な姿だった。
◇
「なんだか、すっきりした、清々しい顔をしているね」
帰りがけ、葵先輩が私にそう声をかけてきた。
「葵先輩の顔も、私にはそう見えました」
玄関で靴を履きながら言うと、彼女は笑って、置いてあったサンダルに足を引っ掛けた。
私を見送ろうと歩きながら、先輩が言う。
「これでよかったんだよ」
学園をこの島から追い出す「計画」が、実行されずに終わってしまった事実を、葵先輩は受け入れていた。
もう、過去の話、みたいだった。
どこまで見送ってくれるのか、わからないけれど、私は玄関を出て、歩き出す。
「その鞄ってなにが入っているの?」
葵先輩は、私の背負っている鞄を不思議がっていた。
「お土産でも入ってると思いましたか?」
ははって笑いながら、葵先輩は、
「あなた、そんなに気が利かないでしょ」
と、友だちみたいに、私をからかってみせた。
最初から、家にいるときの先輩の姿のまま出会えたら、私たちの関係って、どうなっていたんだろうね、先輩。
「ねえ、先輩」
お屋敷の門の前で、葵先輩が足を止めたから、私は彼女と向き合う姿勢になった。
「お別れしてしまう前に、一度だけ、私の名前を呼んでください」
いままで、見たことないくらい、嫌そうな顔をして、葵先輩はえーって言いながら、
「いまさら、照れくさいんだよなあ」
と、愚痴をこぼした。
「私を『計画』のために、利用しようとしていたから、感情移入したくなかったんですよね?」
黙っているってことは、図星なんだ。
「私に命令するつもりがないなら、できますよね?」
見つめ合っていると、観念したのか、葵先輩は口を開いた。
「わかったから、早く行って」
私は先輩に背を向けて、帰り道を歩きだす。
学園に続く坂道を上っていると、後ろから大きな声が聴こえた。
「またねー! あかり!」
涙があふれてきたから、私は振り返らずに、坂道を走りだした。
また、はないんだよ。
私はね、先輩。
あなたが考えているより、ずっと愚かなんだ。
私には、生きる目的なんてないから、最後にあなたの願いを叶えて、この世を去ろうと思うよ。
私は後悔しないよ、先輩。
たとえ死刑になったとしても、最後にあなたが私を友だちと呼んでくれたから、私は後悔しないと、胸を張ってそう言えるんだ。
「さようなら」
人との付き合い方を知らない私に、人を操る方法だけを教えてくれた、不器用で私にそっくりな、とっても悪いお姉さん。




