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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第四章 迷い子たち
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第68話 12月 山中にひとり akari

  あかり akari


 冬休みが近づいてきた頃、ひとりになった私は、あの山へ向かった。


 忌まわしい記憶や、大切な思い出が詰まった、私たちの山だ。


 入山申請を出すと、佳奈や遥香に気づかれてしまうおそれがあるから、私はゲートの横の山林に忍び込んで、密かに山道へと躍り出る。


 思ったとおり、なんの問題もない。


 入山申請だって、形だけのもので、誰かに見つかったとしても、素直に謝る姿勢を見せてやれば、きっとたいした問題にはならないのだろう。


 地図は必要ない。


 山頂へ向かう道も、発電所の裏へ抜ける道も、行きたい場所へ続く道は、すべて憶えている。


 私はこの山で、自分の考えを整理したかった。

 自分の意思を、確認しておきたかった。


 生きる意味を、見出したかった。


 そんな重たい気持ちでいたせいか、慣れたはずの山頂への道が、ひと際、険しく感じられた。

 ときどき、足を取られながら、転ばないように、慎重に歩く。


 やっとの思いで山頂の広場に出ると、いつもと変わらない景色がそこにあった。


 小さなベンチにひとり腰かけて、ひと休みする。


 私がこの島にやってくる、ずっと以前から、この景色は変わらず、ここにあったんだ。


 じゃあ、私はなんのために、存在しているんだろう。


 遠くの海に、連絡船の姿が見える。


「いっそ、なにもかも、すべて沈んでしまえばいいのに」


 そうすれば、なにもかも忘れて、忘れるしかなくて、きっと楽になれるのに。


 私はこの世界を憎んでいたのだ。


 その憎しみを、ほんのいっときだけ、忘れていたに過ぎないのだと、思い出した。


 スマホを取りだし、カメラロールを開くと、この山に、確かに存在した風景が、記録されている。

 佳奈とふたり、あるいは遥香と三人で、笑顔で映る、他人のような私がいた。


「どっちが偽物の世界なんだろうね、佳奈」


 いまでも、彼女のことを想う気持ちがあふれて、涙がこみあげる。


「うわぁああぁあ」


 言葉にならない声が、からだの奥から吐くように押し寄せてきて、口からこぼれだす。


 私のそばには、もう誰もいない。


 あの時間には、もう戻れないんだ。


 ◇


 急にふらふらと気分が悪くなって、ベンチの上で休んでいた私は、日が沈む頃に目を覚ました。


「そうだ、門限」


 日が落ちるのも、すっかり早くなってきたから、まだ時間は大丈夫そうだ。


 いや、門限を過ぎてしまったとしても、どうでもいいか。

 そんなの、たいした影響はないって、知っている。


 この世のすべての約束事は、所詮、茶番に過ぎないのだから。


 ゆっくりと下山をはじめた私は、その足で、あの発電所の裏へと向かった。

 たどり着いたときには、あたりはもう暗くなっていた。


 昭和の時代から放置された、錆びついた金網に空いた穴。

 いまでもまだ、そのままだった。


 裏口の扉も鍵がかかっていないまま。

 なにも変わらない。


 私たちがここに来る前から、なにも変わらないんだ。


『この先、危険』


 ぼろぼろの立て看板を見ると、自然と笑えた。


 引き寄せられるようにして、私はあの崖へと向かう。


 崖の上から、島の夜景が見えた。


 佳奈とふたりで花火を観たことを、思い出す。

 この崖の上で、ふたりで抱き合ったことを、思い出す。


 ここで死ねたら、それで終わりでも、私はいいと思ってここへ来た。


 それなのに、いざ足を運んでみたら、そんな気にはなれなかった。


 いまの私には、生きる目的はないけれど、ただ死にたいわけじゃないって、それだけがわかった。


 私は、やっぱり、お父さんに似て、根っからのクズなんだなって、そう確認できた。


 ◇


「もうすぐ、絆の時間、はじまるわよ」


 門限ぎりぎりに女子寮へ帰ってくると、寮母さんに声をかけられた。


 私は、なにも言わずに部屋へ戻っていく。


 絆の時間って言ったって、絆を深める、相手がいないじゃない。

 私からお姉さん役を奪っておいて、よくそんなことが言えるよね。


 代わりになにをして過ごせばいいのか、その指示さえない。


 苛立ちながら、エレベーターを降り、住居棟の廊下にやってくると、私の部屋の前に、誰かが座っているのが見えた。


 佳奈だった。


「遅いよ、あかり」


 私の姿を確認すると、佳奈は立ちあがって、私に手を振った。


「なにかあった?」


 私が訊ねると、


「いや、なにもないんだけれども」


 佳奈はそう前置きしてから、


「絆の時間、葵先輩がいなくなっちゃったから、私と美代子と、三人でどうかなって」


 と、提案してきた。


 そっか。

 こいつって、寮長のお手伝い、なんだっけ。


「あんた、美代子先輩と仲良さそうだし、邪魔しないでおいてあげるよ」


 三人でやるのはもはや、絆の時間とは言えないでしょ。

 それは、なんらかの、別の集まりだよ。


 そんなのはいらない。

 私がほしいのは、絆の時間なんだ。


「私はいっしょがいい」


 一生懸命、勇気をだして、そう言っているんだって、私にはわかるよ。

 佳奈のこと、もうわかんないやって思っていたけど、そのくらいわかる。


 いまやさしくされると、かえって苦しいだけなんだ。


「ひとりでいたいから」


 そう言って、私は部屋に戻ろうとした。


 ドアを開け、部屋に入ろうとする私の手を、佳奈がつかんだ。


「気が変わったらいつでも言って」


 佳奈は泣きそうな顔で、私を見ていた。


 それを見て、自分の決意が、少しだけ揺らいだのを感じた。

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