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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第四章 迷い子たち
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第67話 12月 絆の時間(あかり) akari

  あかり akari


「退学処分って、ほんとうですか?」


 絆の時間。


 葵先輩の部屋を訪れた私は、すぐにそう訊ねた。


「まだ処分は言い渡されてないよ」


 その言葉に、私はほんの少し、ほっとした。


「そんなとこで立ってないで、座りなよ」


 葵先輩に促されて、ベッドに腰かける。


 彼女は、まるで憑き物が落ちたような、すっきりした表情をしていた。


「どうして、そんなに清々しい顔をしていられるんですか」

「そんな顔してるかな」


 自覚はないってことか。


「まあ、ほっとしているのも事実だからかな」

「ほっとしている?」


 学園をこの島から追い出す目的を、達成できなくなるかもしれないというのに、なんでほっとするんだ。


 葵先輩は、不思議がる私に笑ってみせる。


「余計なことをすれば、ひみつをバラすと脅されていたから、てっきり『なおくん』との関係を握られているものだと思っていたけれど、どうやらそうじゃなかったみたいだから」


 先輩は、先生に迷惑をかけたくなかったんだ。


 生徒と付き合っていることが明るみに出たら、きっと仕事をクビにされて、この島から出ていかないといけなくなるだろうから。


「握られていたのは、SNSに学園の不祥事をばらまいていたことだったって、そういう話ですか」

「まあ、そうだね」


 葵先輩は、自宅から持ってきた私物の端末を使って、情報をアップロードしていたらしい。

 その書き込み時間が、学校にいるはずの時間や、この女子寮にいるはずの時間だったから、内容はさておき、私物の端末を持ち込んでいたことを理由に、校則違反で処罰されることになったと教えてくれた。


「事実しか書き込んではいないけれど、まあ、校則違反は校則違反だからね。理由なんてなんでもいいんだよ。学園の敵を排除することができればそれで」


 事実を開示してやれば、あとは勝手に群衆が盛り上げてくれる。

 いつだか佳奈が言っていた、治安の悪い書き込みは、この人によるものではないという。


 そもそもの不祥事を、この人がやらせていたことについては、まだ発覚していないようだった。

 実行犯の男子は、退学処分になる予定だとか。


「私も、時間の問題で、退学になるだろうね」

「スマホを持ち込んだだけで、退学処分になるのは、犯した罪に対する罰としては、重すぎると思います。そんなのおかしいです。先輩は、それでいいんですか?」

「そのくらい、覚悟の上だよ。そのために、この学園に入ったからね」


 犯行そのものが、入学した目的だったってわけだ。

 そうじゃなきゃ、この島から追い出したいと思っている学園に、自分が入るなんて、普通はやらないか。


「学校の先生になりたいって、言ってませんでしたっけ」


 私は、すがるように、彼女を思い留まらせようとする。


「それこそ、方法なんていくらでもあるでしょう」


 そのくらい、織り込み済みだとわかると、徒労感が襲ってくる。


「まあ、そうですけど」


 それにしても、今日の先輩はよくしゃべる。

 まるで、すべてをあきらめたかのようだ。


 私は、それが許せなかった。


 ずっと、この人と、悪巧みを共有することで、つながっていたかった。

 そうすることが、唯一、私たちの心をつなぐ方法だと信じていたから。


「どうして、今日までなにも行動しなかったんですか」


 葵先輩は、なにかをやるつもりでいたはずだ。


「脅しに屈したってことですか」


 そんなの、葵先輩らしくない。

 必死に問いただす私を見て、葵先輩が笑った。


 それから、彼女は自分の考えていた「計画」を、打ち明けてくれた。


「ほんとうは、あなたを使うつもりだったんだよ」


 私は、自分がこの人に利用されるところだったと知っても、少しも嫌な気持ちにならなかった。

 どうして、私に命じてくれなかったのかという、怒りだけを感じた。


「手紙で脅されたから、やめたわけじゃない。彼をあんなふうに巻き込んでおいて、いまさら、そんなことで、引き下がれるわけないから。あなたも知ってるでしょ、私がどんな人間か」


 この人の腕に刻まれた傷痕を見れば、それは理解できる。

 その罪悪感に苦しんだりしていたことが、私には容易にわかるから。


「じゃあ、どうして、私に命じなかったんですか」


 言わないつもりでいるようなので、私は自分から訊ねた。

 私に嘘はつけないから、葵先輩は教えてくれたのだと思う。


「あなたを『友だち』のように、思ってしまったから」


 私はなにも、言い返せなくなった。


 頭ではどうして命令してくれないんだって怒っているのに、心ではこの人を怒れないって、そんな気持ちになってしまっていたからだ。


 葵先輩は、遠くを見るような目をして、つぶやく。


「『絆の時間』を考えた、七海先輩という人は、いったい、どこまでを予見していたんだろうね」


 その言葉には、彼女に対する尊敬の念が感じられた。

 やわらかい表情になって、葵先輩は続ける。


「もし、この島に学園が根づいたら、それはきっと、この『絆の時間』があったおかげだね」


 この島から学園を追い出そうとしたことは、先輩にとって、過去のことになっているのだと感じた。

 私は過去になったその「計画」のことを、知りたいと願った。


「先輩は、私になにをさせたかったんですか」


 その「計画」を聞いて、私は納得した。


「確かにそれは、私にしかできないですね」


 学園の評判をおとしめ、思うように生徒が集まらくなったり、政府の補助金が打ち切られたりすれば、学園を運営する法人は立ち行かなくなって、勝手につぶれていくはず。

 そういう、回りくどく、小賢しい、「地味に効く」みたいなやり方じゃなくて、もっと直接的で、即効性のある、それはいわば、「捨て身」の計画だった。


 いまさら引き下がれるわけないと、簡単に言ってのけた、その決意の片鱗みたいなものを、私は感じた。

 謎が解けたという、すっきりした気持ちがあったことも確かだ。


 私の表情を見て、葵先輩が微笑んだ。


「私たちの絆の時間も、たぶん、今日で最後になるね」


 はっきりそう言われて、私は動転した。


「そんなにすぐに、処分が下されるんですか」


 葵先輩は、ははって笑うと、


「彼の処分だってまだ終わってないし、さすがに時間がかかるよ」


 そう、前置きしてから、


「正式に処分が決まるまで、自宅待機になるから」


 と、理由を説明してくれた。


「おばあちゃんになんて説明しようかなあ」


 明るい表情のまま、葵先輩が言う。


「ご両親にはどう説明するんですか」

「ぜんぜん、考えてなかったわ」


 先輩は、あっけらかんと言ってのける。


「島に帰ってきたら、特別に教えてあげようかな」


 その答えを聞いて、やっぱりこの人は、私といっしょだなって思った。


 犯人でいることをやめた葵先輩は、ただ、きれいだった。

 きれいな姿のまま、彼女は学園を去っていった。


 女子寮のアプリで確認しても、それからずっと、彼女の部屋は、不在表示のままだった。


 私は、たったひとりの仲間を失って、喪失感に襲われていた。


 あの人だけは、私と同じで、きたないままでいてほしかった。

 そんなことを願う私は、どこまでも人間のクズだ。


 ひとりになった私には、ここにいる目的も、生きている理由さえも、すべてが白紙に戻って、なにもなかった。

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