第67話 12月 絆の時間(あかり) akari
あかり akari
「退学処分って、ほんとうですか?」
絆の時間。
葵先輩の部屋を訪れた私は、すぐにそう訊ねた。
「まだ処分は言い渡されてないよ」
その言葉に、私はほんの少し、ほっとした。
「そんなとこで立ってないで、座りなよ」
葵先輩に促されて、ベッドに腰かける。
彼女は、まるで憑き物が落ちたような、すっきりした表情をしていた。
「どうして、そんなに清々しい顔をしていられるんですか」
「そんな顔してるかな」
自覚はないってことか。
「まあ、ほっとしているのも事実だからかな」
「ほっとしている?」
学園をこの島から追い出す目的を、達成できなくなるかもしれないというのに、なんでほっとするんだ。
葵先輩は、不思議がる私に笑ってみせる。
「余計なことをすれば、ひみつをバラすと脅されていたから、てっきり『なおくん』との関係を握られているものだと思っていたけれど、どうやらそうじゃなかったみたいだから」
先輩は、先生に迷惑をかけたくなかったんだ。
生徒と付き合っていることが明るみに出たら、きっと仕事をクビにされて、この島から出ていかないといけなくなるだろうから。
「握られていたのは、SNSに学園の不祥事をばらまいていたことだったって、そういう話ですか」
「まあ、そうだね」
葵先輩は、自宅から持ってきた私物の端末を使って、情報をアップロードしていたらしい。
その書き込み時間が、学校にいるはずの時間や、この女子寮にいるはずの時間だったから、内容はさておき、私物の端末を持ち込んでいたことを理由に、校則違反で処罰されることになったと教えてくれた。
「事実しか書き込んではいないけれど、まあ、校則違反は校則違反だからね。理由なんてなんでもいいんだよ。学園の敵を排除することができればそれで」
事実を開示してやれば、あとは勝手に群衆が盛り上げてくれる。
いつだか佳奈が言っていた、治安の悪い書き込みは、この人によるものではないという。
そもそもの不祥事を、この人がやらせていたことについては、まだ発覚していないようだった。
実行犯の男子は、退学処分になる予定だとか。
「私も、時間の問題で、退学になるだろうね」
「スマホを持ち込んだだけで、退学処分になるのは、犯した罪に対する罰としては、重すぎると思います。そんなのおかしいです。先輩は、それでいいんですか?」
「そのくらい、覚悟の上だよ。そのために、この学園に入ったからね」
犯行そのものが、入学した目的だったってわけだ。
そうじゃなきゃ、この島から追い出したいと思っている学園に、自分が入るなんて、普通はやらないか。
「学校の先生になりたいって、言ってませんでしたっけ」
私は、すがるように、彼女を思い留まらせようとする。
「それこそ、方法なんていくらでもあるでしょう」
そのくらい、織り込み済みだとわかると、徒労感が襲ってくる。
「まあ、そうですけど」
それにしても、今日の先輩はよくしゃべる。
まるで、すべてをあきらめたかのようだ。
私は、それが許せなかった。
ずっと、この人と、悪巧みを共有することで、つながっていたかった。
そうすることが、唯一、私たちの心をつなぐ方法だと信じていたから。
「どうして、今日までなにも行動しなかったんですか」
葵先輩は、なにかをやるつもりでいたはずだ。
「脅しに屈したってことですか」
そんなの、葵先輩らしくない。
必死に問いただす私を見て、葵先輩が笑った。
それから、彼女は自分の考えていた「計画」を、打ち明けてくれた。
「ほんとうは、あなたを使うつもりだったんだよ」
私は、自分がこの人に利用されるところだったと知っても、少しも嫌な気持ちにならなかった。
どうして、私に命じてくれなかったのかという、怒りだけを感じた。
「手紙で脅されたから、やめたわけじゃない。彼をあんなふうに巻き込んでおいて、いまさら、そんなことで、引き下がれるわけないから。あなたも知ってるでしょ、私がどんな人間か」
この人の腕に刻まれた傷痕を見れば、それは理解できる。
その罪悪感に苦しんだりしていたことが、私には容易にわかるから。
「じゃあ、どうして、私に命じなかったんですか」
言わないつもりでいるようなので、私は自分から訊ねた。
私に嘘はつけないから、葵先輩は教えてくれたのだと思う。
「あなたを『友だち』のように、思ってしまったから」
私はなにも、言い返せなくなった。
頭ではどうして命令してくれないんだって怒っているのに、心ではこの人を怒れないって、そんな気持ちになってしまっていたからだ。
葵先輩は、遠くを見るような目をして、つぶやく。
「『絆の時間』を考えた、七海先輩という人は、いったい、どこまでを予見していたんだろうね」
その言葉には、彼女に対する尊敬の念が感じられた。
やわらかい表情になって、葵先輩は続ける。
「もし、この島に学園が根づいたら、それはきっと、この『絆の時間』があったおかげだね」
この島から学園を追い出そうとしたことは、先輩にとって、過去のことになっているのだと感じた。
私は過去になったその「計画」のことを、知りたいと願った。
「先輩は、私になにをさせたかったんですか」
その「計画」を聞いて、私は納得した。
「確かにそれは、私にしかできないですね」
学園の評判をおとしめ、思うように生徒が集まらくなったり、政府の補助金が打ち切られたりすれば、学園を運営する法人は立ち行かなくなって、勝手につぶれていくはず。
そういう、回りくどく、小賢しい、「地味に効く」みたいなやり方じゃなくて、もっと直接的で、即効性のある、それはいわば、「捨て身」の計画だった。
いまさら引き下がれるわけないと、簡単に言ってのけた、その決意の片鱗みたいなものを、私は感じた。
謎が解けたという、すっきりした気持ちがあったことも確かだ。
私の表情を見て、葵先輩が微笑んだ。
「私たちの絆の時間も、たぶん、今日で最後になるね」
はっきりそう言われて、私は動転した。
「そんなにすぐに、処分が下されるんですか」
葵先輩は、ははって笑うと、
「彼の処分だってまだ終わってないし、さすがに時間がかかるよ」
そう、前置きしてから、
「正式に処分が決まるまで、自宅待機になるから」
と、理由を説明してくれた。
「おばあちゃんになんて説明しようかなあ」
明るい表情のまま、葵先輩が言う。
「ご両親にはどう説明するんですか」
「ぜんぜん、考えてなかったわ」
先輩は、あっけらかんと言ってのける。
「島に帰ってきたら、特別に教えてあげようかな」
その答えを聞いて、やっぱりこの人は、私といっしょだなって思った。
犯人でいることをやめた葵先輩は、ただ、きれいだった。
きれいな姿のまま、彼女は学園を去っていった。
女子寮のアプリで確認しても、それからずっと、彼女の部屋は、不在表示のままだった。
私は、たったひとりの仲間を失って、喪失感に襲われていた。
あの人だけは、私と同じで、きたないままでいてほしかった。
そんなことを願う私は、どこまでも人間のクズだ。
ひとりになった私には、ここにいる目的も、生きている理由さえも、すべてが白紙に戻って、なにもなかった。




