第66話 11月 絆の時間(佳奈) kana
佳奈 kana
山頂で起きた出来事を、どう受け止めればいいのか、私はわからないでいた。
それは、遥香も同じだったようだけど、それ以上に、あかりの様子がおかしかった。
元から学校ではおとなしいやつだったけれど、ふたりでいるときは明るくて、よく笑って、よくしゃべって、お互いのことをわかりあえる友だちの姿をしていたのに、声をかけても元気がないし、笑わないし、会話もろくに続かないようになってしまった。
学校での、反抗期丸出しの、自信満々で気を張った姿は鳴りを潜め、生気が感じられない、抜け殻のような姿になっていた。
これはおかしい。
たぶん、ずっと前からおかしかったのが、あの日、山頂で爆発して、それから気が抜けたようになってしまったのだと、私は考えていた。
あかりの様子を観察することを続けていたら、彼女の部屋に侵入することを続けていたら、その変化にいち早く気づけたりしたのかな。
その頃、私は美代子に夢中で、あかりのことをきちんと見てあげられていなかった。
しばらくして、あかりは学校に遅刻してくるようになった。
朝弱くて、早起きが大の苦手なくせに、遅刻したり休んだりしたら、学校に負けた気がするからと、皆勤賞を続けていたあかりが、頻繁に遅刻してくるようになったのだ。
緊張の糸が切れたのか、完全に弛緩した状態って、雰囲気だった。
反抗期とか、微塵もなさそうな、世界に対して従順な顔をしている。
おとなに強い言葉で言い返したり、先生を警察に行きますと脅したり、そんなこと、生まれてこの方したことないです、みたいな、穏やかな顔だ。
遅刻が多いと先生に注意されて、死にそうな声で「すみません」とか言ってる。
ろくに挨拶もできないところは変わっていないから、なんか、存在感がないっていうか、幽霊みたいな存在になってしまっている。
いまにも消えてしまいそうで、私はあかりのことが心配でたまらなかった。
そのうち、欠席も増えてきて、女子寮でも姿を見かけなくなっていった。
部屋にはいるようだから、ずっと寝ているのだろう。
あかりの部屋からは、あの日以来、歌声は聴こえない。
いつから、あの歌が聴こえなくなったんだっけ。
私は、思い出せなかった。
私は、あかりのことが、わからなかった。
ずっと、あかりのことはなんでもわかる気がしていたから、わからないことに、戸惑ってしまった。
そうしているうちに、あかりは痩せ細っていった。
元々、華奢なほうではあるけれど、少しずつ痩せていく姿を見ているのはつらかった。
「悩んでることあるなら聞くよ」
そう声をかけても、反応は芳しくない。
「ご飯、いっしょに食べようよ」
そう誘っても、
「ん。いい。お腹空いてない」
そんなことを言って、部屋に引きこもってしまう。
さすがにこれはまずいし、命にかかわるかもしれないと、私は不安になった。
たまらず、みよちゃん先輩に相談したら、それは軽度の鬱状態かもしれないと教えてくれた。
私は、おとなの力を借りようと、担任の直人先生にも相談してみたけれど、遅刻や無断欠席を咎められなくなったくらいで、なにかが解決した様子はなかった。
遥香は、あの山の上で、あかりがおかしくなったのを見てから、塞ぎ込んでいた。
私とも、おしゃべりする元気がないみたいだし、あかりにも近づけないでいるみたいだ。
体育の授業中、あかりの様子を気にしている姿は確認できるけれど、いっしょにいるところは、あれから一度も見ていない。
ふたりは恋人同士だし、遥香にあかりの助けになってもらいたいとお願いしたいところなのだけれど、当の遥香も元気がないから、そっちはそっちで心配なのだった。
◇
「どうすればいいんですかねえ」
絆の時間。
ベッドの中で、私は無力感に襲われていた。
「目を離さずに、見守ってあげるくらいしか、私には思いつかないかなあ」
みよちゃん先輩は、私を抱きしめながら、アドバイスを送ってくれる。
「私は佳奈ちゃんも心配なんだよう。最近、思い詰めた様子で、すっかり元気がなくなっちゃったんだあ」
やさしく髪をなでてもらいながら、私は、みよちゃん先輩に笑い返す。
「考えごとをしているだけで、元気はありますよ。ご飯だって、きちんと食べられますし。先輩がいるおかげです。みよちゃんがいなかったら、私もだめになっていたかもしれません」
先輩はいつだって、私をやわらかく包み込んで、心を癒してくれる。
ずっと答えの出ない問いに、自問自答しているのはつらいから、せめて絆の時間くらいは誰かに甘えたい気持ちを発散したくて、こうやって、ベッドの中で抱きしめてもらっているんだ。
「ネットも遮断されているし、調べ物をするのにも不自由で、困ったねえ」
「やっぱり、人権侵害ですよね、学園のやっていることって」
私は部長の受け売りを披露して、溜飲を下げてみる。
なんの気になしに放った言葉に、みよちゃん先輩の瞳がうるんだ。
「私って、お姉さん役、失格なんだあ」
あ、まずい。
「新入生の不安を取り除いて、悩みを解決する手助けをしてあげるために、七海先輩がこの絆の時間を作ったはずなのに、これじゃ、ぜんぜん、役立たずの美代子じゃない」
いつもほんわかしてて、まぶしい笑顔でいっぱいの、みよちゃん先輩にまで、私たちの憂鬱が伝染しはじめている。
こんなとき、私が美代子を癒さないでどうする。
私は気を確かに持って、みよちゃん先輩を抱きしめた。
「佳奈が元気でいられるのは、美代子のおかげ」
「佳奈ちゃん、その呼び方」
「美代子も言って」
「え」
「はやく言って」
戸惑う美代子を急かすように促すと、彼女は、んふっと笑って、
「佳奈が元気でいられるのは、美代子のおかげ」
と、復唱してみせた。
「もういっかい」
えぇって恥ずかしそうに声を漏らしながら、美代子は繰り返す。
「佳奈が元気でいられるのは、美代子のおかげ」
おもしろくなってきたので、私は続けてみせる。
「もういっかい」
んふうって息を吐いて、みよちゃん先輩が私の顔をじろっと睨んだ。
「三回は多いんだあ」
あははって、声をだして笑うと、みよちゃん先輩も同じように笑った。
なんか、久しぶりに大きな声で笑えたなあ。
◇
「今日もありがとうございました」
チャイムが鳴ったので、みよちゃん先輩の部屋から、おいとまする。
私たちは、恋人同士だから、いつまでだっていっしょにいたっていいのだけれど、絆の時間は神聖な場だと捉えているから、きちんとルールに則って活動しているのだ。
寮長とそのお手伝いとして、この伝統をしっかり継承していきたいから。
「私もいっぱい、元気もらえたんだあ」
ふふっと笑いあって、名残惜しいから握手だけして、私は部屋に帰っていく。
部屋に戻ると、ドアポストに手紙が入っているのがわかった。
「やっぱり、そうか」
たぶん、おばあちゃんなんだろうなって、すぐわかった。
春にもらった手紙や、夏にもらった手紙は、わびしさを感じさせる内容で、おばあちゃんを許せない気持ちもあったし、なんて返事を書いたらいいのかわからなくて、まったく返事ができていなかった。
それにもかかわらず、おばあちゃんはまた手紙を送ってくれたのだ。
今回の手紙は、楽しげな雰囲気であふれていた。
佳奈とお別れしたフェリー乗り場で出会った、佳奈の同級生のおばあちゃん、あの方も美智子っていう名前で、私と同い年なのよ。
そんな前置きではじまる、ふたりの美智子の交流について書かれている。
美智子は美智子のこと、「お友だち」って表現していた。
生まれ育った環境も、性格もまったく違うけれど、お互いに、二度目の子育てを終えた気持ちになったばかりという共通点があって、とても話が合うのだとか。
まるで、私とあかりみたいだなって思いながら、私はその手紙を読んでいた。
あかりがいなくなって、美智子がさみしい思いをしているから、たまには実家に帰るように、私からそれとなく言ってあげてほしいって、美智子に頼まれた。
おばあちゃんも、私に会えなくてさみしいって、ほんとはそう言いたいのかな。
最後はいつものように、冬休みに帰ってくるなら、迎えに行くから連絡をくださいって言葉で締めくくられていた。
「私ね、たぶん、年末まで補習だよ、おばあちゃん」
あかりには、どうやって伝えてあげればいいのかなあ。
◇
「え、退学処分?」
いつものように、志乃ちゃんとふたりでお昼ご飯をいただいていると、彼女がそんな噂を口にするから、私は訊き返した。
例の更衣室荒らしの犯人のことだ。
「盗撮事件の犯人でもあるらしいから、合わせ技一本なのかしら」
志乃ちゃんが首を傾げながら言う。
ダイエットをしていたことも忘れて、カレーを飲み物みたいにすすってる。
「いきなり重い処分だね。生徒手帳を見る限り、休学とか留年とかないし、ペナルティがそれしかないからなのかなあ」
「教育機関として、ほんとうにそれでいいのかしらね」
「高校は義務教育でもないし、社会の厳しさを教えてるってことなのかなあ」
「法律上は、まだ保護者が必要な子どもなのにねえ」
私たちは、それっぽいことを話し合いながら、カレーをすすっていく。
「そうだ。犯人、もうひとり捕まったの、知ってまして?」
「え、共犯者がいたってこと?」
志乃ちゃんは、きょろきょろと周囲を見渡してから頷いた。
「共犯者、というわけでもないらしいのだけど、ネットに情報を流していた犯人が、開示請求されて、ついに尻尾をつかまれたらしいの」
私は、中学時代に読んだ、治安の悪い書き込みの数々を思い出してくる。
あれらがぜんぶ、ひとりの同じ犯人によるものとは思えないけれど、そのうちのどれかを書いた人間が、特定されたんだろうな。
「この学園に通う女の子らしいわ」
「え、意外」
だから、きょろきょろしてたのか。
その人の仲間が、もしかしたら、この食堂にいるかもしれないもんね。
「被害にあってるの、女子だったから、てっきり犯人は男子かと思ってた」
「ここだけの話よ、佳奈さん」
志乃ちゃん、それ絶対、自分が言いたいだけだよね。
無理やり、ひみつを共有されるのも、悪い気はしないけれど、私は口が堅い人間のつもりだから、人に言えないようなことを知ってしまうの、微妙にストレスなんだよなあ。
志乃ちゃんは、お構いなしに耳を貸せと迫ってくる。
「しょうがないなあ」
観念した私は、身を乗り出して、片方の耳を差し出した。
「葵先輩っていう、二年生の女子なんだって」
その名前を聞いて、もしかして、あかりも関わっていたりしないよねって、私は不安になった。




