第63話 11月 絆の時間(あかり) akari
あかり akari
「犯人、捕まったらしいですね」
絆の時間。
葵先輩の部屋を訪れた私は、ベッドに腰かけると、すぐに話しはじめた。
きょとんとしているので、私はふっと笑ってしまう。
「なんですか、その顔」
私が言うと、葵先輩は手渡そうとしていたスマホを机に置く。
「音楽聴かないんだって思って」
「あ、そっちですか」
笑ってしまいながら、そう言われると、残念そうな顔にも見えてくる。
この人、私が選ぶ音楽を聴くの、好きらしいから。
「犯人、というか、『実行犯』になるんですかね、この場合。捕まったのは知ってますよね?」
まさか知らないのかと思って訊ねると、葵先輩が悪い顔をした。
「『真犯人』が、知らないわけないでしょう」
「もはや、隠すつもりないんですね」
「あなた以外にも、知られているようだから」
隠しても無駄な状況になったってことを言いたいのかな。
私はそれが悔しかった。
先輩と、ふたりだけのひみつであってほしかったから。
「あなたになにを言われても、もう脅しにはならないね」
今日もそうやって、ストレス解消してやろうという気持ちがあったことは事実だ。
「もしかして、楽しんでくれていたんですか」
葵先輩はふっと笑って、「どうかな」とつぶやく。
私では脅しにならないということは、もっと強い警告を受けているのだろうか。
私はそう思って訊ねた。
「いったい誰に脅されているんですか」
「匿名の誰か。これ以上、余計なことはするなってさ」
「私は、先輩が捕まってしまったら困ります」
まったく、おそれていない様子なので、そう言ってみる。
「まだなにか、やるつもりなんですか」
葵先輩は、私の目を見て黙っていた。
言わないってことは、そうなんだ。
この人の目的は、学園をこの島から追い出して、島を学園がなかった頃の姿に戻すことだ。
そのために、不祥事を起こして学園の評判をおとしめようとしている。
自分がやると、島の人間による犯行になってしまって都合が悪いから、学園の生徒を使ってやらせているんだ。
なにがこの人をそこまで、突き動かしているんだろう。
あの頃の島を取り戻したい。
なくしてしまった生活を取り戻したい。
その気持ちは共感するけれども、ほんとうにそれだけなの?
「私は『真犯人』の動機が知りたいです」
まだ、本当の動機を教えてもらっていない。
私は、まだ誰も知らないであろう、先輩のひみつを知りたかった。
葵先輩は黙っている。
私は立ちあがって、彼女に迫る。
この人に、その魔力が通じるとは思えないけれど、ほかでもない、先輩自身が教えてくれた、この方法しか知らないから、私は葵先輩にキスをした。
唇を重ねながら、胸が苦しくて仕方なかった。
遥香としたときも、佳奈としたときも、こんな感覚にはなったことがない。
耐えられなくて、私は先輩から離れた。
椅子に座った葵先輩は、表情ひとつ変えていなくて、私はこわくなって、ベッドのほうへ後ずさりした。
腰が抜けたように、ベッドに身体を預ける。
「教えてください」
私はなんとか強がって、言葉を発してみせる。
挑発に乗ったように、葵先輩は立ちあがると、ベッドに座る私の目の前に立ちふさがってきた。
『こわい』
心の中でそう思ったとき、葵先輩が口を開いた。
「あなたが私をどう思っているのかは知らないけれど、私はたいした人間じゃないよ」
葵先輩は、私の肩をつかんでベッドに押し倒すと、そのまま覆い被さってきた。
とっさに逃げようとすると、両腕をつかまれて、身動きを取れなくさせられる。
「なにか嫌なことでもあった?」
どうして、そんなことがわかるの。
腕をつかむ、先輩の力は強くて、抵抗することはできなかったけれど、私を見下ろすその目はやさしくて、私は涙があふれてしまった。
「私はどうすればいいですか、先輩」
夏祭りの日。
あの山の上で、ふたりでキスをしたとき、佳奈は私を受け入れてくれたし、恥ずかしそうにもしていた。
佳奈も私のこと、好きなんだって、そう思った。
私が抱きついたとき、佳奈も私を強く抱きしめてくれて、心からしあわせだと、そう思えたはずだったのに。
佳奈もそう思っているはずだって、信じていたのに。
遥香のことを気にして、私とはそういう関係になっちゃいけないって、あいつはいま、そう考えている。
あのとき、好きって言えたら、こうはならなかったのかな。
私と遥香の関係は、誰にも知られていないはずだった。
遥香なんて、親にも隠しているくらいなんだから。
それなのに、あいつにはぜんぶ、お見通しなんだ。
きっと、私のせいだ。
あいつは私のこと、誰よりも理解してくれるやつだから、私が遥香のこと、好きになってしまっていることに気づいたんだ。
それで私を気遣って、自分は邪魔したくないと考えている。
そんなの、いらない気遣いだっていうのに。
佳奈が大切なら、遥香を捨てて、自分が佳奈に近づけばいい。
それがいちばん、この状況を変えるためにできる、簡単なことのはずなのだけど、遥香のことも好きで、彼女を失いたくないと強く思っている自分がいる。
そうやって話していると、なぜだか、ぼろぼろと涙があふれてしまう。
どうしていいのかわからないでいる私を、葵先輩はそっと抱きしめてくれた。
遥香に抱かれたときにはない、心の痛みが和らいでいく感覚がした。
「どちらかを選ぶしかないって、わかってるんだよね」
葵先輩の声がして、私は彼女を強く抱きしめた。
苦しくて、声がだせないから、そうやって、返事をしたつもりだった。
どちらかを選べば、どちらかを失う。
先輩に抱かれて、呼吸が落ち着いてきた私は、やっとの思いで口を開く。
「佳奈に選ばれなかったら、私は生きていけません」
弱音を吐く私の口を、葵先輩は無理やりふさいでみせた。
葵先輩とキスをすると、胸が苦しくて仕方ないのに、かえって心の痛みは和らいでいくような、不思議な感覚に襲われた。
その正体が、私にはわからなかった。
ただ、葵先輩のキスが持つ魔力だけを、私は感じさせられていた。
「私は、佳奈を選びます」
勇気をだして、佳奈に伝えるべきだと、私は決心した。
「もし、すべてを失ったら、そのときは、私を慰めてくれますか」
覆い被さっていた葵先輩が、身体を起こして、私を見下ろしてくる。
「私はどこへも行かないよ。ずっとこの島にいる」
彼女はそう言って微笑むと、ベッドから出て、また椅子に座り直してみせる。
私も身体を起こして向かい合うと、「真犯人」が教えてくれた。
「私はね、いなくなってしまった人たちに、帰ってきてほしいだけなんだよ」
私はなぜ、この人に深く共感できたのか、その理由が、このときわかった。
◇
「え、いいの? あんなに私はだめって言ってたのに」
文化祭当日。
山岳調査部の部室で、展示を見ながら遥香が言う。
私は遥香を山岳調査部に誘ったのだ。
「遥香、バスケ部の幽霊部員になってるみたいだし、このとおり、部員もいなくて人手が足りないからさ」
部室には、遥香を除けば、私と部長しかいない。
受付係の私と、お客さんからの質問に応じる係の部長だけだ。
部長とは特に会話はなかった。
たぶん、この人と、ふたりでしゃべったことない気がする。
いつも、佳奈を通して会話しているから。
「でも、佳奈ちゃんがいるんだよなあ」
佳奈は、生徒会の仕事があるとかで、当日は手伝えないという話だった。
「佳奈がいたらだめなの?」
遥香にとって、佳奈ってなんなんだろうな。
元はと言えば、遥香に佳奈を取られると思って、私は行動したのに、そんなことする必要なかったみたいだって、遥香と付き合ってからわからされた。
「うう、悩む」
この思わせぶりな態度が、私を惑わしたんだ。
いまさらながら、腹が立ってくる。
「佳奈ちゃんって、変態だからなあ」
それは、わかるけど、あんたもたいがいでしょ。
「素直でかわいいとこあるから、なんか許しちゃうんだよねえ」
「じゃあ、いいじゃない」
「そうやって、心をかき乱されるのがやだ」
「なんだそれ」
意味がわからなくて、私は笑った。
「理性ではお断りしたいタイプなのに、本能ではうっかり好きになっちゃいそうになるから困るのよ」
それは、私だって困る。
遥香と佳奈が付き合いはじめるなんて、考え得る最悪の展開だ。
どっちも私のものにならないどころか、ふたりがくっつくなんて、許せないどころの騒ぎではない。
「魔性の女なんだ、佳奈ちゃんって」
そうか。
だから、私は先に奪っておく必要があったんだ。
話しながら、私は自分の気持ちを整理していく。
自分のやってきたことが、正しかったと、思い込もうとする。
今度はあのときの、逆をやればいいんだ。
「遥香、私と付き合ってること、忘れてない?」
「そんなことないよ」
遥香が後ろから抱きついてくる。
振り返りながら、私は言う。
「じゃあ、いいでしょ。佳奈も喜ぶし、入りなよ、山岳調査部」
私を解放しながら、
「はあい」
と、遥香は了承してくれた。
「部長、この子が、山岳調査部、入りたいそうです」
私は、はじめて自分から部長に声をかけた。
「よろしくお願いします」
そう言って、遥香が頭を下げてみせる。
部長は自分より背の高い女を見上げながら、
「うん。ようこそ、山岳調査部へ」
と、壊れたロボットみたいに応じていた。
「え、あの人、大丈夫?」
不安そうな声で、遥香がささやいてくる。
「元気ないだけで、やる気はあるから大丈夫だよ」
なにが大丈夫なのかわからないけれど、私はそう言うしかなかった。




