第62話 10月 山岳調査部 akari
あかり akari
「発電所の写真、ですか?」
部長と話していた佳奈が、首を傾げながら、私のほうを見てくる。
私はスマホのカメラロールを開く。
山で撮られた写真は、目印になるような、特徴的な木や岩、古い山道だったり、危ない坂道や崖などが多い。
遡っていくと、最初のほうに発電所の周辺で撮られた写真があった。
「遠くのほうから撮った写真ならあるけど」
「怒られそうだから、あんまり近寄ってないもんね」
佳奈が同調してくる。
「はじめて山岳調査をした日に撮ったものだから、あんまり上手に撮れてないなあ」
そう言いながら、私はふふっと笑ってしまう。
カメラロールには、佳奈がふざけている写真や、私とふたりで笑っている写真がたくさん収められていた。
あの山で採れた、私の宝物だ。
「山頂の写真は、いいやつたくさんあるから、山のほうであと足りないのは、発電所だけなんだ」
パソコンに向かった部長が、私の撮った山頂の写真をモニターに表示しながら言う。
「発電所なら近いし、これから撮影しに行く? 入山申請、出してあるし」
私が提案すると、佳奈が待ってましたとばかりに、にやりと笑う。
「文化祭を口実に、堂々と入れるってわけだね」
「前は忍び込んだって感じだったもんね」
私たちが談笑していても、部長は表情ひとつ変えない。
この部活は、私たち三人しかいない。
ほんとはもっと部員がいるらしいんだけど、幽霊部員だらけで、まったく出席してこないし、なんなら、顧問の先生すら姿を見せない。
文化祭の準備がはじまり、私たち山岳調査部も、部室に集まって会議を開いているところだった。
山岳調査部は、毎年、この島の地理に関する展示を行っているらしい。
この島の地理が、一年や二年で変わるわけないし、去年の使い回しでいいと思うんだけど、それじゃだめなのかな。
「毎年やっていたら、いずれその歴史が積み上がって、島が変化していく様子が映像として残るようになるからね」
部長はさらっとそんなことを言う。
なんの感情もこもっていないように聞こえるけれど、壮大な目標だ。
この人、今年で引退しちゃうのに、誰がそんなの引き継いでいくというのだろう。
「任せてください」
あ、ここにいた。
「部長の遺言、しかと受け取りました」
佳奈は胸を張ってみせる。
「うん」
そこ、否定しないんだ。
笑いをこらえながら、ふたりで部室を出ると、
「あの人、テンション低くない?」
佳奈に言われて、私は堪えきれずに笑ってしまった。
◇
「どうしたんだろう」
廊下を歩いていると、なにかに気づいた佳奈が声をあげた。
正面を向き直ると、先生に付き添われる形で、男子生徒が歩いてくる。
私たちは立ち止まって、先生たちが通り過ぎる様子を見守る。
男子生徒の横顔に、見覚えがあった。
「なんかやらかしたって感じだね」
このあと、説教が待っていることを覚悟している、ぴりついた表情だった。
佳奈も、その雰囲気を察知したらしい。
「どっかで見た顔だったけど、気のせいかな」
佳奈は首を傾げている。
「どうでもいいよ。部活、部活!」
これから、ふたりだけの、至福のときがはじまるんだ。
不穏な空気など、忘れてしまいたかった。
◇
山道へ向かうゲートの警備員さんに、入山証明を見せながら相談をしてみる。
警備員さんは、もはや入山証明なんてまじめに見ていない。
あかりと佳奈って覚えてるから、わざわざ名前も聞いてこないし、ほとんど顔パスだ。
事務所に電話で連絡すると言って、警備員さんが話を通してくれた。
まっすぐ発電所に向かい、入口にいる守衛さんに話をすると、あっさり中に入れてくれた。
「建物の中には、入っちゃだめだよ」
敷地内は、自由に見学していいみたいだ。
「こっそり侵入するのも、おもしろかったよね」
スマホを構えて、建物を撮影しながら佳奈が言う。
「自由に入っていいって言われると、味気ないね」
私も映える角度を探しながら応じる。
そのまま、敷地内をぐるっと回っていく。
「見て、まだ破れたまま」
金網が破れている箇所を発見して、佳奈が指をさす。
「私、この穴の写真持ってるわ」
「何十年とこのままなんだろうね」
はじめて来たときを、懐かしく思いながら歩いていく。
「火気厳禁」
燃料タンクに書かれた文字を見ながら、佳奈がつぶやく。
私はそこで閃いた。
「発電所の写真はもう充分だからさ、『この先、危険』行ってみようよ」
「おもしろいね」
佳奈が悪い顔をした。
発電所を取り囲むフェンス、その裏口は相変わらず、鍵もかかっていないまま。
問題の看板の前までやってくると、数か月前と変わらない姿をしていた。
「こっち行ってみようよ」
私は佳奈を、崖のほうへ誘う。
「転ばないように気をつけてよ」
心配そうに言ってくるので、私は言い返してやる。
「あのとき転んだのは、佳奈のほうでしょう」
「え、そうだっけ」
忘れているのか、とぼけているのか、どっちなのかわからない顔をしていた。
◇
「こんなにきれいな景色だったんだ」
崖の上で、海を眺めながら、佳奈が言う。
「景色なんて、特に変わってないでしょ」
「いや、変わってる」
佳奈の口ぶりに、迷いが感じられなかった。
心から、そう思っているみたいだ。
真剣な顔がおかしくて、私は笑ってしまう。
ここは、はじめてふたりで抱き合った、思い出の場所なんだ。
「ねえ、佳奈」
私は両手を広げてみせる。
また抱きしめてって、素直に言えたらよかった。
「なにそれ、タイタニックごっこ?」
崖の上から振り返った佳奈に、笑われてしまった。
佳奈が私の横を通り過ぎようとしたとき、私は勇気を振り絞って、後ろから抱きついてみた。
わあってびっくりした声をあげて、
「危ないよ」
と、たしなめられる。
後ろから抱きつくんじゃ、物足りないと思って、私は佳奈を解放する。
振り返った佳奈に、正面から抱きついていく。
「佳奈」
好きだよって言いかけた私は、心を打ち砕かれた。
「そういうの、遥香が悲しむよ」
ぶわっと涙がこみあげてくる。
拳を握って、必死に我慢してみせる。
「冗談だって」
なんとか強がって、佳奈の顔は見ないようにする。
「そろそろ、帰ろうか」
佳奈に言われて、私は走りだした。
「学校まで競争ね」
「絶対、私が勝つに決まってるでしょ」
ハンデのつもりなのか、佳奈はなかなか追いついてこなかった。
◇
「同着かなあ」
息も絶え絶えの私をよそに、涼しい顔で佳奈が言う。
わざとでしょって言いたいけれど、とてもしゃべれる状態じゃない。
水飲み場で、のどを潤していると、生徒たちの話し声が聞こえてきた。
「聞いた? 犯人、捕まったらしいよ」
「え、知らない」
「なになに、犯人って」
「プールの更衣室荒らし」
「うわ、懐かしい」
まさか、葵先輩まで捕まってないよね。
「復活した?」
「うわ」
佳奈が急に顔を覗き込んできて、私はびくっとのけぞった。
佳奈はこっちを指さしながら、きゃっきゃと笑ってる。
「ふざけんな」
私は佳奈の足を蹴っ飛ばして、部室へ向かう。
「褒めてくださいよ、部長」
パソコンに向かって、データを確認している部長の肩を、佳奈が乱暴に叩いている。
部長は嫌そうに、顔をしかめる。
なんか、友だちみたいだな、こいつら。
「うん。よくできました」
子ども扱いされていることにも気づかず、佳奈はうれしそうに、部長の背中を叩いていた。
女子寮への帰りがけ、ふたりで歩いていると、廊下で直人先生に声をかけられた。
「佳奈、ちょっといいかな」
「え、私ですか?」
直人先生に手招きされると、佳奈が駆け寄っていく。
「わかりました」
佳奈は封書のようなものを受け取っていた。
生徒会関係かな。
なんだろうって、気にはなったけれど、落ち着いた気持ちで佳奈と話せる気がしなくて、私はなにも言わなかった。
◇
「私、ちょっと寄るところあるから、先帰ってて」
たいして会話も弾まないまま、女子寮に着くと、佳奈はそう言って、二年生のいるB棟のほうへと歩いていった。
もしかして、生徒会の用事とかで、美代子先輩にでも会うのかな。
それとも、個人的な用事とか。
ひとりで部屋に帰ると、私はベッドの上に倒れ込んだ。
静まり返った部屋の中に、自分の泣き声が反響する。
こんな自分が恥ずかしいし、情けないけれど、涙が止まらなかった。
『そういうの、遥香が悲しむよ』
頭の中に、ひたすら佳奈の言葉が鳴り響いて、自分がどうして泣いているのかも、わからなかった。
ただ、弱い自分を受け入れることが、どうしようもなく嫌だった。
泣いてなんかいないで、この状況を、自分の力で変えなくちゃいけないと、私はそう思うより、ほかになにも知らなかった。




