第61話 10月 絆の時間(佳奈) kana
佳奈 kana
「今日の佳奈ちゃん、きれいな顔してるう」
絆の時間。
私の顔を見るなり、みよちゃん先輩がびっくりした様子で言う。
「え、そうですか?」
「なんか、憑き物が落ちたみたいっていうか、泉の女神さまから、突然、『きれいな佳奈ちゃん』を渡されたみたい」
その場合、「きたない佳奈ちゃん」はどこへ行ったんだ。
「確かに、清々しい気持ちではあるんです」
ふたりでちゃぶ台を囲んで、お茶をいただきながら、うふふと笑いあう。
「悩みごとが解決したってことなのかなあ」
私が首を縦に振ると、みよちゃん先輩の顔がぱあって明るくなった。
美代子の笑顔、最高なんだ。
「この島は、私にとって、ほんとうにユートピアでした」
「ど、どうしたの、突然。いきなり、アクセル踏みすぎなんだあ」
「振り落とされないでくださいね」
「まだ乗ってすらいなかったんだあ」
あははって、私たちは声をだして笑いあう。
「この島には、憧れの人とか、自分を理解してくれる大切な人とか、そんなかけがえのない、青春、みたいなものが詰まっていたんです」
わあって声をあげて、みよちゃん先輩は頬を赤くする。
「悩んでいたお友だちとの関係に、答えが出たってことなんだよね? 美代子にも、聞かせてほしいなあ」
「もちろん」
私は、笑顔で応じる。
「あかりに対する感情は、恋愛感情ではないんだってわかったんです」
みよちゃん先輩が、瞳をうるうるさせている。
「スリル、だったんです」
不思議そうに首を傾げる先輩に、私は説明した。
「いけないことをして、見つかったらどうしようとか、こんなこと知られちゃったらどうしようっていう、はらはらどきどきする感覚を、恋愛感情だと思い込んでしまったみたいなんです」
あかりに対して、特別な感情があるのは事実だから、勘違いしてしまった。
「いけないことっていうのは、下着泥棒とか、盗撮とか、盗聴とか、不法侵入とか、ストーキングとか、そういうやつ?」
「具体的に言ったら、私がまるで、変態みたいじゃないですかあ」
やだなあって笑うと、みよちゃん先輩も「こいつう」って言って笑ってくれた。
「もう、あの動画は削除して、部屋に入るのもやめました」
「わ、すっごい成長なんだあ」
みよちゃん先輩が、うれしそうに拍手で称えてくれる。
私は恐縮して、ぺこっと頭を下げてみせる。
みよちゃん先輩は、立ちあがって、私のそばにやってきた。
「もう危ないことしちゃ、だめだからね」
よしよしって、頭をなでてくれる。
心地よくて、溶けてしまいそう。
「いけないことするのって、気持ちいいんですよ」
「やっぱり、ただの変態なんだあ」
ぎゃははって、ふたりで笑いあう。
「佳奈ちゃんのそれって、『吊り橋効果』ってやつだったんじゃないかなあ」
「その言葉知ってます。そういう意味だったんですね」
「言葉として、すっごく有名ではあるよね」
「物知りですね、先輩」
うふふって、美代子は照れながら、
「恋愛について、興味津々な中学生だったんだあ、私って」
先輩のエピソードを聞いていると、耳年増っていうか、そういうとこ、あるもんね。
ネットが遮断されていなかったら、私だって、もっと早くに気づけただろうか。
私は知らぬ間に、吊り橋を渡っていたみたいだ。
「みよちゃん先輩との絆の時間には、吊り橋とは正反対の安らぎがあると、私は思っています」
私が言うと、美代子は照れくさそうに、はにかんでみせた。
かわいいなあ、みよちゃんって。
この安らぎの中で感じる、好きだって思うこの気持ち。
この気持ちこそが、本物だと確信して、私は彼女の手を取った。
「私、みよちゃんのことが好き」
わあって声をあげて、みよちゃん先輩の瞳がうるんだ。
「はじめて会ったときから、ずっと好きでした」
「うえーん」
子どもみたいな声をあげて、美代子は、ぼろぼろと泣きだしてしまった。
私は慌てて、美代子を抱きしめる。
嗚咽をあげる美代子の頭と背中を、ゆっくりとなでてやる。
みよちゃん先輩の気持ちは、わかっているつもりだ。
だって、この人、すぐ顔に出るから、私のこと好きなの、ぜんぜん、隠せていないんだ。
「みよちゃん先輩を見ていると、自然と笑顔になっちゃうっていうか、なんだか笑っちゃって、いっしょにいるだけで、わくわくどきどきするんです」
落ち着いてきたみたいなので、美代子を解放してあげる。
美代子は、涙で腫れた目で、私を見つめて笑っている。
「私もおんなじなんだあ」
すんっと鼻をすすって、美代子は私の手を握る。
「佳奈ちゃんといっしょだと、はちゃめちゃが押し寄せてくるんだあ」
ははっと私は笑った。
うれしいけど、冷静に考えると、それ、どういう意味なんだ、美代子。
「佳奈ちゃんとはじめて会った日。なんか、この子は、ほかの子とは違うなあって思ったんだあ。気になるっていうか、目で追ってしまうっていうか、なんかそんな女の子で、絆の時間いっしょだってわかったとき、うれしかったんだあ」
「確かに、笑ってましたもんね、先輩」
うんうんって、美代子は頷いている。
「なんか、にこにこさせられちゃうんだあ」
「気が合うんですかねえ、私たち」
「そうなのかなあ」
うふふって、ふたりで笑いあう。
「あの、みよちゃん先輩も、私のこと好きなんですよね?」
ぜんぜん、言ってくれないから、催促してみる。
「んふう」
なにか言おうとして、言えなくて、みよちゃん先輩が甘い息を吐いた。
もうそれが答えでもいいかなって、私はちょっと思った。
「私ね」
みよちゃん先輩は、自分の気持ちを整理するみたいに、落ち着いて話しはじめた。
「佳奈ちゃんには好きな人がいるって知ってたから、好きになっちゃだめだって思ってたんだあ。お姉さんとして、妹を混乱させてしまうわけにはいかないからさ」
遥香のこと、好きな人ができたって相談したことを思い出してくる。
遥香への気持ちは、消えたわけではない。
あの美しさには敵わないっていうか、抗えない絶対的な魅力がある。
でも、それはやっぱり、憧れなのかなって、私は思う。
自分もあんなふうになれたらって、心のどこかで思っちゃうし、遥香とお近づきになれたら、自分もそうなれるような錯覚を、どうしても抱いてしまうんだ。
「それなのに、生徒会活動いっしょに頑張ったりして、佳奈ちゃんを近くで見ていたら、自分の気持ちに蓋をしていることができなくなってきてしまって、このところ、ずっと悩んでたんだあ」
だから、キスしてほしいってお願いしてきたりしたんだ。
かわいいなあ、みよちゃん。
「また失恋するのがこわくって、言えなかったんだあ」
そんなこと言われると、七海先輩に、ちょっと嫉妬しちゃうな。
「もう我慢しなくていいですよ」
先輩の目から、ぶわあって涙があふれて、私は思いっきり、抱きしめられた。
とろけるような、やさしい匂いが、私を包みこんでくる。
「この一年が終わっても、私、ずっと先輩との絆の時間、続けていきたいです。先輩と、いつまでもいっしょにいたいんです」
私も背中に腕を回して、みよちゃん先輩を抱きしめる。
「なんだか、プロポーズみたいなんだあ」
震える声で、みよちゃん先輩が言うので、私はふふって笑ってしまう。
「みたい、じゃなくて、プロポーズ、してます」
みよちゃん先輩も、あははって楽しそうに笑う。
「わかってくれましたか、みよちゃん先輩」
「佳奈ちゃんのスピードに、ようやく追いつけたんだあ」
さっきは乗ってすらいなかったのに、あっという間に追いついてくるんだ、美代子って。
「佳奈ちゃん」
「はい」
ぎゅうってされて、胸がつぶれて痛いくらいだ。
「大好き」
やっと言ってくれた。
照れ屋さんで、かわいいんだ、美代子って。
「しあわせです」
「美代子も、しあわせなんだあ」
そうやって、私たちは、しあわせを噛みしめながら、笑いあう。
「ぜんぶ、あかりのパンツをはいた日から、はじまったんだなあ」
あれから、私の世界が色づきはじめたんだ。
「それ、私と出会った日からってことにできない?」
美代子はそんな私に、歴史を改ざんすることを、望んでくるのだった。




