第60話 10月 あかりの部屋 kana
佳奈 kana
私は午後の授業をサボって、部屋のベッドに横たわっていた。
体育倉庫で見てしまった光景が、脳裏に焼きついて、熱っぽく、頭がぼうっとしている。
目を閉じると、ぐるぐると、ふたりの姿が代わる代わる、まぶたの裏に浮かんでくる。
あかりと遥香のこと、自分がどう思っているのかなんて、どうでもよくなるくらい、刺激的な体験だった。
眠っているのか、起きているのかもわからないまま、意識と無意識の狭間を漂っていると、誰かがドアをノックしてきた。
重たい身体を起こして、ドアを開けると、制服姿のあかりがいた。
「体調悪いの?」
「え?」
頭がぼうっとして、なんでそんなこと聞くんだって思ってしまった。
「顔、真っ赤だよ。熱あるんじゃない?」
「それはそう、かも」
「これ、差し入れ」
手渡された買い物袋を受け取ると、ずっしりと重みを感じた。
中身を覗き込むと、お水のペットボトルが目に入る。
重たいのはこれのせいか。
「おばあちゃん、ありがとう」
「誰がおばあちゃんよ」
お昼休み、遥香とあんなことしてたのに、あかりは涼しい顔をしている。
ふふっと笑うと、じゃあねって、あかりは自分の部屋に帰ろうとした。
ドアを閉めようとすると、あかりが振り返って言う。
「すきって言い忘れてるよ」
あかりは、にやにやしていた。
「なんだそれ」
構わずドアを閉めようとすると、
「ばーか」
と、あかりがつぶやく声が聞こえた。
◇
部屋で休んでいると、隣のドアが開く音がして、廊下から話し声が聞こえた。
私はベッドから飛び起きて、ドアの向こうに聞き耳を立てる。
遥香の声だ。
あかりの部屋に、遥香がやってきたみたいだ。
さっきの続きがはじまるんだって、私はそう直感した。
漫画の読みすぎかな。
だいたい、あかりがああいうえっちな漫画を、読んでくださいとばかりに部屋に置いておくのが悪いんだし、遥香が貸し与えるせいでもあるんだ。
私がこんなにおかしくなっているのは、ふたりのせいなんだから、責任取ってもらわないと割に合わない。
このままじゃ、成仏できないよ。
私はベランダに出ると、柵を乗り越えて、そのままカニ歩きのように横移動して、まんまとあかりの部屋のベランダに躍り出る。
カーテンが閉まっているから、中の様子は見えないけれど、窓が少し開いていて、話し声はよく聴こえる。
「自分で脱ぐからいい」
ええって残念そうな遥香の声が聴こえてくる。
やっぱりそうだ。
私は窓の近くに忍び寄り、音を立てないように、ゆっくりゆっくり、網戸を開けていく。
ほんの少し、キーって音がして、心臓が止まりそうになる。
「なに見てるの。遥香も脱いでよ」
「あ、私も脱ぐんだ」
「当たり前でしょ。ひとりで裸にさせるなんて失礼じゃない」
さっきはひとりで裸にさせてなかったか、あかり。
どうやら、バレていないみたいだ。
服を脱いでいるところってことは、いま動いたら、気づかれるおそれがあるな。
ふたりがベッドに入るまで、我慢、我慢。
私は自分に言い聞かせながら、聴覚に全神経を集中させる。
「電気消して」
「はあい」
部屋が暗くなった。
あかりの求めに応じて、遥香が電気を消したみたいだ。
「外、まだ明るいから、そんなに暗くならないね」
窓の外を見ているかもしれないと思って、私はとっさにベランダに寝そべる。
「体育倉庫よりは、ましかな」
ギーって、ベッドが軋む音がして、私は身体を起こす。
その音が、不協和音を奏ではじめて、ふたりがベッドにあがったとわかる。
ほんの少し、大きく光が入りこまないように、ひらひらと、風に揺れているかのごとく、そうっとカーテンをめくると、裸の女の子が、ふたりでベッドの上にいるのがわかった。
絵画のような、その美しさに、私は息を呑んだ。
ごくりとするその音が、聞こえてしまったんじゃないかって、本気で心配になる。
仰向けになって、こっちに足を向けている、あかりの声がした。
「私は別に、こういうのしてもらわなくてもいいんだけど」
こっちにお尻を向けて、あかりを見下ろしている遥香が応じる。
「どうして? 私のこと、好きじゃないの?」
遥香は心配そうな声で訊ねる。
「ちがくて。私は遥香を喜ばせるのが、その、あれだから」
「あれってなに、あれって」
遥香がいたずらっぽい調子で言う。
声は弾んでいて、うれしいのが隠しきれていない。
「え、好きだから」
あかりが小さな声で言う。
遥香は身体を震わせて、ううってわきあがる感情をこらえながら、
「かわいい」
と、震える声で応じていた。
ぷるぷる震える遥香のケツ、きれいだなって、私は冷静に考えていた。
もうなんか、ふたりの世界って感じで、あんまり入り込めない私がいた。
「私ばっかりしてもらっちゃ悪いし、あかりのかわいいところ、見てみたいし」
「やっぱ変態でしょ、遥香って」
「愛してるだけだよ」
そっか。
愛しあってるんだ、ふたりって。
そう思うと、美代子の顔が、頭をよぎった。
やっぱり、私って、美代子のこと、好きなんだなあ。
そう自覚すると、美代子に悪い気がして、私はふたりを覗き見るのをやめた。
「あかりは?」
「なにが?」
「はぐらかさないで。私のこと」
部屋に帰ろうとした私は、あかりがなんて答えるのか気になって、動きを止めた。
「好き」
あははって、遥香がうれしそうに笑う。
「笑わないでよ」
不満そうにあかりが言う。
「あんまりうれしくってつい」
「ん」
ふたりで仲良くしゃべっていると思ったら、急にあかりが変な声をだすから、私まで恥ずかしくなった。
「痛くない?」
「へいき。やめないで」
あかりのこんな声、恥ずかしくって聞いていられない。
私は逃げるように、自分の部屋に退散した。
◇
ひとり、ベッドの中で、悶々としながら過ごしていると、隣のドアが開く音がして、遥香が帰ったのだとわかった。
もうすっかり日も暮れて、晩御飯どうしようかなって考えだす時間だ。
こんなに長い時間、ふたりでなにをしてたのかな。
ずっと、愛を確かめあって、いたのかな。
遥香みたいな、美しい女性と、うらやましい。
でも、私には、美代子がいるもんねって考えると、うれしい気持ちになる。
なんだか、にやにやしちゃう。
ベッドの上で、悶えていると、あかりが部屋を出る音がした。
どうやら、シャワールームへ向かうみたいだ。
もはや習慣化された動きに支配されて、私はいつの間にか、あかりの部屋にいる。
ふたりが寝ていたベッドに目を落とす。
匂いでも嗅いでやりたい願望を、なんとかこらえる。
美代子に悪い。
美代子に悪い。
心の中でそう唱えながら、私は椅子に座る。
昨日読んだ漫画の続きでもと思って、あたりを見回すけれど、それらしきものが見当たらない。
ちょうど遥香が来たところだから、ついでに返しちゃったのかな。
続き、気になるんだけど。
私は漫画を探して、机の下を覗いた。
段ボール箱が置いてある。
ここに来たばかりの頃、おばあちゃんが余計なものまで送ってきたと言って、なかったことにしていたあの段ボールだ。
「あいつも横着だなあ」
私は笑いながら、椅子を引いて、段ボール箱を引っ張り出す。
なにが入ってるんだろうって、単純な好奇心で覗いてみた。
どう見ても使わない中学時代の参考書とか、書き古しのノートとか文房具やらに混じって、封筒の束がしまってあった。
「なんだこれ」
宛名は書かれていない。
輪ゴムでまとめられたそれを、ひとつ手にとって、中身をあらためてみる。
『お母さんへ』
そんな書き出しではじまる、いかにも子どもが書いた手紙だった。
いなくなったお母さんに宛てて、幼いあかりが書いた手紙なのだと、すぐにわかった。
子どもっぽい字だけど、ひらがなばっかりってわけでもなくて、習ったばかりの漢字を一生懸命使って書いた、そんな、文字ばっかりの手紙だった。
学校がつまんないとか、おばあちゃんと喧嘩したとか、日常の不満が綴られていた。
毎日、お母さんの部屋を掃除させられているとか、おばあちゃんも怒っているとか、お母さんに対する恨みごとのようなメッセージも、たくさん書いてある。
『会いたいよ』
そう言いたいけど、そうは言えない。
そんな気持ちが表現された手紙だった。
手紙を封筒に戻して、輪ゴムをかける。
「あいつ、私とおんなじことしてる」
あかりって、やっぱり、特別な存在なんだなって、私は理解した。
生まれた場所も、育ってきた環境も違うけれど、私と同じことを考えながら、生きてきた女の子なんだ。
もしかして、あかりも、私の手紙を読んだとき、同じ気持ちだったのかなあ。
大好きな人を、こわがらせたり、悲しませたりしたら、よくないよね。
私は段ボール箱を元の位置に戻すと、あかりの部屋から自分の部屋へと帰っていった。
部屋に帰った私はスマホを開き、あの動画を削除した。
◇
その夜。
私はベッドの上に横たわり、星空を見上げていた。
見慣れた景色のはずなのに、いつもより星が輝いているように見える。
遠くから、美しい歌声が聴こえる。
私が大好きな、あの歌声だ。
いつもより楽しそうに、軽やかで、弾んでいる。
あかりがいなければ、私はこの島へ向かう最初の一歩を、踏み出すことができなかった。
あいつが私の心を救ってくれたから、こうして、いまがあるんだなって実感する。
この島は素晴らしいところだ。
ここには、大切なものがたくさんある。
自分の気持ちをようやく理解できた私の心は、晴れやかだった。
昨日までのもやもやも、いびつに歪んでいた景色も、私を不安にさせるすべてが消え去っていた。
視界には、この星空と歌声みたいに、美しい世界が広がっていた。




