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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第四章 迷い子たち
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第60話 10月 あかりの部屋 kana

  佳奈 kana


 私は午後の授業をサボって、部屋のベッドに横たわっていた。


 体育倉庫で見てしまった光景が、脳裏に焼きついて、熱っぽく、頭がぼうっとしている。

 目を閉じると、ぐるぐると、ふたりの姿が代わる代わる、まぶたの裏に浮かんでくる。


 あかりと遥香のこと、自分がどう思っているのかなんて、どうでもよくなるくらい、刺激的な体験だった。


 眠っているのか、起きているのかもわからないまま、意識と無意識の狭間を漂っていると、誰かがドアをノックしてきた。

 重たい身体を起こして、ドアを開けると、制服姿のあかりがいた。


「体調悪いの?」

「え?」


 頭がぼうっとして、なんでそんなこと聞くんだって思ってしまった。


「顔、真っ赤だよ。熱あるんじゃない?」

「それはそう、かも」

「これ、差し入れ」


 手渡された買い物袋を受け取ると、ずっしりと重みを感じた。

 中身を覗き込むと、お水のペットボトルが目に入る。

 重たいのはこれのせいか。


「おばあちゃん、ありがとう」

「誰がおばあちゃんよ」


 お昼休み、遥香とあんなことしてたのに、あかりは涼しい顔をしている。

 ふふっと笑うと、じゃあねって、あかりは自分の部屋に帰ろうとした。

 ドアを閉めようとすると、あかりが振り返って言う。


「すきって言い忘れてるよ」


 あかりは、にやにやしていた。


「なんだそれ」


 構わずドアを閉めようとすると、


「ばーか」


 と、あかりがつぶやく声が聞こえた。


 ◇


 部屋で休んでいると、隣のドアが開く音がして、廊下から話し声が聞こえた。


 私はベッドから飛び起きて、ドアの向こうに聞き耳を立てる。


 遥香の声だ。

 あかりの部屋に、遥香がやってきたみたいだ。


 さっきの続きがはじまるんだって、私はそう直感した。

 漫画の読みすぎかな。

 だいたい、あかりがああいうえっちな漫画を、読んでくださいとばかりに部屋に置いておくのが悪いんだし、遥香が貸し与えるせいでもあるんだ。

 私がこんなにおかしくなっているのは、ふたりのせいなんだから、責任取ってもらわないと割に合わない。


 このままじゃ、成仏できないよ。


 私はベランダに出ると、柵を乗り越えて、そのままカニ歩きのように横移動して、まんまとあかりの部屋のベランダに躍り出る。

 カーテンが閉まっているから、中の様子は見えないけれど、窓が少し開いていて、話し声はよく聴こえる。


「自分で脱ぐからいい」


 ええって残念そうな遥香の声が聴こえてくる。

 やっぱりそうだ。


 私は窓の近くに忍び寄り、音を立てないように、ゆっくりゆっくり、網戸を開けていく。

 ほんの少し、キーって音がして、心臓が止まりそうになる。


「なに見てるの。遥香も脱いでよ」

「あ、私も脱ぐんだ」

「当たり前でしょ。ひとりで裸にさせるなんて失礼じゃない」


 さっきはひとりで裸にさせてなかったか、あかり。

 どうやら、バレていないみたいだ。


 服を脱いでいるところってことは、いま動いたら、気づかれるおそれがあるな。

 ふたりがベッドに入るまで、我慢、我慢。


 私は自分に言い聞かせながら、聴覚に全神経を集中させる。


「電気消して」

「はあい」


 部屋が暗くなった。

 あかりの求めに応じて、遥香が電気を消したみたいだ。


「外、まだ明るいから、そんなに暗くならないね」


 窓の外を見ているかもしれないと思って、私はとっさにベランダに寝そべる。


「体育倉庫よりは、ましかな」


 ギーって、ベッドが軋む音がして、私は身体を起こす。

 その音が、不協和音を奏ではじめて、ふたりがベッドにあがったとわかる。


 ほんの少し、大きく光が入りこまないように、ひらひらと、風に揺れているかのごとく、そうっとカーテンをめくると、裸の女の子が、ふたりでベッドの上にいるのがわかった。


 絵画のような、その美しさに、私は息を呑んだ。


 ごくりとするその音が、聞こえてしまったんじゃないかって、本気で心配になる。

 仰向けになって、こっちに足を向けている、あかりの声がした。


「私は別に、こういうのしてもらわなくてもいいんだけど」


 こっちにお尻を向けて、あかりを見下ろしている遥香が応じる。


「どうして? 私のこと、好きじゃないの?」


 遥香は心配そうな声で訊ねる。


「ちがくて。私は遥香を喜ばせるのが、その、あれだから」

「あれってなに、あれって」


 遥香がいたずらっぽい調子で言う。

 声は弾んでいて、うれしいのが隠しきれていない。


「え、好きだから」


 あかりが小さな声で言う。

 遥香は身体を震わせて、ううってわきあがる感情をこらえながら、


「かわいい」


 と、震える声で応じていた。


 ぷるぷる震える遥香のケツ、きれいだなって、私は冷静に考えていた。

 もうなんか、ふたりの世界って感じで、あんまり入り込めない私がいた。


「私ばっかりしてもらっちゃ悪いし、あかりのかわいいところ、見てみたいし」

「やっぱ変態でしょ、遥香って」

「愛してるだけだよ」


 そっか。

 愛しあってるんだ、ふたりって。


 そう思うと、美代子の顔が、頭をよぎった。

 やっぱり、私って、美代子のこと、好きなんだなあ。

 そう自覚すると、美代子に悪い気がして、私はふたりを覗き見るのをやめた。


「あかりは?」

「なにが?」

「はぐらかさないで。私のこと」


 部屋に帰ろうとした私は、あかりがなんて答えるのか気になって、動きを止めた。


「好き」


 あははって、遥香がうれしそうに笑う。


「笑わないでよ」


 不満そうにあかりが言う。


「あんまりうれしくってつい」

「ん」


 ふたりで仲良くしゃべっていると思ったら、急にあかりが変な声をだすから、私まで恥ずかしくなった。


「痛くない?」

「へいき。やめないで」


 あかりのこんな声、恥ずかしくって聞いていられない。


 私は逃げるように、自分の部屋に退散した。


 ◇


 ひとり、ベッドの中で、悶々としながら過ごしていると、隣のドアが開く音がして、遥香が帰ったのだとわかった。


 もうすっかり日も暮れて、晩御飯どうしようかなって考えだす時間だ。


 こんなに長い時間、ふたりでなにをしてたのかな。

 ずっと、愛を確かめあって、いたのかな。


 遥香みたいな、美しい女性と、うらやましい。


 でも、私には、美代子がいるもんねって考えると、うれしい気持ちになる。

 なんだか、にやにやしちゃう。

 ベッドの上で、悶えていると、あかりが部屋を出る音がした。


 どうやら、シャワールームへ向かうみたいだ。


 もはや習慣化された動きに支配されて、私はいつの間にか、あかりの部屋にいる。


 ふたりが寝ていたベッドに目を落とす。

 匂いでも嗅いでやりたい願望を、なんとかこらえる。


 美代子に悪い。

 美代子に悪い。


 心の中でそう唱えながら、私は椅子に座る。


 昨日読んだ漫画の続きでもと思って、あたりを見回すけれど、それらしきものが見当たらない。


 ちょうど遥香が来たところだから、ついでに返しちゃったのかな。

 続き、気になるんだけど。


 私は漫画を探して、机の下を覗いた。


 段ボール箱が置いてある。

 ここに来たばかりの頃、おばあちゃんが余計なものまで送ってきたと言って、なかったことにしていたあの段ボールだ。


「あいつも横着だなあ」


 私は笑いながら、椅子を引いて、段ボール箱を引っ張り出す。

 なにが入ってるんだろうって、単純な好奇心で覗いてみた。


 どう見ても使わない中学時代の参考書とか、書き古しのノートとか文房具やらに混じって、封筒の束がしまってあった。


「なんだこれ」


 宛名は書かれていない。

 輪ゴムでまとめられたそれを、ひとつ手にとって、中身をあらためてみる。


『お母さんへ』


 そんな書き出しではじまる、いかにも子どもが書いた手紙だった。

 いなくなったお母さんに宛てて、幼いあかりが書いた手紙なのだと、すぐにわかった。


 子どもっぽい字だけど、ひらがなばっかりってわけでもなくて、習ったばかりの漢字を一生懸命使って書いた、そんな、文字ばっかりの手紙だった。


 学校がつまんないとか、おばあちゃんと喧嘩したとか、日常の不満が綴られていた。


 毎日、お母さんの部屋を掃除させられているとか、おばあちゃんも怒っているとか、お母さんに対する恨みごとのようなメッセージも、たくさん書いてある。


『会いたいよ』


 そう言いたいけど、そうは言えない。

 そんな気持ちが表現された手紙だった。


 手紙を封筒に戻して、輪ゴムをかける。


「あいつ、私とおんなじことしてる」


 あかりって、やっぱり、特別な存在なんだなって、私は理解した。

 生まれた場所も、育ってきた環境も違うけれど、私と同じことを考えながら、生きてきた女の子なんだ。

 もしかして、あかりも、私の手紙を読んだとき、同じ気持ちだったのかなあ。


 大好きな人を、こわがらせたり、悲しませたりしたら、よくないよね。


 私は段ボール箱を元の位置に戻すと、あかりの部屋から自分の部屋へと帰っていった。


 部屋に帰った私はスマホを開き、あの動画を削除した。


 ◇


 その夜。


 私はベッドの上に横たわり、星空を見上げていた。

 見慣れた景色のはずなのに、いつもより星が輝いているように見える。


 遠くから、美しい歌声が聴こえる。


 私が大好きな、あの歌声だ。

 いつもより楽しそうに、軽やかで、弾んでいる。


 あかりがいなければ、私はこの島へ向かう最初の一歩を、踏み出すことができなかった。

 あいつが私の心を救ってくれたから、こうして、いまがあるんだなって実感する。


 この島は素晴らしいところだ。

 ここには、大切なものがたくさんある。


 自分の気持ちをようやく理解できた私の心は、晴れやかだった。


 昨日までのもやもやも、いびつに歪んでいた景色も、私を不安にさせるすべてが消え去っていた。


 視界には、この星空と歌声みたいに、美しい世界が広がっていた。

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