第59話 10月 体育倉庫 kana
佳奈 kana
お昼休み。
いつものように、私は体育倉庫に潜んでいる。
もう、一種の、妖怪だ。
食堂でおいしいご飯を食べたい欲求も我慢して、ふたりを追うように売店で買ってきたおにぎりにむしゃつきながら、壁の向こうの会話に聞き耳を立てる。
我ながら、そういう妖怪みたいだ。
楽しそうに、きゃっきゃと笑いながら、ふたり仲良くご飯を食べている様子が伝わってくる。
そこに混ざりたいという感情も、もちろんあるにはある。
だけど、それ以上に、私はこの習慣をやめられない。
だって、ふたりの関係を覗き見るのって、興奮するんだもん。
なんで、こんなことになっているんだ。
ぜんぶ、あかりのパンツをはいてしまったせいだ。
壁の向こうで、ぴちゃぴちゃ音がする。
やってるなあって、私はしみじみと思う。
最近じゃ、あのふたり、盛りのついた猫みたいに、お互いを好き好きするのが止まらないんだ。
うらやましいったらないよって思うけれど、私はそれを観察する興奮を味わうほうがたまらなく好きなんだって、自分でわかるんだ。
「もっとしてほしいんでしょ」
あかりの声がする。
「してほしいです」
私は思わず、声にだしてしまう。
つい最近読んだ、あの漫画みたいに、もっと遥香をめちゃめちゃにして、乱れに乱れた姿をこの私に見せるんだよ。
私はいつも、心の中で、あかりを応援していた。
「え、なに? 聞こえない。そんな小さい声じゃなくて、もっとおっきな声で言ってごらん」
「え、まだなにも言ってないけど」
「嘘」
「えっ、えっ、声にでてた?」
「自分でもわからないほど、興奮してるんだ」
なんかふたりで言ってるけど、それ、私の声なんだわ。
「おっぱい触らされて、興奮してるんだ、この変態」
そんなに簡単に、遥香のおっぱい触れるなんて、ずるい。
私なんて、足の骨折って、おんぶしてもらったときに、どさくさに紛れて揉んでやることしかできなかったのに、そんな堂々と、ずるい。
「恥ずかしいです」
なんだその反応。
遥香、私に揉まれたときは、ちょっとむっとしてたよね。
さすがの私も、これ嫌われたかもって、びびっちゃったんだから。
「ねえ、しよう? もう我慢できない」
遥香があかりに懇願している。
「ここじゃ、無理でしょ。女子寮に戻ってたら、昼休み終わっちゃうし、我慢しなよ」
あかりにたしなめられて、むうって遥香が不満そうに声を漏らしてる。
「そうだ、体育倉庫!」
名案を閃いたように、遥香が大きな声をあげた。
「あそこなら鍵もかかるしさあ」
まずい。
すぐにでも、ふたりがここに来る。
このまま外に出たら、ふたりと鉢合わせになって、なんでこんなところにってなって、いつもここにいるのがバレてしまう。
「いいよ。行ってみようか」
隠れなきゃ。
私は周囲を見回し、身を隠せそうな場所を探す。
バレーボールや、バスケットボールにまみれるのはどうだろ。
いや、そんなの無理に決まってる。
重ねられたマットの間に挟まるのは、さすがにマットが盛り上がって不自然か。
時間がない。
だめだ、もうここしかない。
私は大慌てで、跳び箱の中に身を潜めた。
◇
ガラガラって体育倉庫の扉が開いて、ふたりが入ってきた。
息を潜める私は、汗をびっしょりかいてる。
はらはらどきどきが、収まらない。
人生が終わるかもしれない瞬間を、噛みしめてる。
がちゃって音がして、鍵をかけたとわかった。
「あれ、マット敷いてある」
「体育の授業で使ったのかな。ちょうどいいね」
ちょうどいいね、だって。
誰かここにいたんだって疑いを持たれたら、さしもの妖怪も、人間に見つかっているところだった。
しめしめと、私はにやけてしまう。
頭の中、ピンク色になって、いつもの冷静さを失っているな、あかりのやつ。
遥香と、えっちなことしたくて、たまらないんだろ。
あいつ、ああ見えて、わかりやすいやつだからなあ。
跳び箱の隙間から、ふたりの姿を覗き見る。
マットの上に、ふたりで座っていた。
「脱がせてあげよっか、遥香」
「んんう」
遥香がえろいとしか言いようのない息を吐いて、両手をあげた。
どうぞ、脱がしてくださいって合図だ。
ブラウスのボタンに手をかけられると、ふう、ふうって、遥香が鼻息を荒くしているのがわかる。
体育のとき、着替えを覗き見るのとは、わけが違った。
服を脱がされていく遥香も、きれいだ。
「明るいから恥ずかしい」
ブラを剥ぎ取られると、胸を隠しながら、遥香が言う。
体育倉庫は天井付近に格子のついた窓があるから、そこから光が差し込んでくるんだ。
「きれいだ」
「あかり、いま、きれいって言った?」
「え、声、でてたかな」
「うん、出てた」
「恥ずかしいわ」
なんか言ってるけど、それ、妖怪の鳴き声だから。
「うれしい」
あぶない、あぶない。
気をつけなきゃ。
思わず、夢中になってしまっていた。
どうやら、ふたりも、夢中になって、お互いのことしか見えていないみたいだ。
あかりが遥香に覆い被さって、ふたりの姿が見えなくなった。
私は、跳び箱の中で、なんとか姿勢を低くして、下の段の隙間から、この甘くとろけるような世界を覗き見ようとする。
うまくいかなくて、四苦八苦している間にも、遥香の甘い息遣いがあふれて止まらなくて、私はいてもたってもいられない気持ちになってくる。
衣擦れの音が聞こえて、スカートを脱がしたんだとわかった。
ずるい、ずるい、ずるい。
あかりのやつ、ずるい。
「おかしくなっちゃう」
私だって、別の意味で、からだおかしくなりそうだよ、遥香。
狭い跳び箱の中で、身体をあり得ない方向に曲げながら、なんとかその姿を捉えようと動き回る。
いっそ、この跳び箱の上の段を取っ払って、ちょこんと頭を出して、堂々と見てやりたい衝動にも駆られるけれど、それはできない。
ふたりの世界を、邪魔したくはないんだ。
それが、妖怪としての、矜持なんだ。
「体育倉庫で、裸にされて、そんな声だして、あんたって変態だね、遥香」
あかりはいつも、遥香を罵っている。
そんなとき、遥香はうっとりした顔をするんだ。
「だって、我慢、できない」
その顔を、その姿を、私にも、見せろ。
腰が壊れるくらい身体をひねって、首が折れるくらい頭を傾けたら、どうにかこうにか、ふたりの姿を視界に捉えることができた。
興奮しているのか、頭を低くしているからか、わからないけれど、頭に血がのぼってくらっとしてくる。
見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、大きく広げられた遥香の足の間に、あかりがすっぽり収まっている背中が見えた。
制服姿のあかりは、四つん這いのような姿勢になって、遥香に覆い被さっている。
短くしているスカートがめくれあがって、パンツ見えてる。
今日は、白なんだ。
あかりのパンツを見ていると、条件反射で、私までいけない気持ちになってくる。
遥香が苦しそうな声をあげた。
からだを震わせながら、だめだめってあかりに懇願してる。
「うれしいくせに。喜んでるの、わかるよ」
あかりはまったくやめる気配がない。
遥香はあかりの身体にしがみついて、もうだめって合図を送っているのに、あかりは気づいていないのか、それともいじわるしたいのか、なおも遥香を責めたてていく。
私も遥香になったつもりで、自分を責めたててみる。
「いま、どういう気持ちか、言ってごらん」
遥香は声もあげられずに、激しく息を吐いて、助けてもらいたがってる。
「いい」
夢中になりすぎて、つい答えてしまった。
「いいんだ。だったら、もっとほしいですって言ってごらんよ」
満足そうに言ってるけどさ、あかり。
それ、私だから。佳奈だから。
ふたりの世界に入り込んでいて、あかりはまったく気がつかないでいる。
遥香は、しがみついているあかりの背中を叩いて、あかりの髪をぐしゃぐしゃやって、許してもらいたがっているのに、それでもあかりはやめようとしない。
あかりって、こわい。
あんなのされたら、私だったら、意識飛んじゃう。
気、失っちゃうよ。
なんども、なんども、私はあかりに襲われることを妄想してきたけれど、現実のあかりは、私の妄想を遥かに上回るおそろしさを秘めているんだ。
「お、おしっこ漏れちゃうから」
遥香がおっきな声で言うと、あかりの動きがようやく止まった。
そりゃ、こんなところで漏らされたら、取り返しつかないよね、いろいろと。
なにかに取り憑かれたようだったあかりは、やっと冷静になれたみたいで、ふうっと大きく息を吐いた。
あかりにしがみついていた遥香が、だらんとして彼女を解放すると、あかりが身体を起こして、遥香から離れた。
マットの上に、まな板の上の鯉みたいに横たわる遥香の姿は、神秘的でさえあった。
ぶるぶるとからだを震わせて、この魚、活きがいいんだ。
「スカートに、ポケットティッシュ入ってる」
遥香が言うと、あかりが投げ捨てられた遥香のスカートに手を伸ばしていた。
「ふう」
無理な姿勢でいたから、全身が痛い。
首や腰が、悲鳴をあげてる。
私は跳び箱の中で、へたり込んで、いったん落ち着こうとする。
呼吸を整えていると、すんすんって鼻をすする音がした。
「え、ごめん」
反射的に謝ったような、あかりの声がした。
泣いているのは、遥香なんだ。
私は身体を起こして、ふたりの様子を覗き見る。
裸のまま、横たわったままの遥香の姿は見えないけれど、彼女を見下ろすあかりの背中が見えた。
「ちがうの。なんか、うれしくて、夢みたいで、泣けてきちゃって」
あかりが遥香の手を引っ張って、身体を起こしてやっていた。
遥香はおっぱい丸出しのまま、めそめそと泣いていた。
いますぐ、抱きしめてやりたいけれど、ここから出ていくわけにはいかない。
あかりのやつ、なに呆然と見ているんだよ。
はやく抱きしめるんだよ。
私がいらいらしていると、あかりはゆっくりと、遥香の髪をなでてやっていた。
不器用なやつだなあって、私は呆れてしまった。
好きなら好きって、はっきりと、態度で示してあげたら、遥香だってもっと喜ぶのに。
「大好きだよ、あかり」
遥香にそう言われても、あかりは、なにも言わずに遥香の髪をなでていた。
「もうすぐ予鈴鳴るから、着替えなきゃ」
遥香がそう言った瞬間、予鈴が鳴った。
ばたばたと、遥香は立ちあがって、制服を着込んでいく。
こっちに背中を向けている、あかりが邪魔で、肝心なところがよく見えない。
悔しがっていると、遥香が鼻をすすって笑いながら言う。
「マットに、しみができちゃった」
あかりも、ははって笑って、
「どうせすぐ乾くよ。早く戻ろう」
と言って、ふたりは体育倉庫を出ていった。
汗をびっしょりかきながら、私もようやく跳び箱から顔をだす。
川から姿を現した、河童みたいだ。
新鮮な空気を目いっぱい吸い込みながら、マットの上に視線を落とす。
ベッド代わりに私が敷いていたマットに、点々と水跡ができていた。
「こっちは涙の跡かな」
私は水跡に顔を近づけてみる。
すーっと息を吸い込むと、埃っぽいマットの臭いとは違う、かすかな匂いが感じられた。
「これが遥香の匂いなんだあ」
自分で言いながら、この妖怪の鳴き声、とんでもなく気持ち悪いなって、私はひとりで笑った。
「パンツ汚れちゃったし、午後の授業、出れないや」
妖怪は、とぼとぼと、巣に帰ってゆくのだった。




