第58話 10月 絆の時間(佳奈) kana
佳奈 kana
「友だちがエロ本を読んでいるって知ったら、みよちゃん先輩ならどうしますか?」
絆の時間。
いつものようにちゃぶ台を囲んで、お茶をすすってから、私は思い切って訊ねてみた。
「ん。なんもしない」
半笑いの顔で、みよちゃん先輩は応じる。
いつもなら、私のすることをいったん咎めようとしてくるのに、こんなあっさりなのはおかしい。
「みよちゃん先輩は、えっちなんですか?」
突然の問いかけに、先輩は、んふうって息を吐きながら応じる。
「どう答えたらいいんだろ。えっと、美代子はそんなにアブノーマルじゃない」
いつもそれ、言ってないか、美代子。
アブノーマルなことを、知っている側、だよね、その意見は。
「思春期なんだし、えっちなことに興味を持つのは正常なことだと思うから、見なかったことにしてあげたらいいんじゃないかなあ」
それが、そうもいかないのだ。
「シャワーを浴びてる隙を狙って部屋に行くと、いつもベッドとか机に置いてあるんですよ」
「それ、不法侵入をやめたらいいだけなんだあ」
「気になるじゃないですか。あったら私も読んじゃいますし」
「ああ、その気持ちは、わかるかも。美代子も見つけたらどれどれ、どんなの読んでるんだいって思って、つい開いちゃうと思う」
うんうんって、みよちゃん先輩は頷いている。
わかってもらえてうれしいけれど、実は不満もあるのだ。
「シャワータイムだけじゃ、読み終わらないから、最後まで読めたことがないんですよね。どうやら借り物みたいで、私が読み終わらないうちに返却されてしまうんです。続きが気になって夜も眠れません」
本を貸しているのは、遥香だ。
「感想を言い合っているのを聞いたから、誰から借りたのかはわかってるんですけど」
「私も読みたいから、貸してほしいんだあって、その子に直接お願いすることってできない?」
思わぬ提案に、はてって顔をして、私は考えてみせる。
「え、それだと、私がふたりの会話を体育倉庫の中で盗み聞きしているって、バレてしまいますよね?」
「それって、盗聴っていうんだあ」
「そんな人聞き悪いですよう。たまたま、お昼休みに体育倉庫にいたら、壁の裏側で話す声が聞こえてきちゃうだけなんで」
「たまたまいる場所ではないと思うんだあ」
「マットとか敷くと、寝そべったりできて、快適ですよ」
「おすすめしてくれてるところ悪いんだけど、私って共犯者ではないんだあ」
ちょっと埃っぽい匂いがするのが、難点なんだよなあ。
「体育館の2Fにあがって、窓から顔を出して見下ろすと、ふたりの姿を見ることもできるんですよ」
「やだあ。バレないように気をつけるんだよう」
「あいつら、上をまったく気にしていないんで、だいじょぶです」
「そこで、あいつらって言い方されると、途端にいけない香りがしてくるんだあ」
鋭い指摘に、ふふふって笑っていると、みよちゃん先輩も、うふって笑った。
ひみつを共有すると、なんだか、いい気分。
「困ったねえ。佳奈ちゃんの悩みって、私には早すぎるっていうか、ちょっと難しいみたい」
「そんなことないです。いつもいいアドバイスをいただけています」
私が言うと、みよちゃん先輩がうふふって笑った。
美代子がうれしそうだと、私までうれしくなっちゃう。
「ちなみに、どんな本が多いのかなあ?」
「女の子同士の恋愛を題材にした本ばっかりです」
わあって美代子が声をあげた。
遥香はどうやら、恋愛の教科書として、あかりを教育するために、本を貸しているみたいなんだ。
それを中途半端におすそ分けしてもらっちゃって、もやもやしっぱなしの私の身にもなってほしい。
それなのに、あのふたりときたら、最近どんどん距離が近づいていて、キスだけじゃ済まないって、雰囲気なんだ。
「みよちゃん先輩も読みますか? そういうやつ」
私の質問に答えずに、美代子がむふむふしてる。
私には、言いたくないのかな。
一応、女同士、ではあるし、言うの気まずいのかな。
私のことをそういう目で見てるって、思われたくないとか。
黙って答えを待っていると、ついに美代子は白状した。
「七海先輩に憧れてたとき、なんか、そういう気持ちを発散したくって、よく読んでたなあ」
私は、一年生のみよちゃんに思いを馳せてみる。
なんか、わかる気がするっていうか、私も美代子といっしょかもって、思ってしまった。
ということは、私って美代子のこと、やっぱり、そうなのかな。
「キスしてもらえて、その気持ちは成仏できたけどね」
漫画の中のカップルみたいには、なれなかったけれど、いい思い出をいただけて、美代子は満足できたってことなのかな。
「その先は、したくならなかったんですか?」
美代子が切ない表情になった。
私はそんなつもりじゃなかったと後悔して、慌てて美代子のそばに行く。
隣に座って、切ない顔をしている頭をなでてあげる。
「失恋って、つらいんだあ。思い出すと泣けてきちゃう」
頭をなでてやっていると、瞳をうるませながら、みよちゃん先輩がそう漏らした。
こんなこと思ったら、申し訳ないのだけれど、美しい感情だなって思ってしまった。
みよちゃん先輩は、七海先輩と自分は釣り合わないって思って、自ら身を引いたって、以前教えてくれたっけ。
つらかったんだなあ、みよちゃん。
だけど、その感情を、失恋と呼ぶってことは、やっぱりそういうことなんだ。
「佳奈ちゃんと出会えたから、立ち直れた気がする」
「え、それって」
それ以上、言うのがこわくなって、私は言葉に詰まってしまった。
違うよって、言われたくなかった。
言葉が続かないまま、見つめ合っていると、みよちゃん先輩の顔がとろけはじめる。
そんなふうに言われて、そんな目で見つめられると、なんだか意識しちゃう。
「キスしよ」
小さな声で、先輩が言った。
聞き間違いじゃないよなって思っていると、先輩が目を閉じてみせる。
私からしてほしいってことなんだ。
わくわくどきどきが、止まらないまま、心臓の動きに急かされるがごとく、私の唇は、みよちゃん先輩の唇に吸い寄せられていく。
んふうって、みよちゃん先輩のあったかい息がかかって、興奮した先輩に、思いっきり抱き寄せられる。
みよちゃん先輩のからだは、ふかふかしてて、あったかくて、とろけるような、いい匂いがするんだ。
私は欲望を抑えていられなくなって、漫画の中の女の子たちみたいに、みよちゃん先輩の口の中に、自分の舌をすべらせた。
「あんっ」
美代子が甲高い声をだして、びくっとのけぞったので、私の舌は美代子から追い出されて、そのまま彼女を押し倒すような形で、覆い被さってしまった。
とっさに、先輩の頭を抱え込む。
「ぐえ」
先輩の頭と床に手を挟まれる格好になって、私はきたない悲鳴をあげた。
そのままふたりで、床に仰向けに横たわる。
「前もこんなこと、ありましたね」
「佳奈ちゃん、急に激しいからびっくりしちゃったんだあ」
照れくさいので、笑ってごまかす。
まだ、心臓のどきどきが、収まらない。
美代子もいっしょかなって顔を覗き込むと、真っ赤な顔のみよちゃんがそこにいた。
「チャイムが鳴るまで、今日はずっとこうしていたいです」
私がお願いすると、
「美代子もいっしょなんだあ」
と言って、みよちゃん先輩が、今日いちばんのかわいい顔で笑ってくれた。




