第57話 9月 夏休み明けの学校生活2 akari
あかり akari
机の上に、遥香に押しつけられた漫画がどさっと置いてある。
ベッドに横になりながら、一冊ずつ読み進めていく。
遥香が貸してくれた漫画は、女の子同士の恋愛の漫画だった。
高校時代、ひょんなことから知り合った女の子同士が、大学進学するのにあたってルームシェアをするという内容だ。
ふたりの交流と、絆を深め合う様子が描かれていた。
えっちなシーンもあって、こういうことしてみたいんだなって、遥香に対する解像度が高まった気がした。
遥香にそういうことをしたら、どんな顔を見せてくれるのかなって、わくわくする気持ちもあった。
この漫画はライトなやつって言ってたから、遥香はもっと過激なやつも読むんだろうか。
あいつ、清純そうな見かけの割に、えろいな。
まあ、清純そうなのは、私がそういうファッションを好むって知ったから合わせてくれているだけで、春先は髪の毛も明るくて、いかにも遊んでそうな、ギャルみたいな風貌だったけど。
「えっちなシーンとかないやつも多いんだけど、なんかそれだと物足りない気持ちになっちゃうから、ちょっとくらいえっちだと、うれしいんだよねえ」
そんなこと言いながら、遥香はこの漫画を押しつけてきた。
えっちじゃないのも読みますアピールが、言い訳のようで見苦しかった。
遥香のやつ、私にどんどん、過激なのを布教していくつもりだろうか。
「まあ、読んでみたくは、あるけれども」
遥香のことを知れるのも、悪い気分じゃないし。
「もうこんな時間かあ」
私は漫画にしおりを挟んで、シャワールームへ向かうことにした。
◇
シャワールームから戻ってきた私は、続きを読もうと、しおりを挟んである漫画を手に取った。
「あれ?」
ページを開くと、違和感に襲われた。
しおりを挟んだページ、ここじゃなかった気がする。
少しだけ巻き戻っている。
私は部屋の中を見回してみる。
私のいない間に、誰かが部屋に入った、とかじゃないよね。
ばあっとカーテンを開ける。
見慣れた景色がそこにあるだけで、ほっとしながら、こわくなってきた。
なんの気なしにカーテンを開けたけど、もし、そこに人がいたら心臓止まりそうでは済まないところだった。
こういうときは、隣にいる佳奈を呼んで、あいつにやってもらおう。
あいつ、体力あるし、声でかいし、鉄砲玉にするにはちょうどいい。
「疲れてるのかなあ、私」
まあ、勘違いだろう。
しおりを挟むページを間違えただけなんだ。
寝不足にならないように、早く寝ようと思ったけれど、読みはじめたら止まらなくて、結局、最後まで読み終えてしまった。
◇
「えっちだった?」
お昼休み。
いつもの体育館の脇で、売店で買ってきたパンを食べていると、遥香が訊ねてきた。
「まあ、部分的に、えっちだった、かな」
借りた漫画を読み終えたことを報告したら、感想を訊ねられたのだ。
「どのシーンが、いちばんよかった?」
私は思い出しながら、応じる。
「高校時代のふたりが、ゲームしてるシーンかなあ。クライムアクションゲーム? してるとこ」
「え、そこ?」
「あれ、いちばん笑ったわ」
私は思い出して笑ったけれど、遥香は納得いかない顔をしている。
「肝心の女の子については?」
「妹、かわいかったわ」
「なにその感想。わかるけども。貸す作品、間違えたかなあ」
本筋と関係なさそうな感想ばかり言っていたら、遥香は不満そうな顔をした。
しょうがないから、期待したとおり、答えてやる。
「遥香の言いたいことはわかった。あんな感じのこと、したいって話なんでしょ」
「あかりはしてみたいって思わなかった?」
「まあ、ちょっとは」
満足そうに、遥香がふふって笑う。
「あとは、作中のふたりみたいな、人生のパートナーが見つかるのは、いいなって思ったかな」
「でしょ。やっぱ、あかりもそこ、わかるんだ」
遥香って、私が望んだら、そうなってくれるのかな。
こうやって、いっしょにいて楽しいし、それも悪くないなって、そう思えてきた。
遥香という女と恋人同士になっている、この状況も、当たり前でもなんでもなくて、特別で、貴重なものだと思えたのだ。
だけど、私は佳奈とだって、いっしょにいたいんだ。
あいつだけは、ほんとうに特別だ。
ふたりとも好きになっちゃ、だめなのかな。
どっちとも付き合ってちゃ、だめなのかな。
一夫多妻制みたいな話になっちゃうし、現代社会の倫理的に許されないかな。
まあ、この場合は、一夫多妻制じゃなくて、一婦多妻制だけれども。
浮気だけは許さないって、遥香、言ってたっけ。
「途中の展開は、だいぶ、賛否あるとは思うけどねえ」
私の考えごとなんて、つゆ知らずの遥香が言う。
「確かに。借り物じゃなかったら一度ぶん投げてた可能性あるわ」
私が乗っかってみせると、遥香はおもしろそうに、ぎゃははって笑った。
ひと通り、感想を話し終えると、遥香が急に黙った。
いつもの、「ください」って顔に移行しようとしている。
「ちょっとだけ、してみない?」
遥香が私に求めてきた。
「ここじゃ無理でしょ」
ちょっとってどこまでだよって思いながら、私は冷静に応じる。
「それこそ、裸になんなきゃいけないわけだし」
いまは人の気配とかないけれど、人の気配に気づいてからじゃ、服を着たりするのだって、間に合わない。
「ああいうのって、室内でやるものっていうか、外でやるのは変態の所業っていうか、鍵のかかる場所でやらないと、いろいろ不安でしょ」
「ちがうちがう。いきなりそこまではしない、できない」
首をぶんぶん振りながら、遥香は否定する。
じゃあ、どこまでって思っていると、大きな声で言うのが恥ずかしかったのか、遥香が耳打ちしてきた。
なるほどねって、私は理解した。
「いいよ。やってあげる」
「わあ」
うれしそうに、遥香が声を弾ませた。
「なんか、雰囲気ないなあ」
私が言うと、遥香も照れくさそうにしながら笑った。
「はじめてだし、実験、実験」
「そんな人体実験みたいに」
言いながら、私は遥香に顔を近づけてみせる。
目をきらきらさせて、わくわくしているのがわかる。
「どうせ、私からしてほしいんでしょ?」
早くされる準備をしろと、私は遥香に促す。
「お願いします」
遥香が目を閉じてみせた。
いつもなら、ちょっとくらい、じらしてやるところだけれど、私もやってみたい気持ちを我慢できなかった。
漫画の中で、女の子たちがしていたことを思い出しながら、遥香の唇に自分の唇を重ねていく。
唇がこすれ合うと、遥香が少しだけ口を開けたのがわかった。
するっと舌を差し入れると、唇が歯に当たって痛いって思うのも忘れて、差し出された遥香の舌を、夢中で舐めようとしている私がいた。
はじめはおそるおそる、こんな感じでいいのかなって、遥香の舌を、自分の舌先でぺろぺろ突っついているようだった。
それから、遥香が私の背中に腕を回して、ぎゅうって力いっぱい抱きついてきたから、からだが密着して、奥深くまで舌が入ってしまって、遥香に舌を食べられているみたいになってしまった。
ずっと口を開けているから、お互いによだれが出て、ぴちゃぴちゃ音がしてきて、なにこれえろいって思って、音に耳を澄ましていた、そのときだった。
「もうやめちゃうの?」
いきなりやめたから、遥香が切ない顔をしていた。
「いまさ、スマホの録画ボタン押したときの音、しなかった?」
がばっと立ちあがって、遥香が周囲を見回す。
私も遅れて立ちあがり、同じようにあたりを見回してみる。
「さすがに、気のせいか」
人影も見えないし、人の気配なんてなかった。
「誰かに見られるんじゃないかって、心配しすぎていたのかも」
顔を見合わせると、なんか、急に恥ずかしくなってきた。
「どうだった?」
遥香が身体を寄せ、手を握りながら訊ねてくる。
「あんまり、上手にできた気がしないけど」
私は唇に手を当ててみる。
歯に当たったと思ったところも、痛かったけれど、血がでたりはしていなかった。
「そういう感想じゃなくってさあ」
もじもじしながら、遥香が、なにか言わせようとしてくる。
「どういう感想よ?」
わからないので、訊ねてみる。
遥香は膝を折って、また、私に耳打ちしてきた。
『すっごい、気持ちよかった』
こいつ、ほんと。
「馬鹿じゃないの」
私が呆れて言うと、遥香はまんざらでもない顔をして、笑っていた。
彼女が喜んでいる顔を見ていると、私もなぜだかうれしくなって、つられて笑ってしまうのだった。




