第56話 9月 夏休み明けの学校生活1 akari
あかり akari
「夏祭りの日、お腹痛いって言って帰ったけど、あれって、嘘なんでしょ?」
お昼休み。
いつものように体育館の脇で、遥香とおしゃべりしていると、急にそんなことを言われた。
嘘だと断定する根拠なんてないだろうし、かまをかけているだけじゃないかと疑って黙っていると、遥香は続けた。
「急にはじまったって言ってたけど、そんなわけないって、私、知ってるんだから」
そんなことまで、把握されているのか。
苦笑いするしかない私に、遥香はむっとした顔で言う。
「なんで、私に嘘をついてまで、帰ったりしたの?」
いまさら、夏祭りの話を蒸し返してくるなんて。
どう答えたものかって、私は悩んだ。
「浮気、じゃないよね?」
なにを疑っているんだ、遥香。
答えによっては、遥香との関係に、深刻なダメージを与えてしまうことにもなりかねない。
こんなことで悩んでいる私って、遥香との関係を、どうしたいのかな。
「私、あのとき、傷ついたよ」
なにも言わない私を見て、遥香がつぶやくように声を漏らした。
遥香は瞳をうるうるさせている。
胸の苦しさに耐えかねて、私は言い訳をしてしまう。
「家族水入らずで、過ごしてもらいたいと思ったから」
これは嘘じゃない。
涙は引っ込んだようだから、それだけは、伝わったようだった。
「私が、親に友だちって紹介したのが悪かった?」
「ああ、まあ、それもあるのかなあ」
ほんとはそれが理由かわからないのだけれど、ひとまず、話を合わせておく。
「親に、まだ言ってないんだよね。女の子が好きなんだってこと」
「そうなんだ」
仲の良さそうな家族だったから、ひみつとか、ないのかと思った。
「この学園に入るのだって、説得するの大変だったし、私のすることにいちいち口を出したがるから、そういうの、言えなくって。お父さんはまだいいんだけど、お母さんがうるさいから」
お母さん、ね。
親と話せるだけ、幸せだと思うんだけど。
「贅沢な悩みだね」
私はそう言ってやる。
「未成年だしさ、ある程度しょうがないよね。保護者として、いろいろ心配だっていうのはわかってる。余計な心配とか、させたくないし。思春期ゆえのあれ、みたいに思われても嫌だし。私は自分のことよくわかってるつもりだから、そういうことは、おとなになってから伝えたいって、思ってるんだ」
遥香は、私の気持ちをわかっていない。
わからなくても、当然のことだから、なにも思わないけれど。
佳奈だったら、わかってくれるんだろうな。
「ここに私の居場所はないって思ったから、立ち去っただけだよ」
わかっていないみたいだから、私は正直に自分の気持ちをぶつけてみた。
「そんなことない、んだけど、そう思わせちゃったところが、私にあったのかなあ?」
ごめんねって言いながら、遥香が私の手を握ってくる。
「そんなつもり、なかったから、私が間違っていたなら、そういうところ、直したい。なにが悪かったか、教えてほしい」
遥香はやさしい女だ。
私に対して全肯定っていうか、私の気持ちに寄り添っていたいっていう思いがあるみたい。
それが、居心地よく感じているから、こうやってふたりでいるのも事実だ。
気に食わないやつだったら、たぶん、とっくにいっしょにいるのはやめてる。
「だって、あの日、私のこと、ぜんぜん見ようとしなかったでしょ? ふたりでいるのにきょろきょろして、私の顔、ちっとも見なかったじゃない」
私は自分で言うのもなんだけど、たぶん、面倒くさい女なんだと思う。
その自覚はある。
「ごめん」
遥香は両手を合わせて、頭を下げてきた。
「そんな自覚なくて。たぶん、無意識にそうなってただけなんだ。親があかりのことどう思うか気になっちゃってたのもあるし、弟もちょろちょろ動いて、あかりに失礼なことしないか気が気じゃなかったから、ごめん」
わざとじゃないよって、遥香は謝ってきた。
「今度から気をつけて。私、よそ見しながらしゃべるやつ、嫌いだから」
「もうしません。気をつけます」
私の手を取って、なで回しながら、遥香は素直にそう言った。
冷たい言い方をされたというのに、にやにやしている。
やっぱり、遥香は佳奈とは違う。
佳奈は、嫌なことは嫌って言うし、私に冷たいときは冷たい。
お願いごとをしても、都合が悪ければなかったことにする。
喧嘩したら、何か月も口を利かない。
仲直りしたら、しれっと元通りになる。
遥香ならそんなのあり得ないし、たぶん、恋人関係、解消になるだろうな。
「あかり」
考えごとをしていたら、遥香に名前を呼ばれた。
振り返ると、「ください」って顔してた。
「すぐそうやって、欲しがるんだから、変態」
「んふう」
なにも言い返せずに、息だけ吐いて、「お願いだからください」って顔してる。
「わかりやすいやつ」
お望みどおり、ご褒美をくれてやる。
遥香とこうなったのは、私が遥香にキスをしたからだ。
佳奈との関係は、キスをしても、ふたりで抱き合っても、変化しなかった。
あいつは、私を求めてなんてこない。
どうすれば、あいつを私のものにできるんだろう。
「なんか、あかりが足りない」
はじめて、遥香が不満を口にした。
キスの魔力が、解けはじめているのかもしれない。
「あかりはさ、キスしてくれるのに、どうして、私に手をだそうとしてくれないの?」
意味がよく、わからなかった。
「私って、そんなに魅力ないかなあ?」
「あんたで魅力ないんだったら、全人類のほとんどは魅力ないってことになるでしょ」
自分が美人なの、知ってるくせに。
白々しいと思って、ちょっとむかっときた。
「むふう」
「なに喜んでんの、気持ち悪い」
うはあって息を吐いて、遥香が笑ってる。
なんなんだ、こいつは。
呆れていると、遥香はまじめな顔をして、私の顔をまじまじと覗き込んできた。
「あかりってさ、えっちなこととか、興味、ないの?」
「あんたさ、人になにを訊いているわけ?」
「え、恋人同士なんだから、いいでしょ。私は、興味、あるよ。してみたい」
「よそ見するなっていうのは、じろじろ見ろってことじゃなくて、私に集中してってことだから、そんな顔ばっかり見なくていいよ」
恥ずかしくなるくらい、顔ばかり見てくるから釘を刺しておく。
話題も話題だし、そんな真剣に顔を覗き込まれたって困る。
「わかった。気をつける。自然にする」
遥香は素直に従ってくれる。
そっちが、そういう態度ならと、私はまじめに答えてやる。
一応、恋人同士、だし。
「興味ないわけじゃないけど、そういうのってよくわかんない」
「中学生の頃とか、みんなでそういう話したり、男の子がそういう話に夢中になってるのとか見て、興味持ったりしなかった? えっちなサイト、見たりとか」
「どうだったかなあ」
学校なんて、いるだけで苦行だから、思い出したくもないし、そんな日常の場面なんて憶えてもいない。
「私、スマホ持ったことなかったし、人にあんまり興味を持てなかったんだよね」
同級生たちと、わかりあえる気がしなかったんだ。
だいたい、他人のこと、本気で好きって思えたのなんて、佳奈がはじめてだし。
遥香のことも、まあ、好きは、好きだけど。
遥香って、いいやつだし。
「え、じゃあ、そういうの見たことないんだ」
遥香は驚いた顔をしていた。
「だめなの?」
「だめじゃないけど」
遥香は少し、言い淀みながら続ける。
「赤ちゃん作る方法とか、知ってるよね?」
「え、馬鹿にしてる?」
私が怒って言い返すと、遥香は笑っていた。
「そんなのは、学校でちゃんと習ったし。授業はちゃんと聞いてるから」
はじめて知ったときは、なんだそれって思って、最初にそれを編み出したやつ、絶対変態だろって思ったけど。
変態が、人類の歴史を紡いできたんだ。
私たちは、その、子孫なんだ。
「そっか。あかりは知識がないだけだったんだあ」
なんか、うふうふ言いながら、笑ってる。
「なにうれしそうな顔してるの?」
「ん。なんでもない」
遥香はごまかしながら、
「漫画、貸してあげよっか?」
と、私に提案してきた。
「なにそれ、えろいやつってこと? 私、漫画ってあんまり読んだことないんだよね。おばあちゃんがそういうの読まないから」
「あかり、初心者だからさ、あんまり刺激の強くない、ライトなの貸してあげる」
漫画かあ。
久しぶりに読んでみたら、おもしろいかもな。
なんたってこの島、娯楽がないから。
「読んでみたい。遥香がどんなの読んでるのか、気になるし」
「え、ほんと? うれしい。帰ったら部屋に持って行ってあげるね」
なんか楽しみになってきたな。
遥香との時間は、なんだかんだで、私にとって、楽しい時間でもあるのだった。
「え」
遥香がびっくりしたように声をあげて、体育館のほうを振り向いた。
「体育倉庫から、物音がしたような」
「気のせいじゃない?」
そのとき、予鈴のチャイムが鳴った。
反射的に、私たちは立ちあがる。
「午後の体育の準備、はじまってたのかも」
遥香が納得したように言う。
「体育といえば」
「なに?」
「あ、いや、なんでもない。教室に戻ろう」
歩きながら、私は考える。
この前、山岳調査に行った日、洗濯乾燥機に突っ込んだ私のジャージが、取りだすときに、佳奈のジャージとすり替わっていることに気がついた。
山でこけたときに、肘のところを擦った傷がきれいさっぱり消えていることに気づいて、おかしいと思って見てみたら、見覚えのある、膝に穴が開いたジャージが出てきて、佳奈のものだとわかった。
いつから、私は佳奈のジャージを着ていたんだろう。
体育の授業がはじまる前後の更衣室で、着替えているときに間違えたのかな。
それとも、体操着を入れた袋ごと、入れ替わったか。
学校指定のやつだから、おんなじ袋だし、入れ替わってたってわからない。
佳奈は気づいていないみたいだけど、なんで、ジャージが入れ替わったんだ。
まあ、佳奈のやつだったら、サイズもいっしょだし、別にいいんだけどさ。
あいつが私のジャージを着てるのを見るのも、なんか、いい気分だし。
水泳の授業のときに、佳奈のパンツを私の着替えに紛れさせたやつと、犯人いっしょなんじゃないだろうか。
盗まれたり、紛失したりするなら、迷惑だけど、まだ話としてわかりやすい。
犯人の目的が不明だった。
「私たちの体育のクラスさ、変質者っていうか、愉快犯っていうか、なんか変なやついると思わない?」
遥香が廊下で足を止めて、天を仰いだ。
「え、それって、佳奈ちゃんのことじゃなくて?」
遥香が半笑いで、そんなことを言うので、私も笑ってしまった。
「さすがに、そこまでいかれてはいないでしょ」
私たちは、笑いながら、それぞれの教室に帰っていく。
席につくと、そんな噂話をされていたことも知らないご本人が、ぼけっとした顔で教室に入ってきて、私は笑いこらえるのに必死だった。




