第55話 9月 あかりの部屋 kana
佳奈 kana
夏休みが明けて、新学期がはじまると、また以前のような生活が戻ってきた。
あかりはいつも、遥香とふたりで行動している。
喧嘩しているわけじゃないから、ふたりに混ざりたいなって気持ちもあるけれど、あのふたりを眺めているのも楽しくって、私はふたりの様子を遠くから観察することを続けていた。
お昼休み、体育倉庫の裏に座っておしゃべりしているから、体育倉庫の中にいれば、話し声が聞こえることもわかった。
会話を盗み聞きしていると、ふたりはすごく親密で、お互いを「恋人同士」と認識していることもわかった。
キスとかしてるし、遥香が女の子を好きだって知ってたから、驚きはなく、そうだろうなって納得する気持ちだった。
じゃあ、あいつって、私にはどういうつもりで、キス、したんだろう。
なにも言わずに、キスしてきたり、抱きついてきたりするから、私はあかりのことが、よくわからなくなっていた。
放課後、あかりとふたり、体育のジャージ姿のまま、山岳調査に向かう。
私たちは、学園から見て、ちょうど山の裏側のほうまで足を延ばしはじめていた。
「そこ、斜面急だから気をつけてね」
山の裏側は自然が険しくて、あかりには危なっかしい場所が多い。
私は先陣を切って、安全を確認しながら進む。
「わ」
転びそうになったあかりが、私の背中に抱きついてきた。
危うく私まで、転倒しそうになる。
「気をつけてって言ったでしょ」
「わざとじゃない」
「わざとって、なに?」
ははって笑いながら、あかりが地図に危険な場所としてメモしている。
山の中で見るあかりは、学校での澄まし顔とは違って、明るくよく笑う、私の好きな、あかりの姿をしていた。
◇
女子寮に戻ると、また、あかりとは別行動になる。
事前に約束しているのか、あかりは遥香とふたりで晩御飯を食べるのだ。
私は勇気を出して、ふたりの晩御飯に混ざることにした。
「ここ、いい?」
偶然を装って、食堂に姿を現し、向かい合って座るふたりに声をかける。
「そこ、座りなよ」
あかりに促されて、遥香の横に座る。
にやっと、あかりが笑った。
私がふたりの動向を監視して現れたのが、バレてるのかな。
まあ、いいや。
「これってなんの魚なんだ」
私は、隣でもぐもぐやってる遥香に訊ねてみる。
遥香は、私とあかりの顔を交互に見ながら、咀嚼している。
答えがわからなかったのか、あかりも遥香の顔を見る。
ふたりで、遥香の顔を見つめていると、胸をとんとんと叩きながら、遥香は一生懸命、飲み込もうとした。
おもしろいから、そのまま見つめていると、遥香は恥ずかしそうな顔をして、
「豆あじ」
と、小さな声でつぶやいた。
なぜだか、私とあかりは同時にどっと笑った。
「遥香、すごい大盛りにしてもらってるんだね」
山盛りのごはんと、うず高く積まれた豆あじの天ぷらを見ながら私が言うと、んふって笑いながら、
「佳奈ちゃん、そういうのいらないから」
と、言いながら、膝をぽんって叩かれた。
正面を向き直ると、あかりも笑っていた。
久しぶりの、遥香とのスキンシップ、うれしい。
「なんか、怪しい視線」
「え? 私?」
遥香が小さな声で言うから、私は思わず、余計なことを訊いてしまった。
「佳奈ちゃんの視線なんて、常に怪しいでしょ」
笑いながら、遥香が言う。
「ほぼ、変態のそれなんだから」
「おいしいなあ、豆あじ」
私がすぐさま、ごまかしてみせると、ふたりが笑った。
「かわいいんだから、この人は、まったく」
遥香が呆れたように言う。
褒められてうれしい気持ちで、遥香の顔を見つめる。
「産まれ方、間違ってたら、警察のお世話になってそうだけどね」
遥香の鋭い指摘を受けて、私は、がははっと、きたなく笑う。
「ふふ。笑ってる」
そう言いながら笑っていたあかりが、最後に「こいつやば」って言った気がした。
遥香が、私の顔をまじまじと見つめてくる。
「髪、伸びてきて、女の子らしい雰囲気になってきたね」
「え、そう?」
遥香からの予想外の言葉に、私は舞い上がった。
「春先のおかっぱみたいな佳奈ちゃんも、くそガキみたいで、似合ってはいたけれども」
「あかりくらいの長さにしたいんだよねえ」
あかりと目が合ったので、「ね?」って頷く。
あかりも、食べながら頷いてくれた。
「ていうか、いま、くそガキって言わなかった?」
「え、それって、おそろいにしたいってこと?」
私の問いなど、なかったことにして、遥香が訊ねてくる。
「おそろいっていうか」
なんでだっけ。
そうだ。
はじめて会った日に、そう思ったんだ。
「あかりがかわいかったから、私も真似してみたかったんだ」
「んん?」
なんだそれって顔で、遥香が私とあかりの顔を交互に見ていた。
「ほら、身長も同じくらいだし」
そりゃ、遥香みたいなスラッとした美人になれたら理想だけど、そんなの不可能だって考えるまでもなくわかる。
「私でも、あかりみたいになら、なれるかなって」
「んん?」
遥香は納得いかない様子で、私とあかりの顔を交互に見続けていたけれど、久しぶりに三人でおしゃべりできて、私は楽しくてしょうがなかった。
◇
部屋に戻った私は、ベッドの上でぼーっとする。
眠気に襲われていると、廊下のほうで、誰かがドアを開け閉めする物音がした。
すぐさま、スマホで女子寮のアプリを確認する。
あかりが不在表示になった。
私はシャワールームの予約状況を確認する。
あかりが4Fのシャワールームを予約している。
どうやら、シャワーを浴びに行ってくれたみたいだ。
スマホの画面をリロードして、シャワールームが使用中に変わるのを確認すると、私は窓を開けて、ベランダに出ていく。
柵から身を乗り出して、あかりの部屋を覗くと、いつもどおり、半開きになった窓から、カーテンが揺れているのが見えた。
私はいつもそうするように、柵を乗り越えて反対側に出る。
みよちゃん先輩からは、危ないからやめてほしいとお願いされたけれど、こんなの、ぜんぜん、危ないうちには入らない。
小さい頃、実家の屋根の上から、雨どいを伝って、家のてっぺんまで上ったのと比べたら、楽勝もいいところだ。
私は軽々とベランダを移動し、あかりの部屋に侵入した。
あかりは部屋を出るときも、電気を消さない。
あかりのおばあちゃんは、電気代もったいないって注意しない人なのかな。
「ふう」
あかりのベッドを我が物顔で独占する。
枕に顔を埋めて、すーっと息を吸うと、あかりの匂いがする。
布団を被って、その匂いに全身を包み込む。
やっぱり、美代子とは違う。
なんだろうな。
最初は間違いなく、どきどきしたんだけど、連日、繰り返していたら、この刺激にも、慣れてきてしまった。
ベッドから顔をだして、部屋を眺めていると、脱ぎっぱなしのジャージが目に入った。
このあと、脱いだ下着やらといっしょに、お洗濯しようとしているのかな。
私は、ベッドを抜け出して、ジャージのところにしゃがみこむ。
拾い上げると、ふわっとあかりの匂いがした。
上着に顔を近づけると、ほんのり汗の匂い。
なんか、興奮する。
私は山を下りてきたままの、自分のジャージを脱いで、あかりのジャージを着てみることにした。
「うわ」
思わず、声をあげてしまうほど、刺激的な体験だった。
あかりに、抱きしめられているみたい。
「なんか、ちょっと、だめだ」
みよちゃん先輩に教わった、あのやり方で、この気持ちを鎮めないと。
また、からだおかしくなっちゃう。
最近、ようやく落ち着いてきたのに、また、はじめての、あの感覚を、からだが思い出してきた。
いたたまれなくなった私は、あかりのジャージをもらっていくことにした。
私のジャージと交換になるけれど、サイズとかいっしょだし、わかりゃしないよね。
私は、あかりが戻ってくる前に、部屋を元通りにして、窓から帰ることにした。
◇
部屋に戻った私は、すぐにズボンを脱いで、パンツを下ろした。
衣装ケースから、大事にしまっている、あかりのパンツを取りだす。
あかりのパンツをはいて、ジャージのズボンをもう一度はき直すと、あかりになったような気持ちとともに、あかりに抱きしめられて、あかりに触られているような、頭もからだも、あかりでいっぱいになる感覚が襲ってきた。
私は電気を消して、ベッドに潜り込む。
「あの動画」
飽きるほど見たから、最近開かなくなってきた動画だけれども、この状態で見ると、たまらなかった。
足を開いて、ズボンの中に手を入れる。
「あかり」
「あかり」
「あかり」
私はなんども、あかりの名前を呼びながら、あかりに迫られる妄想をする。
からだがびくびくと波打って、頭がぼうっとしてきても、私はそれをやめられない。
ジャージの上着を噛んで、打ち寄せる感覚を押し返そうとしていると、自分があかりのからだに噛みついているようなイメージが膨らんで、また、背徳感のようなものが襲ってきた。
いつまで、そうしていたか、わからないほどだった。
あまりの興奮に、私はどうかしていた。
廊下から、ドアを開け閉めする音が響いて、私はそこで、正気に戻った。
私は、また、あかりに支配されていたんだ。
それを示すように、お腹のあたりが、脈打つように、まだ、ひとりでに動き続けている。
私もシャワーを浴びて、お洗濯しなきゃ。
「洗濯物、増えちゃった」
あかりに支配されて、正気に戻ったあとには、なんだかちょっぴり、後悔が押し寄せてくるのも、恒例なのだった。
また私、とんでもないこと、しちゃった。
私にとって、あかりって、いったい、なんなんだ。




